6話-④

「怒った?」

「いや、怒ってない」

「へぇー。君って意外と男らしいじゃん?」

「そ、そうか?」

「普通はもっと嫌うよ?」

 そうなのか? まぁ、俺は普通じゃないかもな。なんたってレベル0だしな。

「ねえ、どうして隠れるの?」

「…………」

「教えたくないの?」

「ああ」

「じゃあ、君のその能力。誰かにバレると困る?」

「っ!?」

 それはとても困る。特に凱くんにバレたら色々面倒くさいことに……いや、俺がレベル0だと知っている者達にバレたらどの道面倒なことになりそうだ。

「俺に何を求めるんだ?」

 彼女は人差し指を立てて笑顔で「ちゃんと空気読めるじゃん!」と話す。

 絶隠密が使えることを人質に取られた以上、彼女の言うことを聞くしかないか……。

「そう難しく考えなくていいよ? 暫く私と――――臨時パーティーを組んで欲しいの」

「はあ!?」

「いいでしょう?」

 俺みたいなレベル0とパーティーが組みたい!? もし活躍できなければ、絶隠密をバラされるかも知れない。E117ならギリギリ俺でも活躍できるから何とかなるか?

「わ、分かった」

「やった~!」

 彼女はすごく嬉しそうにその場で軽く飛び跳ねる。小動物のような可愛さだ。

 ふと、彼女に妹の姿が被って見えた。妹もこういう喜び方をしていたっけ。

「じゃあ、早速、よろしくね!」

「ああ。よろしく。言っておくが、俺は大した強さではない。あまり期待しないでくれ」

「そう~? でもパーティーを組むからにはお互いを支え合えばいいと思うし」

 それが彼女の本心なのは伝わってくる。妹同様、人に嘘をつけないように見える。といっても、俺は人との付き合いがほとんどなかったので、それが正解なのか確証はない。

「じゃあ、ここでこのままトロルでも倒そうか」

「そうだな」

 彼女はどこからかレジャーシートを取り出して、地面に敷いて座り込んだ。

 隣を手でトントンと叩いて、俺も座れと無言の圧力を送ってくる。

 もしかして彼女も異空間収納が使えるのか? 意外に使える探索者もいるようだ。

「自己紹介がまだだったね。私は詩乃。詩乃って呼んで。ちゃんと呼び捨てね?」

 初対面の女性を呼び捨て……それに何故か苗字は名乗らない。

「俺は鈴木日向だ」

「日向くんね!」

 すると彼女が俺の制服についている校章を覗きこんでくる。

 校章の周りに色がついており、赤青緑の三種類の色で学年が分けられ、今年の赤色は一年生を示す。来年になったら二年生を示す色に変わるというわけだ。

 彼女の校章も赤色だ。

「君、二組じゃないよね?」

 二組というのは学校のクラスのことか。

「ああ。俺は三組だ」

「隣クラスか~残念!」

 そもそも初めて会うんだから別クラスだと思うのだが……?

「三組だと、あの噂の氷姫様がいるクラスだね」

 やはり神威さんって有名人なんだな。

「そうだな。神威さんと同じクラスだよ」

「そっか~意外と強敵が近くにいたんだね」

 強敵……? 

 詩乃はそれ以上何も言わず、何だか楽しそうに笑顔になった。

 暫く待っていると、トロルが現れた。

「私が正面から行くね」

 身軽に起き上がった詩乃は、武器を構える。

「お、おう」

 初めてのパーティーでの戦いに緊張しながらトロルに向かう。

 詩乃が先に走って、トロルが叩きつける棍棒を身軽に避けていく。

 俺は全速力でトロルの後方に回った。

「はやっ!?」

 詩乃に向いたトロルの首の後ろが見えた。

 一気に飛び込んで蹴りを入れる。

 いつの間に必死になっていたのか、緊張でほんの少しだけ息が上がっている。

 トロルがその場に倒れ込んだ。

「君って凄いね!」

「お、お? そうか。もう倒れたのか」

 もしかして、弱点部位って俺が思っているよりもずっと効果が高いのかも知れない。

 俺みたいなレベル0でトドメを刺せるんだからな。

 詩乃はずっとニヤニヤしたまま俺を見守った。

「素材はどうする?」

「君の好きにしていいよ?」

「え? 全部? 素材とかいらないのか?」

「うん。お小遣いは間に合ってるから」

 いらないらしいからお言葉に甘えてトロルを魔物解体して異空間収納に回収した。

 その間、彼女はずっと見守った。

 それから数体のトロルを倒して、ようやく狩りを終える時間となった。

 早速、絶隠密状態になる。

「えっ? また消えた?」

「い、いや、あまり誰かに見られたくないから……」

「そっか。じゃあ――――握って!」

 そう言いながら左手を前に出してきた。

「はあ!?」

「ちゃんと最後まで一緒にいてもらいたいから、逃げられないように手を握って」

 このまま逃げたら…………。

「もし逃げたら君のクラスの前で大泣きするからね?」

「わ、分かった……」

「やった~♪」

 彼女の手を握ったまま、ボス部屋を後にした。

 平原をゆっくりと歩いて入口に戻るが、やはりというべきか、彼女が通っていくだけで男子達から注目を集めた。

 神威さんは目立つという意味も込めて、凄く見られているけど、詩乃もまた美少女である事に変わりはなく、そこに立っているだけでオーラを放つ。

 それに不思議なのが、異様に髪の艶が良い。歩くだけで揺れる髪が波を打つ。

 手に触れた詩乃の手は柔らかくて、女子の特有の甘い香りがした。何だか妹をまた思い返す。妹と雰囲気も似てるからますますそう感じるのかも知れない。

 広い平原を詩乃と手を繋いだまま歩いていく。小さく鼻歌を歌ってる彼女はご機嫌だ。

 ダンジョン出口に着いて、外には出ずに、そこから後ろに回った。

「ほら、ここならもう大丈夫でしょう~?」

「ああ」

 絶隠密を解除すると、彼女が嬉しそうに満面の笑みになった。

「逃げなかったのは褒めてつかわしますわ~!」

「ははっ、お嬢様」

 大袈裟に貴族風挨拶を行う。

「ええ!? このネタについて来れるなんて…………一体何者!?」

「いや、妹がよくやるからな」

 妹に似てて、思わず妹との距離感が出てしまった。

「ふふっ。妹さんがいるんだ~。それにしても足音も息の音も聞こえないなんて、凄いわね。君の隠れ術!」

「そうだな。俺自身はよくわからないが、ちゃんと隠れられるようだな」

「本当に凄いよ。全く気付かないんだもん」

「ああ。おかげでダンジョンに入れたからな」

「う~ん。君なら普通に入れるでしょう?」

「…………いや、残念ながら入れて貰えないんだ」

「うっそ!? 君のような強者を?」

「強者じゃない。探索者でも一番弱いはずだ」

 なんたってレベル0だから、他にレベルが上がった探索者の方が余程強くなれると思う。

 ただ、今のところ、スキルでEランクダンジョンには通用しているだけだと思う。

「ふ~ん。そういう感じね~大体分かった~」

 ジト目で見つめてくる詩乃。

 何とか空笑いで誤魔化す。

「さて、君って明日もここに来る?」

「いや、明日は違うダンジョンに行くつもりだった」

「どこのダンジョン?」

「E90にしようと思ってる」

「そっか~じゃあ、明日の朝十時までにE90の中の入口集合ね!」

「!?!?」

 驚く俺を見た詩乃が目を細めて顔を近づけてくる。

「私達ってパーティーだからね?」

「お、おう……分かった」

 てっきり今日だけだと思ったのだが……これは仕方ないな。

「じゃあ、また明日ね!」

 そう話した彼女は素早くポケットから何かを取り出して、耳に当てながら走り去った。

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