5話-①

■ 第5話





 神威さんと訓練場に通うようになって数日。

 金曜日の放課後も同じく神威さんと個室訓練場で訓練を終えた。

 日々耐えられる時間が増えたけど、神威さんを毎日泣かせている。

 これが妹にバレたら何をされるか分からない。

 神威さんは気にしないでと言ってくれるけど、どうしても女性の涙というのは、男として心にくるものがあるのだ。

 今日もいつも通り神威さんを家の近くまで送る。

 彼女の家は学校からそう遠くなく、ゆっくり歩いても二十分もあれば着く。

 何より驚いたのは、彼女の家は古くから武家の家柄らしく敷地が見渡せられないほどの豪邸に住んでいた。

 これほどのお嬢さんなら迎えくらいくると思うんだけど、彼女曰く、いつ冷気を出すか分からないので、全て拒否しているそうだ。両親もその事を知っているので、彼女の提案を受け入れているそう。

 そもそも彼女を拉致するにしても、氷神の加護を突破しなければならず、それを突破できる時点で護衛がいても意味がないそうだ。

 と――――――どうしてこうなった!

「初めまして。ひなたの母の絵里奈と申します」

 彼女を送った玄関口で、たまたま彼女の母親と鉢合わせになってしまった。

「は、は、初めまして! す、すっ、鈴木日向と申します!」

「ふふっ。日向くんですね。娘から話は聞いております」

 あまりにも突然な出来事に、彼女を見つめると、満面の笑みで返してくれる。

 こ、これはもしや――――――「毎日うちの娘を泣かせやがって、ただで済むと思うなよ! 指詰めんぞ!」って言われるパターンか!?

「もしよろしければ、中にどうぞ」

 き、きた…………や、やっぱり指を詰められ…………。

「日向くん……? 嫌?」

「へ? と、とんでもない! 俺なんかがお邪魔していいのかどうか……」

「うふふ。毎日ひなたの特訓に付き合ってくださっていますし、そのお礼だと思ってください。どうぞ」

 神威さんに似て、映画に出て来そうなくらい美人のおばさんに案内されて豪邸の中に足を踏み入れた。ただ不思議なのは、おばさんは黒髪なんだな。

 それと神威さんと俺を見て一瞬だけ目を大きく見開いて驚いたのが気になる。


 ◆


 豪邸の中は、想像していた通りというか、日本豪邸といえばこれっ! と言える光景が広がっていた。

 玄関口から入って、スリッパに履き替えて、永遠と続くんじゃないかと思える廊下を歩いていく。

 途中で障子が開いている座敷に案内された。

 部屋もものすごく広くて、そこから見える庭もまた絶景だ。

 こういうのは絵とか映画とか高級料亭だけの世界だと思っていた。

 一人で残された部屋に、メイド服の女性が訪れて、お茶を淹れてくれる。

 め、メイドって…………豪邸だからもしかしてメイドさんなんていたりして、なんて思っていたところだった……こんな豪邸ともなると本当のメイドさんが働いたりもするんだな……。

「あと少しでお嬢様が参りますので、しばしおくつろぎくださいませ」

「あ、ありがとうございます」

 丁寧に挨拶をしてくれたメイドさんがいなくなって、ソワソワしながら庭を眺める。

 その時、縁側の端に座っているお爺ちゃんが視界に入った。

「こ、こんばんは」

「ほぉ? お主、儂に気づいたのか」

「へ? そうですね」


《経験により、スキル『隠密探知』を獲得しました。》


 隠密探知? 何のことだ?

「これは中々…………」

 ただ座って外を見ていたお爺ちゃんを見つけただけで、お爺ちゃんからなんだか凄い目で見られている気がする。

 もしかして…………ボケ――――。

「あ痛っ!」

 目にも止まらぬ速さで飛んできたお爺ちゃんの手刀が俺の頭を叩いた。

「ボケてないわい!」

「えっ!? ば、バレた!?」


《困難により、スキル『読心術耐性』を獲得しました。》


「むっ!? こやつ。中々やるのぉ!」

「あ、あの…………」

「がーはははっ~! ひなため。見る目があるではないか~! がーはははっ~!」

 豪快に笑うお爺ちゃんは俺を置いてけぼりにして、どこかに消えてしまった。

 あんな変な爺さんを放っておいて良いのか?

 他人の家だから、勝手に捕まえるのも違う気がするし、あとで神威さんが来たら聞いてみよう。

 それに『ひなた』と言っていたから、知り合いだろうと思う。

 お茶をすすりながら、静かになった庭を楽しんでいると、足音が聞こえてくる。

 どんどん近づいて来た小さい足音は、やがて俺の前に現れる。

 元々銀色の髪だけでも目立つというのに、真っ白い着物がさらに銀色の髪を目立たせる神威さんだった。

 少し日が傾いたことも相まって、赤い夕焼けに照らされた神威さんの神々しさは普段よりも数倍素晴らしいモノを感じざるを得ない。

「に、似合うかな?」

「――――す、凄く似合ってるよ!」

「!? えへへ~」

 ぐはっ!?

 こうして改めて見ると、絶世の美女過ぎて直視するのが失礼に当たるんじゃないかなと思える。

 むしろ、セクハラで訴えられても負ける自信しかない。

 ただ、冷気が漏れているので、それだけは冷静に絶氷融解で消していく。

「あ、ありがとう」

「ううん。これくらい容易いよ」

 彼女が小走りで俺の隣に座る。

 ええええ!? なんで隣なんだ!? 普通なら向かいに座るんじゃないのか!?

「どうかしたの?」

「い、いや! な、何でもないよ!」

 普段から意識してない――――というか意識しないようにしてたけど、神威さんからは、めちゃくちゃ良い香りがする。

 彼女と隣同士に座って本当に良いものだろうか…………。

 この後、指を詰めろと言われたらどうしよう。

 はぁ…………どうしてこうなった。

 静かな庭に、鹿威しがトンという美しい音を響かせる。

 隣の神威さんがどうしても気になってしまって、ちらちら見ながらお茶を飲む。

 喉が渇いてお茶を飲む速度が上がっていく。

 こ、このままでは…………トイレが近くなるのでは!?


《困難により、スキル『排泄物分解』を獲得しました。》


 …………ありがとうよ。これでひと安心だ。

「日向くん。急にごめんね? お母さんがどうしてもお礼がしたいって言ってたから、待っていたんだと思う」

 あれって待ち伏せだったのかああああ!

 たまたまだと思っていたけど、そうじゃなかったんだな……ということは……やはり指を詰めろと言われるのか!?

「だ、大丈夫。こういう豪邸に来たことがなくて、ソワソワしてるだけだよ」

「ふふっ。日向くんでもソワソワするんだね」

「そりゃするよ。うちは田舎暮らしだったからな」

「そういえば、初めて聞く中学校だったよね?」

「ああ。恵蘭中学校って言ってな、ここから電車だと三時間くらい行かないと着かないかな」

「そっか。日向くんなら走った方が早そうだね」

 ん? 走る?

 その時、複数人の足音がして、神威さんのお母さんとメイドさん達がやってきた。

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