3話-③

 今日はクラスにあまりにも異常事態が起きて、普段よりもずっと緊張の糸が張ったまま授業を終えた。

 この異変に気付いているのは、私しかいなくて、生徒だけでなく先生も気づかないみたい。

 その原因となっているのが、私の後ろの席に座っている鈴木日向くん。

 偶然にも私と同じ名前の彼だが、既にクラスの中でも浮いた存在になっている。

 私もそうだけど、あまり人を寄せ付けない雰囲気があって、その理由を今日知る事ができた。

 同じクラスの荒井くんが彼を『レベル0』と呼んでいたけど、それは誤解だ。

 彼はずっと本当の力を隠している。

 先週は感じることができなかったけど、週末に初めてダンジョンを経験した私は、入学当日よりも格段に強くなった。

 それでやっと彼の強さに気づくことができた。

 彼の本当の強さを感じるには、彼の半径五十センチ以内じゃないと感じ取ることは難しい。

 圧倒的な力なのに、それを上手く隠しているのだ。それが原因なのか、普段から人を拒絶している雰囲気がある。

 それは私も同じで、私が持つSランク潜在能力である『氷神の加護』は、体内から常に冷気を放つ。

 今でこそ頑張って我慢できるようになったけど、少し油断するとすぐに冷気が漏れてしまって、相手を傷つけてしまう。

 だからこそ、私は今日一日、精一杯我慢していた。

 なのに――――荒井くんが彼を呼び出すのが見えた。

 どうしても胸騒ぎがして、こっそり後を追って屋上に向かった。

 屋上は普段から解放されていて、自由に出入りできるけど、わざわざここに来る生徒は少ない。

 私が屋上に着いた時、荒井くんが彼に喧嘩を吹っ掛け始めた。

 まさかの出来事に、それが信じられなくて、私は思考が止まってしまった。

 どうしてあんな化け物に喧嘩を吹っ掛けられるんだろう?

 Sランク潜在能力を以てしても、彼には手も足も出ないのに、どうして勇敢に立ち向かう事ができるのだろう?

 そんな疑問を抱いていると、彼が荒井くんを――――殺そうとしているのを感じ取った。

 彼の実力なら揉み消すくらい簡単なはずだ。

 でもここは学校で、新入生が放課後に失踪してしまっては大変な騒ぎになる。

 それに人の命は大切で、ああいう傲慢な人でも殺させたくはない。

 気が付けば、私は屋上に――――彼に対峙していた。

 何とか荒井くんに屋上から帰ってもらい、敵意をむき出しにする彼を見つめる。

 必死に震える足を抑える。今でも泣き出しそうな恐怖をぐっとこらえる。

 でもそうすればするほど、私の中の冷気は彼を威嚇する。

 私の冷気に触れた彼の表情が一気に曇る。私を獲物だと認識したからだ。

 息すらできない殺気にその場に立つのがやっとで、このままあと数秒で自分の命が無くなると思うと、お父さんとお母さん、お姉ちゃんの顔が浮かび上がった。

 Sランク潜在能力が開花してから、私の事で色々大変で、少しでも恩返しできるように、これから頑張っていこうと思った矢先。こんな形で死にたくはない。

 そんな私の想いとは裏腹に私の中の冷気が全力で彼に降りかかった。

 私の冷気は目の前の人を一瞬で凍らせる。

 けれど、それを受けた彼は凍ることもなく、いよいよ私を敵として認定した。

 ――――死にたくない。だから必死にどうしたらいいか考えた。

「どうして神威さんが俺を攻撃するのかは知らないけど、俺も死にたくないので自衛させて貰うよ」

 彼のその言葉は死へのカウントダウンを意味する。

 どうしていいか分からず、氷神の加護の制御もできない私は――――ただ思った事を口にした。

「ごめんなさい」

 私は敵ではない事を伝えたかった。そう思うと、気持ちを上手く伝えられず涙があふれた。

 いつぶりだろう…………人前で泣くなんて。

「ご、ごめんなさい。こ、怖くて我慢できなくて……ほ、本当にごめんなさい」

 あと数秒で私を殺そうとしていた彼は――――何故かあたふたし始めた。

 無慈悲だと思っていた彼の驚いた顔は、少しだけ面白いと思ってしまった。

 必死に攻撃は誤解だと話すけど、私の氷神の加護は普通の人であれば一瞬で凍らせてしまう。

 その時。

 一瞬で私の前にやってきた彼は私の首を刎ねるのではなく、ハンカチで涙を拭いてくれた。

 氷神の加護を彼に向けて放ってしまったのは事実なのに、彼は慌てながら「そ、そうだったんだ! こちらこそ、怖い想いまでして助けてくれたのに、ごめん!」と話す。

 助けてくれたって何を言っているのかは分からないけど、彼はすぐに「あ、あのさ! 助けてくれたお礼に、何か困った事があったら何でも言って。何ができるかは分からないけど、俺ができる範囲で力になるよ。俺みたいに弱いのに何ができるかは分からないけど…………」と言った。

 この人は何を思って私なんかにここまでしてくれるのだろう?

 こんな弱い私にどうして優しくしてくれるのだろう?

「ほ、本当……?」

 恐る恐る聞いてみると、勢いよく頷いて何でも言ってくれと言う。

 私は意を決して、あることを頼んだ。

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