3話-②

 次の日。

 ダンジョンで週末を過ごしたため、また新しい一週間が始まり、クラスに向かう。

 相変わらず美しい銀色の天使が目の前にいるのだが、あまり直視しないようにしている。

 クラス中の視線が天使よりも俺に刺さっているからだ。妬みという。

 自然と前を向くだけで彼女を眺められる特等席というのは、クラスの中で最も羨ましがられる対象になってしまったようだ。

 授業が終わると、クラスメイト達はいつの間にかできたグループで部活の話をしていたり、午後の予定を話し合っていた。

 そんな中、俺はというと――――

「おい。万年レベル0」

「や、やあ、凱くん」

「ちょっと面貸せよ」

「…………分かった」

 実は中学からの同級生である荒井凱も同じクラスにいる。いつも通りの単調な言葉を送り合う。今までとそう変わらないように。

 いつも通り俺を見下ろす凱くんだが、今までと大きく変わった点があった。

 俺が彼に抱いていた感情は『怖さ』だ。それがどうしてか全く感じなくなった。

 新しく獲得したスキル『恐怖耐性』のおかげか『威圧耐性』のおかげなのかも知れない。

 それを思うと、万年レベル0でも頑張れば報われるかも知れないと自然と拳を握った。

 そして、ゆっくりと凱くんの後を追いかけた。

 彼は他の生徒よりも目立つくらい大きな身体を持つ。歩いているだけで威圧するほどに、自信に満ち溢れている。

 彼についていくと、生徒が入ってもいいのかすら分からない屋上に上がっていった。

 屋上は広々として、邪魔なものは何一つなく、フェンスだけが周囲を囲んでいた。

「おいおい、ひ~な~た~く~ん」

「うん?」

「うん? じゃねぇよ!」

 迷うことなく彼の拳が飛んでくる。

 中学生の頃なら、それが怖くて震えていた。なのに今の彼からは何も感じない。

 飛んでくる拳はあくびが出そうなくらい遅いが、当たると痛そうなんで、一旦避けてみる。

 勢いよく殴り掛かった凱くんの体は、そのまま俺が立っていた場所を通り抜け、俺という障害物がなくなり勢いよく前進して倒れ込んだ。

「はぁ!? 日向のくせに俺のパンチを避けただと!」

 起き上がった凱くんは顔が真っ赤になって怒り出すが、自分でも驚く程全く怖さを感じない。

 むしろ――――Eランクダンジョンの兎魔物の方が強そうに感じるのである。

「クソがあああああ!」

 間違いなく本気で殴りかかってくる。

 それを直感的に分かったのが、ダンジョンに行けたからなのか、戦いの経験をしたからなのか、それともスキルを獲得したからなのか。

 またもや単調な大振りの殴りを避ける。

 それを軽々と避けた時、彼に攻撃を叩き込めると思えた。

 その時――――俺達に向けた声が響く。

「ダメ」

 屋上に響くのは冷たい声。

 開いた扉に視線を移すと、誰かがこちらに向かってきていて、長い銀髪が見え始めた。

 そこから現れたのは、もちろん銀色の天使こと神威ひなたさんだ。

 彼女が屋上に降り立つと同時に、俺達を襲う冷気を感じる。


《困難により、スキル『冷気耐性』を獲得しました。》


 新しいスキルを獲得したという事は、この冷気は本物だって事だ。つまり、目の前の彼女は非常に好戦的だと受け取れる。

 そんな彼女は無表情のまま俺達の前に立つ。

 それに苛立つ凱くんが声を上げた。

「なんなんだ!」

「やめて」

「はあ!? お前には関係ないだろう!」

「やめて」

「く、くそ! 日向てめぇ覚えてろよ!」

 凱くんが逃げるかのように屋上から消えていった。

 今までこんなことはなかったので、自分の心の中にどこか『ざまぁ』と思いながらも、『可哀想』という感情もでてきた。

 俺は元々誰よりも弱い。だから周りは自分より強い人ばかりだ。

 でも凱くんにとって彼女は自分よりも強者である。今の凱くんは屈辱的だろう。

「えっと、神威さん。ありがとうございます」

「…………」

 彼女は無表情のままだが、どこか敵対心むき出しで俺を睨んでくる。

 謝った方がよかったのかな? 女心は今でもよく分からない。

 妹はいつも『女心は複雑だからね? お兄ちゃん!』と言っていたけど、本当にその通りだとつくづく実感する。

「あ、あの…………」

「っ!」

 一歩前に出たところで、彼女からの冷気が一気に俺を襲う。

「あ……あ…………」


《困難により、スキル『凍結耐性』を獲得しました。》


 これは間違いなく攻撃されている。それに思わず身を構える。スキルがなければ死んでいたかも知れない。しかし、目の前の彼女の様子がおかしくなり始めた。

 最初こそ無表情のままだけど、どんどん顔が崩れて今にも泣きそうだ。

「ご、ご…………」

「どうして神威さんが俺を攻撃するのかは知らないけど、俺も死にたくないので自衛させて貰うよ」

 これ以上冷気を浴びる前に一気に通り抜けて彼女を突破しようと思ったその時。

「ごめんなさい」

 そう話した彼女はその場に崩れるように涙を流し始めた。

「ええええ!? か、神威さん!?」

「ご、ごめんなさい。こ、怖くて我慢できなくて……ほ、本当にごめんなさい」

 一体彼女に何があったんだ? 怖い?

 もしかして……俺を助けようとして凱くんに声をかけたのが怖かったのか?

 俺を助けようとしてくれたのに、俺が勝手に攻撃されたと思い込んだ?

 でも俺はしっかり攻撃されたはずなんだが……?

「わ、私が……油断すると…………『氷神の加護』を放って……しまうの…………」

 ポロポロと涙を流しながら、彼女は申し訳なさそうな表情で俺を見上げた。

 こういう場面だというのに、俺は――――泣いている彼女を美しいとさえ思ってしまった。

「だから……その…………攻撃したわけじゃ…………ごめんなさい」

「そ、そうだったんだ! こちらこそ、怖い想いまでして助けてくれたのに、ごめん!」

 妹から教わった『いつでも胸ポケットからハンカチ』を取り出して、彼女の涙を拭いてあげる。

 こんな風に女性の涙を拭いてあげたのは、妹以外では初めてで、自分の心臓がバクバクと高鳴り、音が耳の中から聞こえてくる。

 今回の誤解は、俺が悪いのは明白。俺を助けるために怖い凱くんを止めてくれた彼女を変に誤解してしまった。

「あ、あのさ! 助けてくれたお礼に、何か困った事があったら何でも言って。何ができるかは分からないけど、俺ができる範囲で力になるよ。俺みたいに弱いのに何ができるかは分からないけど…………」

 涙に濡れた彼女の瞳が、じーっと俺の目を見つめた。




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 【新規獲得スキルリスト】

『冷気耐性』『凍結耐性』

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