第13話 バニー道、始めます!

 王国の城下町中央通りに、奇妙な出で立ちの人間が現れて人々の目を引いていた。

 それはいのりたちパニー騎士団の三人なのだが、頑なにバニースーツを固辞し、譲歩したウサ耳ヘッドギアに家宝の鎧を装備するクーデリアを含め全員プラカードを持って人通りの多い中央通りを練り歩いていた。

 クーデリアが抱えるプラカードには「ファッションヘルス 8500円ポッキリ」。

 スフィのプラカードには「新装開店 全台大放出」。

 そしていのりのプラカードには「バニー騎士団、最後尾」。ご丁寧にプレイボーイのあの黒バニーのイラスト入りである。

 全ていのりが日本語で書いたものであり、いのり以外には意味不明の文字列であった。

 当然、何が書かれているか二人には教えていないし、行き交う人々の目に触れても全くわからないハズだが、異世界の文字が書かれたプラカードを手にして練り歩くバニーガールたちの姿は、市民たちには非常に気を引く異様な一団であった。


「……あの」


 昏い貌でプラカードを抱えていたクーデリアがいのりに訊く。


「……これが……バニー……道?」

「まずはバニースーツで街中でプラカードを持って歩き回るコトで精神力を鍛える」

「本当に鍛えられるの……?」


 クーデリアはすれ違う人々の奇異の目を気にして困惑する。先程など親子連れの幼児から、ママぁあれ何?と指され、母親から、しっ、目を合わせちゃいけません、と叱る声を耳にしていた。これは鍛えるというか、堪える。


「……スフィ」

「何?」


 困惑するクーデリアと対照的に、けろっとしているスフィは自分のプラカードを楽しそうに抱えて笑顔を振りまいていた。


「……貴女、良くそんな格好でこんなこと出来るわね?」

「格好? 聖衣でしょ?」

「いや……その……恥ずかしく……ないの?」

「創世神様が用意してくださったモノを何を恥ずかしがるの?」

「あー」


 クーデリアはスフィが昔からこう言う天然なところがあったのを思い出した。


「第一、この聖衣、見た目可愛くないかしら?」


 屈託のない笑顔で応えるスフィ。気のせいかウサ耳と白く丸い尻尾があざとく動いた。


「可愛いっていうか……」


 戦死した男衆のバニー姿を思い出して一掃困惑するクーデリアであった。


「それにこの聖衣は確かに身体能力を強化してくれる、ボクみたいな非力な女でも立派に戦えるのよ?」


 そう言ってスフィはプラカードを抱えたままぴょんぴょん跳ねる。跳ねると言うより飛び上がると言った方が正確か、確かに常人ではなし得ない高さまで達していた。


「凄い跳躍……」


日向のような暢気な旧知の姫が戦場に出ると聞いた時はクーデリアは酷く驚いたものだったが、祖国を滅ぼされて捨て鉢になった乱心からではなく、着るだけでこんな超人になれるなら確かに自分もこれを装備して戦場に赴くだろう。破廉恥な見た目を気にしなければ。

 とはいえ、クーデリアの記憶ではスフィは箱入り娘な扱いをされていたので、武人の家系てある自らと剣を交えた事など一度もないし、試合すら見たこともない。恐らくは武術は素人並みか少し齧った程度だろう。

 スフィが何処まで戦えるのかクーデリアは正直不安であった。この聖衣の力を持て余していないか、それ以上にこの貧相な身体でこの破廉恥な衣装は別の意味でまずいのではなかろうか。


「こういうのは慣れよ、慣れ」


 あ、この子やっぱり少しは気にしていたな、とクーデリアは察した。


「だいたいさぁ、クッコロちゃん、その鎧重くないの?」


 ぴょんぴょん跳ねるスフィを他所に、いのりが不思議そうに、何度もしている疑問を訊いてきた。


「クッコロ言うな。いい加減私の名前を覚えろ。それこそ慣れだ、慣れ」


 クーデリアは否定してみせるが、内心鎧には実は不満があった。

 まず、標準的な成人男性の寸法に合わせてこしらえたモノであるため、クーデリアにはぶかぶかなシロモノであった。肩などしっかり固定出来ていない箇所もあり、無理あり詰め物でカバーしており、かろうじて着こなしているのだ。正直言ってコレで本当に戦えるのか当人にも分からない。

 クーデリアは超人の跳躍をするスフィを見てある思いを抱いた。もしかすると、あるいはこの聖衣があれば……。


「おやぁ、やっぱりバニースーツが気になる?」

「そ、そんな事は、な、無い」

「またまたぁ」


 いのりはニヤニヤしてクーデリアを肘で小突く。


「お、おい」

「スーちゃん、予備のバニースーツある?」

「はい、こんなコトもあろうかと」


 スフィはどこから取りだしたのか、新品の聖衣バニースーツをさっと二人に差し出した。


「なんで持ってるのっていうかどこから出したのソレぇ?!」

「ささ、見目麗しき女騎士様、力が欲しいか?」

「うふふ、バニー騎士団に入団したなら聖衣をクーも着るべきよ?」


 クーデリアは二人のバニーガールに詰め寄られる。往来でこれはちょっとしたコある。ある。いつの間にか野次馬達が三人の周りに居てクスクス笑っていた。


「み、見世物じゃ無いわよっ」

「バニーは見られてナンボやでぇ」


 いのりは下品な笑みを浮かべてクーデリアににじり寄る。


「スーちゃん、近くに服か装備売ってる、着替えの出来るお店ある?」

「隊長、直ぐそこに!」


 スフィもいのりの狙いを察してノリノリである。スフィが指した向かいの店がちょうど服を扱う店だった。


「よし、連行っ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 両腕をスフィといのりに抑えられたクーデリアは、情けない悲鳴を上げながらずるずると引きずられながら件の店へ連れて行かれる。いのりは店主に着替える場所を借りるとクーデリアを二人がかりで連れ込んだ。


「いやぁぁぁぁやめてぇぇぇぇぇぇ」

「へっへっへっ嫌がっても身体は正直だぜぇ」

「身体というかいのりさん良く鎧外せますね」

「なんとなく」

「なんとなくで鎧外すなぁぁぁぁぁ」


 10分後。


「ぢゃーん」


 そこには家宝の鎧を外され、代わりに聖衣バニースーツを着せられ、へたり込んで両腕で胸元と股間を隠すクーデリアが居た。


「ううう……なんたる屈辱……この醜態父上母君にどう申し開きをすれば……」

「いやぁ……」


 バニーガール姿のクーデリアを見たいのりはマジマジと見ていた。


「くっころちゃん、もしやと思ったが脱いだら凄い系だった」


 いのりはクーデリアが家宝の鎧に拘った本当の理由を察した。その肉感的なボディはまさにバニースーツを着るためにあった、としみじみ思った。

 ふと、いのりは横目でちらっとスフィを見る。クーデリアをガン見しているスフィの体型は年相応に控えめであった。


「……酷なこと聞くようだけど、スーちゃん、幼馴染みと聞いてるけどもしかしてくっころちゃんと同い年?」


 訊かれて、目の据わったスフィは無言で頷く。そして暫し沈黙の後、ぽつりと


「……裏切り者」

「くっ……殺せ」


 クーデリア人生最初の「くっ殺せ」であった。


 

                      つづく

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