3話-①
■ 第3話
探索者になったのはいいが、一日中ダンジョンにいたのを考えると、また入りたいとは思えない。
寮に帰る前にその足で『買取センター』を覗いてみた。
買取センターというのは、ダンジョンで手に入れた素材を買い取ってくれる場所で、運営は国が主体となって、いくつかの大きな企業と提携して運営されているそうだ。
買取センターの中は全部で3種類の場所に分けられている。
右は『レア品買取相談センター』、中央は『自動買取機』、左は『相場調査機』と書かれている。
『自動買取機』及び『相場調査機』は匿名性のため、一人一台利用のようだ。
使用する際には整理券をもらい、順番で使える平等性がある。
二十四時間運営されているが、レア品買取相談センターだけは運営時間が決められている。
相場調査機は素材やドロップダンジョンの情報まで簡単に調べることができるが、誰もが持っているスマートフォンでも調べられるので、利用している人は殆どいない。
まだ明るい時間だからか、人が少ない買取センターの中に入る。目的は『自動買取機』だ。
待ち人もいなかったので、整理券を受け取るとすぐに俺の番となった。
待合椅子に座ることなく、真っすぐ自動買取機の前に立つ。
電子音が響くと、俺が立っている場所を囲うように板が天井から降りてきて密室になった。
これも匿名性を保たせるための装置で、誰がどんな素材を売るのかを他人に見せないためだ。
自動買取機は右手にタッチ式モニターがあり、正面にある大きなカウンターに売りたい素材を置くことで買取機がスキャンした品目の値段を表示してくれる。
俺はダンジョンで手に入れた素材を異空間収納から取り出して、一つずつカウンターの上に置いた。
画面に『スキャン中です。』という文字が現れて、カウンター内に赤い光が照射されると、モニターに名前と値段が表示された。
最初に置いたのは、ティラノサウルスから出た三十センチの魔石だ。
『Xランク魔石:査定不可』
査定不可!?
カウンターには『査定不可の時はレア品買取相談センターまで』と書かれている。
ひとまず、異空間収納に入れて、他の素材も試す。
『謎の骨:査定不可』、『謎の皮:査定不可』、『謎の皮:査定不可』
ティラノサウルスだけでなく、兎魔物や子豚魔物の素材も全て査定不可とのことだ。
最後に兎魔物や子豚魔物からドロップした五センチの紫魔石を置く。
『特殊魔石:300,000円』
小さな紫魔石がまさか三十万円もするとは思わず、その場で声を出しそうになった。
ダンジョン入門書に高値で取引されていると書かれていたけど、まさかここまで高いとは思わなかった。
何ならこの魔石だけで何十個もあるので、全部売れば相当金持ちになるんじゃないか?
ただ、いくら秘匿されているとはいえ、俺みたいな高校生が急に大金を持つと、色々悪意ある奴から狙われるとテレビで見たことがある。
今のところは魔石一つだけ売って、現金にしたいと思う。
査定不可の素材は回収して、紫魔石を一つだけ売り出す。
カウンターが下がっていき、蓋が閉められる。もう一度査定が行われモニターに買取額が書かれて同意を求められる。もちろん、承諾だ。
次はモニターの下にある小さく人の手が描かれている円盤『決済板』にライセンスが刻まれている手を触れるように表示される。
右手で円盤に触れると、俺のライセンスの中に三十万円が入金されたと表示された。
これが俗にいう『ライセンス決済』というものだ。昔は通帳というものが存在していたようだけど、今は全てがこのライセンス決済になっている。
その一番の理由はライセンスは人ではなく女神様が司っているシステムなので、嘘がないという利点がある。
この買取機も特殊な方法で作られていて、匿名を守れるようになっているそうで、これもまた女神様の力だ。
買取が終わり、退場ボタンを押すと壁が天井に戻る。
俺は初めての買取にご機嫌になって、買取センターを後にして寮に戻って行った。
この後、この一件が世界を巻き込むとんでもない事態になるとは思いもせずに。
◆
寮に戻ると、早速清野さんが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。昨日は帰って来ませんでしたね?」
「ただいま。昨日はダンジョンに入っていたのですいません」
「ダンジョンで活動なさっていたのなら仕方がありません。ですが決して無理はなさらないでください。命を何よりも大切にしてくださいね」
「えっと……信じてくださるんですか?」
「もちろんです。少なくとも、ボロボロになった制服を見て信じない人はいないでしょう」
清野さんに言われて初めて自分の制服を見つめる。
まさかここまで汚れていたとは思わず溜息がでた。
寮では洗濯も自分でしなくちゃいけないので急いで洗濯する事にする。
「鈴木くん」
「はい?」
「――――探索者おめでとうございます」
「!? あ、ありがとうございます!」
そう言われると、自分が探索者になったことにようやく実感が湧いた気がする。
きっと化粧の仕方だと思うけど、清野さんは少し冷たいイメージがあるが、俺を祝ってくれた笑顔はとても素敵だった。
自分の部屋に戻り、いつものジャージに着替えて、汚れた制服を持って洗濯場に向かう。
洗濯場は全ての寮の各階に設置されており、探索者を支援する寮らしいといえば、寮らしい。
洗濯場に入ると見慣れない洗濯機が二台設置されていて、先客が一人洗濯機を使っていた。
ここにある洗濯機は普通の洗濯機ではなくて、『魔道洗濯機』と呼ばれる非常に高価なもので、魔石でしか動かないが代わりに高性能な魔道具になっている。
まさか寮に魔道洗濯機を置いてくれているとは思わず、驚いてしまった。
それに動作させるための魔石も、全て学校側負担なのを考えれば、探索者を目指す学生にとって最高の寮であるのは間違いない。
その時、先客の男子生徒が俺の汚れた服を見て目を大きく見開いた。
「凄い汚れだね。ダンジョン帰りかい?」
「あ、ああ。あまり慣れなくて」
「最初はみんな慣れなくて汚すよね」
「えっと、君も?」
「僕もそうだったね。初めまして。僕は藤井宏人。よろしく」
「俺は鈴木日向。よろしく」
藤井くんは細身で可愛らしい顔をしている。一見女子とも見違えそうだが体格は男性だ。
座ったままだからわからないが、身長は俺より少し低いくらいか?
握手を交わして、空いていた洗濯機に汚れた制服を入れて『洗濯』というボタンを押す。
魔道洗濯機は、水を入れる必要も、洗剤を入れる必要もない。不思議な力で洗濯するのでそういう類のものは不要だ。もう一つの利点があるとすれば、水を使わないので乾かす必要がないから時間短縮にもなる。ただ、普通の洗濯機と違って中は覗けない。
洗濯機が稼働したのを確認して、待ち椅子に腰を掛けると藤井くんが声をかけてきた。
「どこのダンジョンに行ってきたの?」
「Eランクダンジョン117に行ってきたよ」
「へぇー。偉いね。周りを見ると最初からDランクに行きたがる人ばかりなのに」
「まあ、俺は昨日初めて探索者になったからな。色々あって強制的に入れられてしまったけど、何とか無事帰って来れたからよかった」
「え!? もしかしてダンジョンに一人で入ったの?」
「う、うん」
「危ないよ!? いくら最弱のEランクダンジョンとはいえ、最初はパーティーを組んでから入った方がいいよ?」
初めて会うというのに、本気で俺の心配をしてくれるんだな。
「そうだな。次からはそうするよ」
「もしあれだったら誘ってね? 僕もあまり強くないから大した戦力にはなれないけど……」
強い弱いとか俺には関係ないというか、そもそも俺はレベル0なので最弱で、俺にとってはある意味誰でも戦力になる。
そういう理由からも藤井くんの申し出は本当に嬉しい。それが優しさから出ただけの言葉だったとしても。
いつか誘える時がきたらいいなと思いながら、藤井くんと会話を楽しんだ。
数分が経過すると藤井くんの洗濯が終わり、次の利用者が来たので藤井くんは先に部屋に戻って行った。
新しくやってきた生徒は俺に全く興味がないようで、会話を交わす事もなかった。同じ階で過ごしていても俺達はあくまで他人なのだ。
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