7話-①
■ 第7話
日曜日。
詩乃との約束もあって、真っすぐE90にやってきた。昨日のE117はここら辺一帯で一番簡単と言われているダンジョンだが、同じEランクでもE90は難しい方だという。
E90に向かうために絶隠密を使用して走り出す。
ダンジョンの世界は現実とはかけ離れた異世界のような世界だった。
しかし、俺が今走っている景色も今まで経験したことがないどこか現実離れしたものを感じる。
高いビルや人々がどんどん通り過ぎていく。
絶隠密のおかげか、誰も俺を気にすることがないので、全力で走っていく。
E90までは目算で1時間はかかると思っていたのだが、数分のうちにたどり着いた。
それに息一つ上がらないのは、スキル『持久力上昇』のおかげなのだろう。
そのまま入口から中に入った。
E90は、E117とは違い、森林地帯だった。木々が邪魔で遠くが見渡せない。
ただ俺には周囲探索があるので、ある程度周囲の状況が分かる。
入口には昨日と変わらない姿の詩乃がボーッと待っていてくれた。
絶隠密状態だからか、俺が入ったことに気付かない。少しだけ彼女の行動を見つめる。
どこか遠くを見つめる姿もまた綺麗だ。
「お待たせ」
「ひいっ!?」
ビクッと驚いた詩乃が俺に向いた。
「ちょっと! 入ったらすぐに姿を見せなさいよ!」
「あはは、悪かった」
妹みたいな詩乃だから、少しいたずらがしたくなった。
絶隠密を解除すると、むくっとむくれた詩乃がまた可愛らしい。
「じゃあ、今日はここを攻略するか」
「むう……私に見つけられない人がいるなんて、本当に驚きだよ」
少し怒った口調で歩き出した詩乃を追いかける。
どこに向かうのかなと思ったら、俺の周囲探索で見つけた魔物に向かっていた。
もしかして詩乃も周囲探索が使えるのか?
E117で見かけた探索者達にそういう素振りはなかった。もしかしたら詩乃は強い探索者なのかもしれない。
向かった先に現れたのは、一メートルの体を持つリスだった。フォルムは可愛らしいリスなんだが、前歯と目がとても鋭い。
「じゃあ、今日も昨日と同じくね~」
「分かった」
詩乃のタイミングを見計らって、俺も飛び出す。
俺達を捕捉した魔物が「キシャー!」と鳴き声を上げて飛び掛かってくる。
昨日と変わらず、身軽に避けた詩乃はトンファーを叩き込む。
コルもそうだったが、この魔物も弱点はないようなので、そのまま頭部を蹴り上げる。
《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『クナ』と判明しました。》
《弱点属性は風属性です。レアドロップは『極小魔石』です。》
詩乃の武器は昨日とは違い、緑色と黄色い光が灯る。
トロル同様、クナも簡単に倒すことができた。
「今日も素材は全部日向くんにあげる」
「ありがとう」
お言葉に甘えて、魔物解体した素材を全て収納する。
それから森の中を進み、クナを倒し続けた。
それにしても魔物解体のおかげで、魔物の素材が余すことなく手に入るのは大助かりだ。
昨日のトロルと戦っていたパーティーは、魔物解体スキルは持っていなかったようで、剝ぎ取るための短剣で部位を切っていた。女性メンバーは視線を外していたくらいだ。
クナを何十体も倒した頃、ポツンと地面から生えたような不自然な洞窟の入口を見つけた。
「日向くん! フロアボスの入口だよ! 急ごう!」
「お、おう!」
いきなり俺の手を引っ張って走り出す詩乃。急いで洞窟の中に入った。
中は予想通りで、何十人が入っても問題ないくらいに広い道が続いていた。
周りに魔物の気配はなく、そのまま早歩きで最奥に進むと、地面に不思議な白い魔法陣が描かれていた。
「ここってボス部屋前なのか?」
「そうだよ? 初めて?」
「ああ」
不思議なのはボス部屋前だというのに、他の探索者が誰一人いない事。
昨日だってE117のボス部屋中にも前にも大勢の探索者がいた。
「E90だけはね。特別なの。さっきの洞窟に何か違和感を覚えなかった?」
「そう言われると、洞窟の入口が不自然だったな」
「うん。ここはね。フロアボスを倒すと、あの入口が別な場所に移動するんだ」
「なるほど。そういうダンジョンもあるんだな」
やはりダンジョンは別世界なんだな。何もかもが。
詩乃に連れられて魔法陣の上に立つと、俺達の体を光の粒子が包んで一瞬で転移した。
転移した場所は元いた場所よりさらに広大な洞窟だけど、どこからも光が差し込んでいないのに、不思議と明るい場所だった。
その奥に、フロアボスと思われる巨大な黒い狼が佇んでいた。
「日向くん。作戦は基本的に変わらないんだけど、相手の攻撃に気を付けて。聞いた話だと火を吹くらしいから」
「分かった!」
同時に左右に別れて走り出す。ダンジョン入門書に、二人パーティーで二人とも前衛なら左右に分かれるのが鉄則だと書かれていたからだ。
ダンジョンで初めて見た二人パーティーもコルを前後で注意を引いていたくらいだ。
黒い狼に近づくとその大きさに圧倒される。
トロルも二メートルくらいの巨体だったけど、それよりも大きく、頭から尻尾まで三メートルはあり、高さも二メートルはある。
俺達に狙いを定めた黒い狼が口に何やら火を溜めこみ始めた。
「日向くん! 来るよ!」
「分かった!」
直後、黒い狼の口から火のブレスが吐き出される。
詩乃から俺の方にまで届く広範囲を薙ぎ払うブレスが飛んでくる。
昨日のトロルとの戦いを思い出して、こちらに来るブレスを超えるためにより高く飛び上がった。
予想通り、高く飛ぶことができて火のブレスを飛び越える。
ふと地上を走っている詩乃と火の海が見えたと思ったら、次の瞬間、詩乃が右トンファーに溜め込んだ不思議なオーラで叩くと、風圧で火のブレスが消え去った。
前方に詩乃、後方に俺が立ち、攻撃を開始する。
詩乃が頭部の注意を引いてくれる中、俺が後ろ足を蹴り飛ばすと、黒い狼の体勢が崩れる。
《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『ギゲ』と判明しました。》
《弱点属性は光属性です。レアドロップは『ポーション』です》
すぐに詩乃が頭部を叩き込み、今度は俺が背中に飛び込み蹴り下ろす。
たった数秒間の攻撃だったけど、ギゲはその場に倒れ動かなくなった。
「日向くん~! 倒したよ~!」
「もう終わりか!?」
「ふふっ。もう動かないでしょう?」
当然のようにギゲを指でツンツンとつつく詩乃が笑顔で答えた。
やはり、俺が読んだダンジョン入門書は古い情報だったのか……。
ギゲももちろん魔物解体で素材に変える。牙や骨、皮を手に入れた。
「まさかここまで簡単に倒せるなんてね。驚いたよ~」
「俺もだ。これも全部詩乃のおかげだ」
「ふふっ。やっぱり日向くんってそういう感じなのね~」
「ん?」
小さく「ナイショ!」と言った彼女は、俺の手を引いてボス部屋を後にした。
ボス部屋への魔法陣がある部屋に戻ると詩乃が言う。
「この部屋のことを待機場っていうんだ。ここは誰か戦っていると跳べないようになってて、一組しかフロアボスと戦えないけど、他のダンジョンだとそのパーティーごとの部屋に跳べたりするみたい」
E90だけが特別か。それに何か理由でもあるのか? ダンジョン情報によると、ここの名前は『ギゲノ牢』と言っていたから、E117とそう変わらない気がするのだが。
待機場から外に出るとすぐに洞窟の入口が光の粒子となりその場から消えていった。
「なるほど。だから不自然に生えている形だったんだな」
「うん。しかもE90の広大なフィールドのどこに出現するか分からないから、ボス部屋を見つけるのは運だね」
ギゲのレアドロップ品の『ポーション』は、高額で有名な品でもある。
できれば沢山手に入れたいところだったけど、そう簡単ではないみたいだ。
それから少し戦ったが、ボス部屋に入れる洞窟は見つからなかった。
「日向くん。そろそろお腹空いた~」
「もうそんな時間だったな。どこか食べに行くか?」
「うん! 行く!」
元気よく手を上げて答えた詩乃が、俺の腕に絡んでくる。
「うわっ!? し、詩乃?」
「うん?」
「い、いや……急にそうされても困るというか……」
「だって、私も日向くんがまた消えてもらっては困るからね。昨日みたいに」
くっ……もっと早く絶隠密を使うべきだったか……。
それにしてもE117では探索者をよく見かけていたけど、E90に入ってからは誰一人見かけない。
それにここに入る前も入口が閑散としていた。
ひとまず、詩乃と一緒に入口に戻った。
「やっぱり入口が分かるんだね?」
「お? ああ。それくらいはな」
「それくらい……ね。ふふっ。ねえ、日向くん」
詩乃が俺に向いて両手を合わせて謝り出した。
「先に謝っておくね。ごめん」
「ん? 何を?」
「私、頑張るから」
一体詩乃が何を言っているか分からなかったけど、すぐに俺の腕に抱き着いて、そのままダンジョンから外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます