6話-②

 スキル『手加減』を覚えるのにコルを三十体も揉んでしまった。

 検証も兼ねてコルを三十体も倒した感想としては、やっぱりレベルは未だ0のままだと思う。

 藤井くんが言うには、レベルが上がると頭の中にレベルが上がったと声が聞こえるそうだ。

 それとレアドロップの『極小魔石』だが、三十体を倒しても一つも落ちなかった。

 一つ疑問なのは、以前入ったルシファノ堕天では、一匹に一つ必ず魔石を落としていたこと。

 あの魔石で三十万円もしたんだから、ここで落ちる魔石は百万を超えてもおかしくない。やっぱり魔石って凄く高いんだな。

 検証はある程度終わったので、そこら辺にいたコルを抱きかかえて、揉みながら川を目指してゆっくり歩いた。

 これは決して揉み心地が良すぎて手放せなくなった訳ではなく、手加減がどこまで続くのか検証をしているのだ。

「コルが飛んでる!?」

 驚く声が聞こえてきて声がする方を向いたら、俺を指さしながら驚いている探索者がいた。

 着てる服から同じ学校の生徒なのが分かる。

「おいおい! レアかも知れない! 倒すぞ!」

「おう!」

 三人パーティーなのか、三人で一斉に俺に向かって武器を振るってきた。

 避けられない速さじゃないので、避けながら川に向かって走り始める。

 周囲探索が便利で、後ろ向きでも彼らの動きを全て読んで避けられる。

「はぁはぁ……なんなんだよ、こいつ! 全然当たらねぇ!」

「飛んでいる……はぁはぁ……コル…………はえぇ…………」

「く、くそぉ…………」

 俺の可愛いコルを倒そうとするなんて、なんて罰当たりなやつらだ。

 手加減がいつまで続くのか確認したいから、その場から早めに離脱する。

「は、はえええええ!」

「瞬間移動にしか見えねぇ~!」

 そうかな? ちょっと速く走ったら、彼らが見えなくなった。

 探索者に見つかるとめんどくさいことになりそうだから、『周囲探索』で周りの探索者と遭遇しないように移動する。

 暫く走り込むと川に辿り着いた。

 川の中に手を入れてみると、しっかりと冷たい水だった。

 前のダンジョンにあったような猛毒の水ではなさそうなので、軽くすくって飲んでみると、普通の湧き水と同等の美味しさを感じる。

 これならペットボトルを持ってきて水を詰めて異空間収納で持ち帰りたくなる。

 いつか試してみようと思う。

 それとここに来るまでコルをずっと揉んでいるのだが、弾けそうな気配は全くない。

 スキル『手加減』は、その気になればダメージ0で攻撃を与える事ができそうだ。

 次に検証したいのは、手加減がどれくらいの相手まで効くのかだが、今のところそれを明確に試せる相手がいないので、ゆっくり検証することにしよう。

 ひとまず、手に持っていたコルを川の中に投げてみる。

 予想通りというか、コルは水の抵抗を受ける事なく、何もなかったかのように川の中を移動して平原に戻ってきた。

 魔物の特性によってはこういう動きができるという事だ。水の中を自由に移動できる魔物がいる事実を知ることができた。

 コルを見送った後、今度はダンジョンについて色々調べる。少し速めに走りながら、ダンジョンの構成を確認する。

 どこまでも広がっている平原と、どこからか流れ続ける川。

 川を越えた先は同じく平原が続いているが、向こうに探索者の姿は誰一人見えない。

 ある程度走り回ると、探索者が多く集まっている場所を見つけた。木製の船着き場があり、その周囲で休んでいたり、狩りをする人々が多い。

 そこに何かがあるのは明白なので、少し観察を続ける。

 すると4人パーティーが船着き場に向かい始めた。

 まだ船もないのにどうしたんだ?

 彼らが船着き場に入ると同時に、全身が粒子になり、その場から消え去った。

 驚きながらも冷静に周りで話していたことを総合すると、どうやら船着き場はただの船着き場ではなく、次の場所に転移できる装置のようだ。

 そこで一つ疑問に思ったので、近くからコルを一匹拾ってきた。

 ゆっくり歩くとまた攻撃されかねないので、できる限り速めに移動してコルを船着き場に投げてみた。

「ん? おい! 船着き場にコルがいるぞ!?」

 気付いた探索者が声を上げると、周りの探索者達が驚きながらコルに注目する。

「おいおい。船着き場の中にコルがいたらどうやって倒すんだ?」

「あれじゃねぇ? 移動する前に倒すとか」

「一撃ならあり得るけど、結構厳しいと思うがな。誰か遠距離攻撃できないか~?」

 ふむふむ。どうやら船着き場に入っても魔物は転移せず、探索者だけが転移するようだ。さらに強制移動なのも分かった。

 コルが船着き場にいて騒ぎになり始めたので、もっと集まる前に、船着き場に絶隠密のまま入ってみた。


 ◆


 転移した場所は元の場所とは打って変わり、暗い洞窟の中だった。

「くそがあああああ!」

 入るや否や大きな怒鳴り声が響く。

 その声には聞き覚えがあり、視線を向けると、予想通り凱くんの声だった。緑肌の二メートルくらいの魔物で筋肉がはちきれんばかりの人型魔物と戦っていた。

 その他にもパーティーが二つあって、それぞれ大きな魔物と戦っていた。


《スキル『魔物分析・弱』により、魔物『トロル』と判明しました。》


《弱点属性は火属性です。レアドロップは『小魔石』です。》


 近くにいた魔物に触れると、魔物分析・弱が発動してくれて、どうやら弱でも発動できる魔物らしい。

 名前は『トロル』というのか。俺が知っているトロールのイメージから比べると随分と小さい。

 どちらかといえば、オークと言われた方が納得するが、まぁ名前はどうでもいいか。そもそもトロールでもなくトロルだし。コルもスライムじゃないし。

 巨体に似合って凄まじいパワーで、大きな棍棒を地面に叩きつける度に大きな音が響く。

 音圧からみて一撃喰らうだけで瀕死になりそうだ。

 一つ気になるのは、周りがパーティーで戦っているところを、凱くんは一人でトロルと戦い続けている。

 他のパーティーはメンバー構成のバランスが良く、前衛と後衛に別れて戦っている。

 初めて知った事だが…………探索者って『魔法』みたいなのが使えるんだな。

 杖を持った探索者が火の玉を発射させていて、そういう攻撃の仕方もあるんだと感心する。

 俺は今のところ殴ることしかできない。レベルが0なので仕方ないけど。

 凱くんの戦い方といえば、非常にシンプルでトロルの攻撃を避けながら大剣で攻撃する。基本的にカウンター戦法だ。

 意外というべきか、冷静にトロルの攻撃を避けている。性格的に攻撃を優先しそうなのに、攻撃ばかりするよりは避ける事を優先しているんだな。

 その時。

 戦いに集中して避けながら攻撃していた凱くんが、後方にもう一体のトロルの存在を見逃しているようで、徐々に後方のトロルに近づき、やがてそのトロルにぶつかってしまった。

「はあ!? なんでここにトロルが!?」

 直後にもう一体のトロルが棍棒を叩き込む。

 一撃をモロに受けた凱くんは、まるで投げられたボールのように大きく吹き飛んだ。

 見た目通りトロルの攻撃は重みがあって、威力もそれ相応のものだ。

 吹き飛んだ凱くんは口から血を流しながら、大剣を杖替わりにしてふらふらと立ち上がる。

「ちくしょ……どこのどいつだ…………放置……してんじゃ……ねぇ…………ちくしょ…………」

 ん? 放置?

「青年! 手助けするぞ!」

「た、助かる……っ」

 隣で戦い終えたパーティーが、凱くんを吹き飛ばしたトロルを攻撃し始める。

 ボロボロになった凱くんと元々戦っていたトロルがまた戦い始めた。

 さすがはCランク潜在能力を持つ者というべきか。俺があの攻撃をモロに喰らったらひとたまりもなさそうなのにな。

 暫く観察を続けると、隣のパーティーがトロルを倒したのと同時に、凱くんもトロルを倒した。

「はぁはぁ…………」

「災難だったな。青年」

「手助け……ありがとう……ございます…………」

 さっきのダメージが余程効いたのか、その場に崩れるように座り込んだ。

「探索者同士、困った時はお互い様さ。それにしてもトロルの自然復活にしては速かったな」

「…………」

 凱くんは周囲を見回すと溜息を吐いた。

「三パーティーしかいないのに……四体目が…………」

「青年。あまり無理はしない方がいい。探索者は命あってなんぼだからな」

「知って……ます…………」

 悔しそうに拳を握ると「少し休んだら帰ります」と話す。

 それにしても四体目という言葉が気になる。

 すると助けに入ったパーティーメンバーが小声で話した。

「ねえねえ。パーティーの数以上にボスが出現することってあるの?」

「う~ん。聞いたことないな」

「だよね? でも確実にトロルが四体いたよね」

「それは間違いないな。俺らが倒す前に既にいたからな」

 ……………………まさか。

「これって探索者組合に報告した方がいいんじゃない?」

「そうだな。あの青年のような被害者を増やす訳にはいかないからな。有能な探索者をEランクダンジョンで散らせるのはもったいない」

「そうね。それにしてもあの子、一人でタフだね」

「まぁ修行は一人の方が効率がいいからな」

「経験値効率は一人の方がいいけどさ。死んだら元も子もないからね。ゲームじゃないし」

「…………それくらい何かを覚悟しているんだろう」

「ふ~ん?」

「男には時に譲れないプライドがあるものさ。命よりもな」

 女性の頭をポンポンと優しく叩いた男性は、凱くんが洞窟を出るまで近くで見張りを続けた。

 後輩探索者を思う彼の優しさが伝わってきた。

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