4話-②

 次の日の放課後。

 今日から銀色の天使の頼みで、一緒に個室訓練場にやってきた。

 誠心高校は探索者の支援を主な目的とし、探索者として励んでいる生徒のために、個室訓練場を解放している。

 その数は、全部で十二部屋にも及んでいて、一部屋六人で使っても十分余裕があるくらいには広い。

 使用するには事前に申し込みが必要なのだが、神威さん曰く、生徒会のメンバーは特別待遇だとかで、簡単に使えるそうだ。

 生徒会の特別待遇を使っていいのかと疑問に思いながらも、神威さんを怒らせたら凍らされるかも知れないので口には出さない。

「では始めようか?」

「は、はい!」

 いつも無表情な彼女が、珍しく感情を露にする。と同時に周囲に凄まじい冷気が広がり、周囲の壁やら天井まで真っ白に変えていく。

 肌に触れる冷気はひんやりと冷たく、彼女が話していた冷気の怖さを改めて感じることができた。

 俺……今日ここで凍らされんじゃないよな…………?

 実は昨日泣かせてしまったのを根に持って、誰も見えない場所でボコボコにしようと思ったりしてないよな!?

 そう思うと、自然と彼女に対して攻撃的な態度になった。

「ひい!?」

 一歩下がった彼女が両手を握りしめて、俺を睨みつける。

 ま、まさか…………本当にここで俺をボコボコにして、昨日泣かせてしまった恨みを晴らすのか!?

「う、うん。それでいい」

「えっ?」

「克服したい」

「克服?」

「『氷神の加護』を使いこなしたいの」

 そういや、『氷神の加護』を普段は抑えていて、油断すると周囲に冷気をばらまくと言っていた。

「だから、鈴木くんにはそのまま私を睨みつけていてほしいの」

 そうか。彼女の目的はこれだったのか。

 昨日頼まれたこと。どうやら彼女は、睨まれた時の練習をしたいとのことで、毎日放課後、数分でいいから俺に睨んでほしいと頼んできた。

 恐らく、凱くんに睨まれた時に怖い想いをして、それがトラウマになったのかも。

 いくらSランク潜在能力の持ち主だとしても、彼女は彼よりも体格の小さい女子だ。

 自分よりも体が大きい男に睨まれたら、そりゃ怖いと思う。

 俺を助けるためにそこまでしてくれたんだ。これくらい容易いものだ。

「分かった。このまま睨み続ける」

「う、うん! ありがとう!」

 ん?

 ここに来るまでずっと無表情でムッとしていた彼女の表情が、今は明らかに変わっている。

 変わったというか、とても表情豊かになった。今の彼女は――――――テレビに出て来るような美しい女優の笑顔にも勝っている。

「え、えっと…………鈴木くん?」

「あっ!?」

「どうかしたの? 睨みつけてほしいんだけど…………」

「ご、ごめん!」

 笑顔に見入ってました――――なんて言ったら幻滅されかねない。

 急いで彼女を睨みつけるとトラウマを思い出したのか、彼女の表情が険しいものに変わっていく。

 両手をぐっと握りしめて見るからに震えているのが分かる。

「鈴木くん……昨日より…………強くなってる?」

「ん? 強くなってないぞ?」

「で、でも…………」

 強くなったというか、昨日は新しいスキルを獲得したくらいだ。

 そもそも俺はレベル0で何をしても上がらないから強くなれない。

「ううん。変な事を聞いてごめんなさい。私も頑張る」

「あ、ああ」

 頑張れ……! 俺には睨むことしかできないけど、トラウマを克服できるのなら睨み続けてあげるのみ!

 それから暫く睨み続けると、彼女がその場に崩れて泣き出して、急遽終わりにした。


 ◆


「大丈夫か?」

「う、うん…………また泣いちゃってごめんなさい……」

「い、いや! 謝らなくていいよ! そもそも原因は俺にあるんだから」

「…………ねぇ、鈴木くんはどうして私なんかに優しくしてくれるの?」

 彼女は涙に濡れた顔で首を傾げながら俺を見上げる。

「へ? そ、それは…………泣かせてしまったんだから、その責任を取らないと――――妹に笑われてしまうからね」

「妹さんがいるの?」

「ああ。一つ下の可愛らしい妹だよ」

 それにしても、彼女が周囲に放ち続けている冷気は凄いな。

 俺は冷気耐性や凍結耐性があるから今のところは大丈夫だけど、渡したハンカチが一瞬で凍ってびっくりした。

「神威さんはいつもこんな感じなのか?」

「うん……だからいつも抑えてないといけないんだ……」

「結構大変なんだね」

「そうね……もう慣れたけど、こうして普通にしていられるのも、訓練場か家くらいかな」

 何となくだ。何となく、彼女はどこにいてもひとりぼっちで、必死に感情を抑えて過ごしているのが分かる。

 冷気を気にせず放っている今は、感情豊かで、よく笑うし――――よく泣く。

 俺は自分勝手に周りと距離を取っているけれど、時折寂しいと感じる時がある。

 実家に帰ると、元気な妹と母がいるけど、家族とは違う。

 自業自得。

 そう言われてもおかしくはない。

 でも彼女は違う。

 ただ生まれながらSランク潜在能力で氷神の加護を得てしまったがために、こういう状況になってしまった。

 怖い想いをして氷神の加護を抑えられなくなったことで、それをどうにかしなければと、トラウマに向き合おうとする様子が眩しくて、彼女という人柄を少し羨ましくさえ思った。


 ◆


 初訓練を終え、神威さんはいつものように氷神の加護を抑え込んだ。

 相変わらずの無表情っぷりに少し苦笑いがこぼれてしまう。

 表情は変わらないけど、彼女が俺を不思議そうに見ているのが分かる。

 何というか、彼女が顔に表情を出さなくてもその気持ちが読めるようになった気がする。

 それにしても…………この訓練場をどうしたらいいものか。

「?」

「訓練場が氷漬けにされているから、どうしたらいいかと思って」

「あ…………」

 無表情だけど、彼女は落ち込んだ。


《困難により、スキル『氷結融解』を獲得しました。》


 新しいスキルか! 氷結融解って事は、ここら辺一帯を溶かすことができるのかな?

 試しに周囲に『氷結融解』を使ってみる。しかし、何も起きない。

「どうかしたの?」

「いや、俺の力で氷が溶けるはずなんだけど、溶けないなと思って」

「氷神の加護の氷は普通の氷じゃないから、暫く溶けないと思う」

 氷神の加護を抑えている時の彼女は、やはり無機質感が漂う。

 喋る声もイントネーションが全くなくて機械が話しているようだ。

 それにしても氷神の加護が放つ冷気で凍った氷は普通の氷と違うのか…………これに凍らされたら二度と生き返らなさそう。

 やっぱり神威さんに逆らうのは、何がなんでもやめておこう。

 それにしてもここを氷の世界にしたまま帰ってもいいのだろうか?

「凍らせたまま帰っていいのか?」

「学校には許可を取っているよ。この部屋は暫く私以外には使用禁止になるかな」

 やはりそういうことになっているのか。生徒会の職権乱用だよな……。

 これで訓練場が使えなくなって、彼女がまた誰かに恨まれるのは避けたい。


《困難により、スキル『氷結融解』が『絶氷融解』に進化しました。》


 進化してくれるのは助かる!

 使用していた氷結融解が絶氷融解になったからか、周囲の氷が一瞬で溶ける。氷が解けて水になると思いきや、不思議と解けても水にはならなかった。

 俺のスキルのせいなのか、はたまた絶氷がそういうものなのか。

「!? う、嘘…………」

「これなら帰っても怒られなさそうだな」

「…………」

「神威さん?」

「へ? う、うん!」

 驚いた表情だった彼女だが、すぐに無表情に戻っていった。

 …………少し冷気が漏れていたぞ。

 それはさておき、個室訓練場から外に出る。

 外では個室訓練場の空きを待っているのか、いくつかのパーティーと思われるグループが視界に入った。

「えっ!? なあなあ、あれって氷姫じゃないのか?」

「まじかよ……氷姫とパーティー組んでいるのか。くそ羨ましい」

「しかも二人…………なんて羨ましいんだ」

 決して小さくない声のひそひそ話が聞こえてくる。

 一瞬足が止まった神威さんに、小さく「ごめん……」と謝っておく。

 どうしたのと言わんばかりの無表情で俺を見つめた彼女は、気にする素振りも見せずに訓練場を後にした。


 ◆


 訓練場から玄関口まで神威さんと並んで歩く。相変わらず周りの生徒達からひそひそ話が聞こえてくる。

 俺みたいな冴えない男と変な噂になるのは彼女に申し訳ないと思いながら、距離を取って歩くのもなんだかなと思いつつ並んで歩き続けた。

「あ、あの。神威さん」

「うん?」

 お互いの分かれ道。昨日はここで神威さんを見送った。

「その…………送ろうか?」

「えっ?」

「い、嫌ならいいん――――」

「いいの?」

「へ?」

「私と一緒に歩いても楽しくないよ?」

 氷神の加護を抑えるために、ぐっと我慢している彼女は無表情のまま答える。

 普段から口数が少ないのもそれが原因だと知っている。だからこそ彼女と一緒にいて楽しくないなんて全く思わない。それこそ、俺なんかと一緒にいても楽しくないだろう。

 それを言い合っても始まらないので、いまは別の言い訳を考える。

「またトラウマに襲われたら変な誤解を生むかも知れないから、それくらい責任を持つよ」

「!? ――――――はぃ。お願い……します…………」

 れ、冷気が!

 急いで彼女が放つ冷気に絶氷融解を発動させてかき消す。

 これなら彼女がもし油断しても冷気を止められそうだ。

「ほら、俺のスキルなら、神威さんの冷気を止められるみたいだ」

 無表情から驚く表情に変わると、彼女からますます冷気が溢れるが、俺が発動させている絶氷融解で冷気が周囲に拡散しない。

 これなら冷気のことは気にせずにいられそうだ。

「う、うん…………ありがとぉ…………」

 少し恥ずかしそうな声で話す神威さんに、どうしてか俺まで恥ずかしくなって上手く話せなくなる。

「ど、どういたしまして。い、行こうか」

「ぅん…………」

 その日、初めて神威さんを送ったが、お互いに一言も喋れなかった。

 それにしても神威さんって普段から放つ冷気もあんなに凄い量が出るんだな…………。




---------------------

 【新規獲得スキルリスト】

『絶氷融解』

---------------------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る