7話-②

 一言も話さず、俺達は街の大通りに向かった。

 段々と俺の腕を力強く抱きしめる詩乃に違和感を覚えながら、通りの中に入っていく。

 大通りには制服の人もいれば、探索者の恰好の人、スーツ姿の人、可愛らしい服の色とりどりの人たちが歩く街路は、一つの美しい絵のようにも見える。

 俺が住んでいた町は、田舎なのもあり、ダンジョン周辺以外はショッピングモールしか賑わってない。

 ただ、この場所は田舎のショッピングモールと比にならないくらい人で溢れている。

「っ…………」

 少し下を向いて、俺の腕をより力強く抱きかかえる詩乃。

「大丈夫?」

「ご、ごめんね?」

 何に謝っているのかが分からない。ただ、さっきから様子がおかしい。

 足が震えていて、縋るかのように俺の腕を抱えかかっている。

 ダンジョンと違う点といえば――――人の多さだ。

 妹も初めてショッピングモールに行ったときに、人の多さに酔っていた。

 もしかしたら、詩乃は人混みに何かしらのトラウマを抱えているのかも知れない。

「どうしたら楽になる?」

「っ…………」

 詩乃は何も話さない。ただただ下を向いて辛そうに震えていた。

 ここに来る前に俺に謝ったのは、こうなるかも知れないからだと思う。

 彼女にとってトラウマにおびえる現状を何とかしないといけないと思った。

 俺の腕を抱き抱かかえる力がますます強くなる。

 痛い――――とはならないが、心が痛いと感じる。

 昔、人混みの中で倒れる寸前になった妹を見て、俺は死ぬ程後悔していた。

 だからこそ、詩乃を助けたい。いや、必ず助ける。

 神威さんもそうだが、人は誰しも何かしらのトラウマを抱えて生きている。

 それが弱いか強いかは人それぞれだからこそ、強いトラウマは生きていく上で大変な思いをする事が多い。

「っ…………ご、ごめん…………」

「謝らなくていい」

 俺にすがっている詩乃と俺に構わず、人波は流れ続ける。

 ここに存在しているはずなのに、人波に飲まれて同化して、まるで俺達が存在していないように感じてしまうのだ。

 だが、俺の右腕にしがみついている彼女は本物で、確かにここに存在している。

 彼女を連れて、人波をかき分けて進み、路地裏に入った。

「大丈夫?」

 こういう時のために異空間収納に水を入れておけばよかったと酷く後悔する。

「っ……」

 人混みが見えない裏路地でも辛そうにしてるし、少しも良くなりそうにない。

 詩乃にとって一体何が辛いんだ? 人波なら既に視界に入らないはずだ。

 空気?

 確かに空気はそれほど良くはないが、人が多いだけなら、E117のボス部屋前に大勢の探索者達がいて、彼らから注目を浴びていたはずだ。

 その時、ふと昨日別れ際、彼女はポケットから何かを取り出して両耳に当てていたのを思い出した。

 俺はおもむろに彼女の両耳を両手を伸ばして塞でみる。

 すると辛そうだった彼女の表情が一気に和らいだ。

「…………どうやって普段生活しているんだ?」

「えへへ…………これ…………」

 そう話す詩乃がポケットから出した小さい箱。中に入っていたのは密閉型イヤホンだった。

「どうしてイヤホンをしなかった?」

「だって…………君と歩けると……思っ…………」

 俺はイヤホンを取り、彼女の耳に入れてあげた。

 詩乃の頬に一筋の涙が流れる。

「ごめん……ね?」

 何度目の謝りだろう。

「いや、俺こそ気付いてあげれなくてごめんな」

 けれど、詩乃の表情はますます悲しそうになったものの、でも無理に笑う。

 詩乃が付けているイヤホンはただのイヤホンではない。手に握った時、それが普通の物ではないと感じた。

 恐らく、音楽を聴くためでも、通話をするためでもなく、周りの音を防ぐのが目的だろう。

 このままでは俺の声も彼女には届かない。だからずっと悲しそうに笑う。

 彼女が大変な思いをするくらいならこのままでいいと思う…………でもそれで彼女が納得するのか?

 こうなると分かっていながら、彼女は我慢をしてまでここに来た。

 彼女の憂い通り、たったイヤホン一つだけど、俺と彼女の間には大きな壁ができたように感じる。

 それを何とかしてあげたいと思う。でも俺に何ができるか分からない。

 だから考える。俺にできる何かを。

 その時、俺の頭の片隅にとあることが思い浮かぶ。

 これを何とか解決できるスキルを獲得できたら、彼女は笑顔で俺との時間を楽しんでくれるんじゃないだろうか?

 神威さんのように、神威さんを傷つけていた冷気から守ったように。

 だから――――――力を貸してくれ!


《願いにより、スキル『念話』を獲得しました。》


 ありがとう――――――相棒。

「詩乃」

 俺の声に悲しげに首を傾げる。

 きっとこの声は届かない。それがますます彼女の表情を暗くする。

 ずっと楽しそうにしていた彼女の本来の姿を取り戻したい。

 だから、俺は初めて彼女に『念話』を使用した。

【詩乃】

「えっ!?」

【そんな悲しい表情は似合わないよ?】

「ど、どうして!?」

【俺の声しか聞こえな――――】

 次の瞬間。

 詩乃が俺の胸に飛び込んできた。

 その目に大きな涙が浮かんでいる彼女を、俺はただただ見守ってあげる。

 次第に大粒の涙が流れ、声を殺し泣いている詩乃。

 彼女を守るためのイヤホンは、彼女を人と離す結果になった。きっと、誰一人彼女に寄り添えなかったんだと思う。

「ねえ、日向くん」

【うん?】

「――――――ありがとう」

 少し暗い路地裏でも、満面の笑みを浮かべた彼女は美しく輝いた。


 ◆


「ねえねえ! 普通の喋りとそれって同化させられない?」

「ああ、できると思うぞ?」

「わあ! 本当に喋っているみたい!」

「こっちの方がいいのか?」

「うん! 絶対そっちがいい! それでお願いします!」

 可愛らしく両手を合わせてお願いしてくる詩乃。

「お、おう」

「さあ! 行くわよ!」

 さっきまで大泣きしていたとは思えないくらいの明るさだ。

 ここに来た時と同じく、俺の右腕にしがみついた彼女は、またぐいぐい引っ張っていく。

 すぐに元気になるのは良いことだ。

 彼女が望む形とは少し違ったかも知れないけど、今はこれでいいのかな?

「ねえねえ! あそこがいい!」

 詩乃が指さした場所は、有名なカフェだった。

 中に入ると、珈琲の香りがふんわりと漂ってくる。

「いらっしゃいませ!」

 可愛らしい店員さんがお出迎えしてくれるが、詩乃にその声は届かない。

 そこで念話を使い【いらっしゃいませ!】とモノマネしながら送ってあげると、驚いた顔で俺を見て、クスクスと笑い始めた。

「いらっしゃいました!」

「うふふ。元気で可愛い彼女さんですね~」

「ありがとう!」

「ご注文をどうぞ」

 じっとメニューと睨めっこして、何か呪文のような言葉を詠唱した。

 すると店員が普通の珈琲ではなく、魔法で作ったようなカラフルな飲み物を出してくれた。

 詩乃は飲み物を二つ持ったまま、鼻歌を歌いながら席に座る。

「じゃ~ん。これが飲んでみたかったの!」

「ん? 飲んでみたかった?」

「うん!」

 ストローで少し飲んだ彼女は、美味しいと声に出さなくても分かるほど笑顔を見せる。

「だって、聞こえないから、いつも指を指して終わりだから普通の珈琲しか頼めないのよ」

「そ、そうなのか…………」

「だから頼んでみたかったんだ~」

「それはよかった」

「君も飲んでみてよ~」

 目の前のカラフルな飲み物を勧めてくる。

 ゆっくりと飲んでみると、普通の珈琲とは全く違う甘味が口に広がっていく。だがしつこくなく、甘さの中に珈琲のコクと旨さがしっかり感じられる。

 あの魔法の呪文を詠唱しただけの事はある。

「どうよ~美味しいでしょう~!」

「ふふっ。詩乃だって初めてだろう?」

「そりゃそうだけど~」

 と言いながら、自慢げにする姿から、妹の姿を思い出すあたり、やっぱり妹と似てるな。

「日向くん?」

「うん?」

「私と妹さんを被らせないで?」

「なっ!?」

 どうしてバレたと思ったら、詩乃は「ほらね」といたずらっぽく笑った。

 俺が困っていると、席から立ち上がり、俺の腕を引っ張り始めた。

「さあ、時間は有限よ! 次行くわよ~!」

 やはりこれもあのわがままで可愛らしい妹と似てるな。

 それから大通りをどんどん進み、ゲームセンターで遊んだり、服屋に入っては色んな服を見て回ったり、ただの雑貨店ですら、彼女と一緒なら楽しいと思えた。

 昼頃に来たはずなのに、すっかり日が落ちて空も暗くなっていた。

「そろそろ帰らなくても大丈夫?」

 しかし、返事がない。

「詩乃~?」

 すると頬を膨らませた詩乃が俺を見上げる。

「帰りたくない」

「いや、それは駄目だろ。ちゃんと帰らないと両親が心配するぞ?」

「…………それは問題ないよ。どうせいないし」

 大きく溜息を吐いた詩乃は、少し残念そうに大通りからどこかに向かい始めた。



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 【新規獲得スキルリスト】

『念話』

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