2話-③

 今回の一件で分かったのは、もしもの時は池に逃げ込んで猛毒を魔物に掛ければ何とかなるという事。

 それともう一つ大きな事に気が付いてしまった。

 それは――――ティラノサウルスを倒しても俺のレベルが上がった感じがしない事。

 昔の偉人は『0に何を掛けても0』という名言を残している。こういう場合、掛け算ではなく足し算になるはずだけど、そもそも空白とは違い、虚無であれば何も増やすことができない。

 まぁ、今はまだレベルの事は置いておこう。

 今は何故か獲得できているスキルを駆使して、外を目指す事が最優先事項だ。

 検証が終わったので一本道を進み、ティラノサウルスがいた場所に着くと、ティラノサウルスほどの強力そうな魔物は見当たらないがいくつかの小さな魔物を見かける。

 白い毛並みの、真っ赤な目を持った身体が五十センチはある兎魔物が所々にいる。

 見つからないように慎重に進んでいく。


 バギッ――――


 またやってしまった。

 静かだった周辺に響く木の枝が折れる音。

 その音に釣られるかのように、周囲の兎魔物が一斉にこちらに向かって駆けてきた。


《困難により、スキル『トラップ発見』を獲得しました。》


《困難により、スキル『トラップ無効』を獲得しました。》


 この木の枝ってトラップだったのかよ! だから気を付けて歩いていても見当たらなかった木の枝を踏むわけか!

 なんだかしょうもないトラップに二回も引っかかった気がするが、こちらにやってくるのは兎魔物ばかり。

 その速度は、申し訳ないがティラノサウルスに比べるものでもない。

 ざっと十二体の兎魔物がやってきた。

 兎魔物が俺に向かって飛びつくが、それを難なく避け続ける。

 十二体が一斉に飛びついてきても、速度上昇・超絶のおかげなのか、まるで止まっているかのように反応できてしまう。

 このまま避け続けても仕方がないので、そのまま素手で殴ってみる。

 うむ。全くダメージを与えているようには見えない。むしろ、俺の手が少し痛い。

 ティラノサウルスの骨を取り出して武器にしてもいいが、何度も繰り返す。


《経験により、スキル『素手強化』を獲得しました。》


 きたきた! これを待ってました!

 レベルは上がらないが、困った状況を繰り返すと新しいスキルを獲得できるんだから、狙い通りの展開だ。特に今回は『経験により』という文言から経験でも獲得できるのがわかった。それが一番大きい。

 これで兎魔物にダメージを与えられると思う。飛びついてきた兎を避けて、パンチを叩き込む。さっきとはまるで違う打撃音が響いて、兎魔物が大きく吹き飛んだ。

 ただ一撃では倒せないようで、次々兎魔物達が飛んできては、それに合わせて避けながらパンチを叩き込む。

 それを何度も繰り返す。


《経験により、スキル『素手強化』が『武術』に進化しました。》


《経験により、スキル『緊急回避』を獲得しました。》


 狙い通りに素手強化が武術に進化し、避け続けたことで緊急回避を獲得できた。

 緊急回避は俺にとって致命傷になる危険な攻撃を感知して、身体が勝手に避けてくれる優秀なスキルだ。

 それを試すためにわざと魔物の一撃に当たろうとしたら発動した。

 ただ一つ気になるのは、スキルリストで確認したところ、緊急回避にはクールタイムが存在しているようで、使用後に文字が黒色から灰色に変わった。

 灰色になった文字は、少しずつ本来の黒色に戻っていくので、試さなくてもその時間が経過しないと発動させられないのが分かる。

 新しく獲得したスキルの検証と共に、戦いをも制して、倒した十二体の兎魔物を全部解体する。

 皮や骨、肉と共に五センチの紫魔石が見える。全部で二十個だ。

 入門書に書いてあった一~三センチの魔石よりも大きいので違うものなのか……?

 悩んでも分かる術がないので、ひとまず、全てを異空間に収納した。

 それから魔物の気配から身を隠しながら道を進むと、道が二つに分かれて、左側は遠くに見えるお城に向かうと思われる道と、右側はその逆方向に続いていた。

 もちろん目指すのは右側。

 こちらの道にも当然のように兎魔物がいて、さらには子豚魔物もいた。

 Eランクダンジョンらしい弱い魔物ばかりなのが唯一の救いだ。

 少なくともレベル0の俺でも倒せるんだから、余程弱いのだろう。

 あのティラノサウルスは、恐らく『フロアボス』と呼ばれている魔物に違いない。もしかしたら『イレギュラー』だったりして……。

 フロアボスというのは、各ダンジョンの最下層に存在する魔物で、特殊個体として君臨しているらしい。

 イレギュラーというのは、本来のランクには生息しないはずの強力な魔物が現れる事を指し、出現する確率は宝くじを当てるように低いと言われているが、実際存在しているらしい。

 もしティラノサウルスがイレギュラーだったなら、宝くじに当たったのか。

 まぁ、宝くじなんて頼らず、魔石や素材を売って少しでも家計の足しにできるようコツコツ頑張っていこう。

 今はとにかく生き延びて、手に入れた魔石と素材を持ち帰ることだけを目標に、一本道を歩き続けた。

 道中で兎魔物と子豚魔物を何十と倒した時、


《経験により、スキル『威圧耐性』を獲得しました。》


《経験により、スキル『恐怖耐性』を獲得しました。》


 ん? 新しいスキルを手に入れたのはいいが、威圧と恐怖なんて感じてないんだけど……? もしかして俺のレベルが0だからなのか……? それならそれで非常にありがたい。

 レベルが0から上がる気配がないので、それならせめてスキルとやらをたくさん獲得して『頑張っていれば、報われる日が訪れると思う』という言葉を体現したい。

 Eランクダンジョンではそれなりに戦えるようになって小型魔物達には勝てるけど、Eランクダンジョンなんてダンジョンの中では最下位だから大した戦力にはなれない。

 それなら戦いで力になれなくても、周囲探索とかでメンバーのサポートできるかもしれないし、それならパーティーを組めるかもしれない。

 ここでうぬぼれていては、難しいダンジョンに入った際、メンバーに迷惑を掛けてしまう。なので、出来うる限りたくさんのスキルを獲得する方向で頑張ろうと思う。

 そう思いながら道を進んでいくと、霧がかかった暗い景色の中、遥か遠くに小さな光が見え始めた。

 直感でそこが出口だと感じた。

 俺は迷う事なく、光に向かって全力で走って、どんどん大きくなった光に飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る