6話-③

 暫くして凱くんが洞窟を後にして、パーティーの人達もみんな出て行った。

 そこで凱くんが巻き込まれた原因がやっとわかった。

 犯人は――――――俺だった。

 凱くんがトロル部屋から帰って行ったあと、残った二パーティーにも三体目のトロルが出現したことが確認されたので、彼らもトロルを倒して異常事態だと言いながら、部屋をあとにした。

 ボス部屋に一人になった俺は、暫く待機してみる――――するとトロルが一体現れた。

 つまり、絶隠密でここにいる俺が、一パーティー分の判定になっているということだ。

 帰って行ったパーティーが話していた内容から知った事は――――それぞれのダンジョンは、『ボス部屋』と呼ばれる場所があり、ダンジョン最奥に当たるらしい。

 ボス部屋はいくつか種類があるけど、E117のボス部屋は入ったパーティーに付き一体のトロルが現れるというモノだ。一パーティーしか入れない部屋になっていて、ボス魔物と戦える部屋が存在するダンジョンもあるそうだ。

 ダンジョンの構造はランクによって違い、Eランクは一層とボス部屋のみで、Dランクからは二~三層、Cランクは四~八層のダンジョンになる。

 コルの検証で分かった事なんだが、絶隠密は攻撃を行うと強制解除される。そこで、大切なのはあくまで攻撃を行うという行動だ。つまり、攻撃をしていないのであれば解除されない。

 例えば、コルを抱きかかえているとか、揉んだりとか、トロルに触れて魔物分析・弱が発動しても攻撃ではないので解除されない。

 これは魔物だけでなく、人にも効くので人に触れても解除されない。俺が触れると感触はあるみたいで、触れられた人達は周りをキョロキョロ見ていた。

 それと絶隠密中には喋る事もできる。声を出しても絶隠密状態は解除されない。

 あとは他のスキルを使っても解除されないので、異空間収納から何かを取り出しても問題ない。この場合は、何も知らない人は何もないところから物が出現したように見える。

 それと絶隠密状態であれば、俺自身も半透明になっていて、自分の体が透けている体験できる。

 初めてスキルを使った時は、神威さんに夢中になりすぎて自分の視界でも自分の体が透明であるのが気づかなかった。

 さて、せっかくなのでトロルとやらと戦ってみることに。

 武術を獲得してからの自分の動きが達人に感じる。

 例えば、相手の動き一つ一つが感じ取れるし、相手の『弱点部位』が何となく分かる。

 それに、俺のレベルが0だというのに、既にある程度の腕力があるように感じる。コルを揉んでいたら弾け飛んだように。

 総合的に考えて武術だけでも、ある程度戦えるようになってる気がする。なので、トロルを相手にどこまで戦えるのか試してみる。

 武術を駆使して、トロルの弱点部位の首の後ろを目掛けて飛び上がり、蹴りを叩き込む。

 普段から筋トレは欠かさずにしていて、体を動かすのは苦ではない。思っていたよりも自分の体が軽くて、一気にトロルの首の後ろに回れた。

 蹴り込んだ後、筋肉質のトロルから足が弾かれ、後ろに大きく飛び上がって着地した。

 肝心のトロルは少しビクッとなってその場で動かないだけ。それくらいトロルは強いのだと思われる。

 絶隠密状態が解除された俺は、すぐに体勢を整えて少し距離を取りトロルの様子を窺う。

 速度だけならスキルのおかげでそれなりに自信がついたのでいつでもかかってこい!

 …………。

 …………。

 絶隠密を強制解除して再使用までにかかる時間は――――六十秒。

 次の絶隠密が使える時間まで、トロルから逃げ回らなければならないかも知れない。

 しかし、何故かトロルが全く動かない。

 俺の攻撃ではダメージも負わないのか? このまま六十秒待つべきか? それとも追撃を――――と思っていると、トロルがその場で前方に倒れ込んだ。

 …………? もしかして死んだふりか?

 いつでも逃げられる体勢を取りつつ、恐る恐るトロルに近づいていく。

 すぐにでも手を伸ばして俺を捕まえてはボコボコにするかもしれない。

 一応、防御力上昇があるので、一撃くらいは耐えれるだろうか……?

 周りには俺を助けてくれそうな人がいないので、慎重に近づいていく。

 スキルのおかげで恐怖は感じないが、それでも自分が緊張しているのは感じる。

 トロルの一挙一動に注目しながら、ゆっくり一歩ずつ近づく。

 ――――その時。

 後ろの方から人の気配して、静寂だったボス部屋に探索者が入ってきた。

 眩い光の粒子がふんわりと広がり、見慣れた制服の女子生徒が現れた。

 週末でも制服でのダンジョン探索なのもあり、一目で誠心高校の生徒だと分かる。

 さらに目立つのは神威さんとは違う綺麗さだ。肩にかかる黒い艶のある髪がふんわりと波打つ。

 目と目が合う。可愛らしい大きな目が彼女の綺麗さをより際立たせている。

 神威さんに大人の魅力を感じるなら、彼女にはあどけなさの魅力を感じる。

「ん?」

「…………」

 ど、ど、どうしよう!?

 絶隠密を再度使うにはあと四十五秒も必要なんだ。誰も来ないと思っていたのに、誰かに現状を見られてしまった。

 このままなんとかはぐらかさないと、学校で噂になりかねない。

「誠心高校? 初めまして」

「は、初めまして」

 まさか先に挨拶されるとは思わなかった。興味ありげにこちらを見つめてくる。

「へえ~。一人でトロルを倒したの?」

「まだ倒せたか分からなくて」

「えっ? いや、倒れてるじゃん」

 俺が蹴ったトロルを指差して、不思議そうな表情を浮かべた。

「え、えっと…………どうして分かる? 死んだふりをしているかも知れないのに」

「え!? 死んだふり!? 何それ! そんなことする魔物っているの?」

「えっ!? い、いないのか?」

「あーははは~そんな魔物いないよ? 魔物って常に動き回るし、攻撃されて動かなくなったら、もう倒したってことよ?」

 ん? 俺が読んだダンジョン入門書と違うぞ? 魔物というのは死ぬ間際こそ一番危ないから、警戒すべきだと書かれていた。

 彼女はそれを知らないのか、それとも俺が読んだ入門書が間違っていたのか。

 何も警戒せずにトロルに近づいて行った彼女は、その場に屈んでトロルをツンツンと指でつつきながら、「ほら」と言ってきた。

 …………。

「どうしたの?」

「…………そ、その」

「その?」

「…………み、見えてる……」

「?? あ~大丈夫だよ。ほら、下にスパッツは履いてるから」

 スカートを摘まみ上げてくる彼女から視線を真横に向ける。

「ふふっ。普通はみんな見るよ?」

「み、見ない!」

「ふう~ん」

 目のやり場に困っていると、部屋の中に魔物が現れる気配を感じる。

 彼女が入ってきたことで、新しいトロルが現れた。

「さ~て。ねえ。君」

「お、おう」

「今から見せるのは秘密ね? 誰にも言わないでよ?」

「え? あ、ああ。分かった」

 横向きになった彼女は、流し目で俺にウインクを送り、トロルに向かって走り始めた。

 このダンジョンに入ってから会った人達に比べると、その速度は――――圧倒的に速い。

 腰の後ろから何かを取り出した彼女は、トロルに叩きつけた。

 彼女が取り出したのは――――トンファーと呼ばれている武器だ。

 両手のトンファーが同時に当たる直前、それぞれに赤色と黄色い光が宿った。

 トロルの攻撃を上手くいなしながら、何度も攻撃を叩き込む。

 叩かれた場所が変色しているので、きっと『マジックウェポン』だと思われる。

 と、そろそろ絶隠密が解除されてから一分が経過したので、急いでトロルを魔物解体で回収して、絶隠密を使う。

 全身が透けて、やっと安心できる状態になった。念のため最初とは離れた場所に移動する。

「ふう~一分もかかるのか~まあまあだったね! どう~? 君――――あれ? いない?」

 振り向いた彼女は周りをキョロキョロ確認すると、一目散に入口に走っていく。

 そのまま外に出ると思いきや、入口の前で止まって振り向いた。

「ねえ! 出てきて! 絶対にまだ部屋にいるんでしょう!?」

 彼女の大声が周囲に響き渡る。

 次の瞬間、彼女は迷う事なく俺に向かって真っすぐ走って来た。

「ここでしょう!?」

 避けようと思えば避けられたのだが、捕まってしまった。

「凄い! 本当に隠れてた! ねえ、一回解除してよ!」

 どうしたらいいんだ……あまり見られたくないのだが…………。

「ふう~ん。解除しないんだ? じゃあ…………私、泣いちゃうよ?」

「はあ!?」

「早く……解除…………」

 本当に両目がうるうるとなってきて、今すぐにでも泣き出しそうだ。

 こればかりは仕方ないな。

 溜息を吐きながら絶隠密を解除する。

「凄い~! どうやって隠れていたの!? そういう能力?」

 彼女が手に持っていた目薬を隠しながら聞いてくる。

「あ、ああ」

「全ての気配を隠せるなんて凄すぎるよ! こう見えても、そこそこ強い私でも全然感じられなかったんだから」

「でもこの場所が分かっていたんじゃ?」

「ふふっ。私には特殊な能力があるからね。たまたま君のそれと相性が良かっただけだよ~」

 相性が良かったというセリフだけやけに強調する彼女。その能力というのが気になる。

「…………君。あまり人と話さないでしょう?」

「うっ」

「友達もあまり作らないでしょう?」

「ぐはっ」

「ぷっ。あ~ははは~!」

 急に大声で笑い出す彼女。俺の前だというのに、全く構わず涙が出るほど笑い続けた。

 でもなぜか彼女の笑いは憎めない。俺を馬鹿にしている笑いではなかったからだ。

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