8話-①
■ 第8話
詩乃が向かったのは、まさかの本人の家だった。
神威さんの家も凄まじかったんだが、詩乃の家も中々に大きい。
表札には『神楽』と書かれている。
「詩乃は神楽さんっていうのか」
「そうだよ。神楽詩乃。私の本名だよ」
「どうして最初から苗字を教えてくれなかったんだ?」
「ん~日向くんって神楽家って聞いたことない?」
聞いたことがないので、首を横に振った。
「一応ね。うちって名家と呼ばれているの。簡単にいうと昔から続く武家ね。だから変な気を使わせたりするからあまり言いたくなかったんだ。そういえば、君と同じクラスの神威さんの家も武家で財閥しょう?」
神威さんの家もこんなに立派だった。両家とも武家なんだな。
「なるほどな。俺の知識不足で悪かった」
「ううん。むしろ、私はあまり家のことを持ち出したくないから。だからこれからも普通に接してね?」
「分かった」
「ふふっ。これ以上外にいたら君に怒られそうだから、私はもう入るね?」
「そうだな。今日はおかげで楽しかった」
「私こそ! えっと……日向くん? また私と遊んでくれる?」
「もちろんだ。それに――――パーティーメンバーだろ?」
「!? うん!」
目を大きくした詩乃は嬉しそうな笑みを浮かべたまま家に入って行った。
すっかり空が暗くなったが、ある目的のため、寮ではなく別の場所を目指した。
◆
やってきたのは、E117の買取センター。
詩乃の家からだとE90の買取センターよりこちらが近かった。
昨日今日で手に入れた素材を売り払おうとやってきたのはいいが、何やら物々しい雰囲気を感じる。
外も中も軍人が多数立っていた。
そこで気になったのは、軍人が掲げているプラカードだ。
買取センターにの前を通りながらプラカードを流し見すると、紫の魔石が描かれている。
そう。俺が先週売り払った特殊魔石だ。
『こちらの魔石を持っている方は大至急ご連絡下さい』と書かれていて、跳ね上がる心臓を押さえた。
今すぐに逃げ出そうとした時に軍人達の視線が俺に集まっているのが分かった。
恐らくこれも武術スキルのおかげだと思われる。
ここで逃げたら怪しまれるかも知れないと考え、そのまま買取センターの中に入った。
《困難により、スキル『ポーカーフェイス』を獲得しました。》
新しいスキルを獲得してすぐに自分の顔と感情の乖離を感じる。
買取センターの中は夜だというのに、買取機を待つ人が意外にも多くて少し並ぶ。
それにしても俺以外で一人――――つまり、ソロ探索者は見受けられない。
みんなパーティーを組んでいるようで、二人パーティーから四人パーティーまで様々で、中には恋人同士と思われる探索者もいるし、年齢も俺と同じくらいの高校生から年長者までと様々だ。
買取機が埋まっているのもあって、整理券を発券してから待合椅子に座った。
再び俺に集まっている視線を感じる。軍人達が俺に注目しているのだ。
他のパーティーでもなく、どうして俺に注目を? と思いながら自分なりに憶測を立てる。
ここにいる探索者達と俺の違い。それは――――持ち物だ。
みんな武器やらリュックを背負っているが、俺は手ぶらのまま来ている。そもそも素材を売ろうとしているのに手ぶらで来ているのは可笑しい。
そこで、一芝居する。
ポケットにゆっくり手を入れて、昨日トロルから手に入れた『小魔石』を取り出しながら周りをチラ見する。
すると俺に集まっていた視線が一気に消えていった。
どこからか手に入れた小魔石を売りに来たただの高校生に見えたはずだ。
待ち時間が終わったようで、俺の番になり買取機の前に立つと前回同様天井から壁が降りた。
早速、売りたい物の値段確認のためスキャンさせる。
『コルの核:300円』『トロルの皮:1,000円』『トロルの骨:1,500円』『クナの皮:500円』『クナの大牙:1,200円』『クナの肉:1,500円』『ギゲの爪:5,000円』『ギゲの牙:3,000円』『ギゲの皮:4,000円』
それぞれの素材の値段だ。
コルやトロルの値段から比べてクナやギゲの方が高いことに驚く。
兎魔物と子豚魔物の素材は売れなかったので、素材はそう高く売れないのかも知れない。
次は一番の目玉素材のトロルやクナで手に入れた二種類の小さな魔石をスキャンだ。
『極小魔石:1,000円』『小魔石:3,000円』
なっ!? どうして紫魔石よりもずっと安いんだ!?
魔物からドロップする率を考えれば、兎魔物と子豚魔物を倒した時に必ず落ちる紫魔石の方がずっと安いはずだ。
極小魔石も小魔石も、紫魔石よりもずっとドロップ率が低いのに、どうして……?
まさか…………。
全ての素材を一度戻して、紫色の特殊魔石をスキャンに掛けた。
『魔石Δ:150,000,000円』
待て待て待て待て!
俺は必死に自分の口を両手で塞ぎ、声を抑え込んだ。
あまりにも驚きすぎて叫んでしまいそうだったが、冷静に今を分析する。
まず、特殊魔石から名前が変わった。
それはいい。問題は値段だ。
0が多すぎていくらなのかさっぱり分からん。いや、分かるけど。
急いで特殊魔石――――魔石Δを異空間に収納させた。
ひとまず、無我夢中で昨日と今日倒した全ての素材を買取機に入れて売る。
詩乃が全て譲ってくれたおかげで、かなりの量が集まったので、前回三十万円を手に入れて、今日の詩乃と買い物で少し使って、今回手に入れた素材を全部売って残った総額、921,500円となった。
これでも相当な大金のはずなのに、紫魔石――――魔石Δの値段があまりにも高くなったことに驚いて、現在の総額に驚く暇もない。
何とか買取を終わらせて、何もなかったかのように寮に戻った。
◆
自分の部屋に戻り、シャワーを軽く浴びてベッドに倒れ込む。
一体何が起きている?
まず紫魔石の値段がとんでもない額になっている。
買取センターでプラカードを掲げていた軍人は、間違いなく『魔石Δ』を求めていた。
となるとあの魔石に何か問題があったのかも知れない。
さらに昨日と今日で収入が五十万円を超えている。
もし『ポーション』を手に入れたのなら分かるが、そうではない。単純に素材だけであれだけの大金になった。
確かにダンジョン入門書には探索者になれば大金を手にできるとは書かれていたけど、ここまで簡単に大金を手に入れられるとは思いもしなかった。
詩乃が全て俺に渡してくれたが、それを引いても学生の俺には十分過ぎる額で、学生じゃなかったとしても大きな額なのに変わりはない。
色々考えたいこともあるが、腹は正直で空腹を訴えてくる。
空腹耐性があるけど、発動するのは緊急時のみで、普段ゆっくりしている時は発動しない。
色々悩みながらも部屋を出て食堂に向かった。
時間は遅いが夕飯を食べに食堂に入ると、丁度藤井くんが出るところだった。
「日向くん。今から飯?」
「あ、ああ」
「あ! デザート食べるの忘れた!」
出て来たところを反転して俺と一緒に食堂に逆戻りする。
見た目は細身なのだが、とんでもない大食いで、極力外食はしたくないと言っていた。
寮食ならタダというか、寮費に定額として入っているからな。
「今日はどこに行ってきたの?」
「E90に行ってきたよ」
「ひえ~また凄いところに行ってきたね」
「ん? 凄いところ?」
「あそこって森のところでしょう?」
肯定のために頷く。
「視界は悪いし、魔物はすばしっこいし、ボス部屋は探しにくいしで、ものすごく不人気なんだよ? でも魔物の素材は凄く高く売れるみたいだね」
「クナという魔物だろう? 皮も肉もやっぱり高いんだな?」
「そうそう。そこらへんのDランクダンジョンよりもよっぽど稼げるよ」
「そうなのか!?」
それは初耳だ。むしろ、Dランクならもっと高値で買ってくれると思っていたのだが……。
「E90は魔物を探すのは難しいし、素材も使い道が多いからね~需要と供給から値段が高いんだよ。ボスに関しては宝くじみたいなものだけど、もし倒せたら超高価でもあるポーションが落ちたりするらしいよ?」
…………あのボス部屋ってそんなに見つけにくいんだ?
俺達が見つけられたのは運が良かっただけか。
「それは凄いな」
「Dランクダンジョンは人が多いからね。素材も持って帰る人が多くて供給が上回ってるんだ。僕が拾って来た素材だと一つで50円くらいしかしないモノがざらなんだよ」
「50円!?」
それってコルの核よりも安くないか!?
「それくらいDランクダンジョンは人が多いからね。金策ならあまりおすすめはしないけど、Eランクダンジョンだとレベルが上がらないし…………」
普通の人ならレベル効率を考えてEランクではなく、Dランクのダンジョンに行くのか。
俺はレベルが0だからどの道上がらないので、このままE90でも良いかも知れないな。
まあ、詩乃次第な部分もあるかな。
できることなら暫くは『ポーション』を狙ってE90に通おうと思う。
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