第11話 逆転査問会(その3)

あらすじ スフィに責任押し付ける理不尽な裁定にいのり激おこ


 いのりは査問会の不当な裁定に不承しかねていた。

 しかし当のスフィが反論せずこの査問会の進行に従っている以上、いのりは簡単に口を出すわけにはいかなかった。

 何よりまだ裁定は続いている。

 コーマは話を続ける。


「敵はあの凶戦士ベルセルカ、致し方ない状況もあったのだろう事は理解している。

 しかし、だからといって、各国より集めた戦士たちを死なせた部隊全滅の責任を不問にするわけには行かぬのだ」

「……ていのいい責任の押しつけじゃん」


 いのりは後頭部を掻いて呆れる。そして目線で査問会の中央にいるあの国王様をチラ見した。

 依然あの国王様は何もコメントも反応もせず黙ってその場の成り行きを見ているだけだった。

 一方のスフィはこの国王様と目を合わせようとしないでいる。明らかに気まずそうであった。

 いのりはこのスフィの様子から、最初はこの二人に何らかの縁があって、この場を国王様がなんとかしてくれるだろうと期待していたのだが、どうもそのような展開は期待出来ないようである。


(こういうのお約束シチュエーションだったら、スフィちゃんと国王様、昔は婚約者同士だったとかあってもおかしくないんだけどねぇ……国の王族程度の知り合い程度じゃどうしようも無いかも……)


 一発逆転を国王様に期待して大人しくしていたいのりだったが、完全に期待外れだったせいでストレスがマッハで増えていく。正直限界であった。

 スフィはあの時自分を助けてくれた恩人である。それが理不尽な裁きで命を奪われようとしている。そんな事とてもじゃないが許せるはずも無い。

 座するいのりのむ苛立ちは貧乏揺すりから始まり、足踏みへと変わる。


「おい、静かにしろ」


 隣に立つクーデリアがいのりを小声で叱るが、いのりは聞く耳持たず足踏みを続ける。


「おい――」


 二度目の忠告でいのりの足踏みが止まる。

 クーデリアは困惑するが大人しくなったと判断して再びスフィのほうを見る。

 スフィにとって絶望的な状況なのはクーデリアも分かっていた。いのりがスフィを心配しているのも痛いほど分かるがどうにもならないのも事実である。

 どう言う経緯なのか知らないが、異世界から召喚されたばかりいのりがここまでスフィに入れ込むのか。

 凶戦士ベルセルカとの初戦で何があったのだろうか、バニー騎士団の面々が全滅するほどの死闘だ、さぞ劇的なことであったのだろう、とクーデリアは勝手に不謹慎な想像をした。

 わからんでもない、とクーデリアは納得する。スフィは昔から人を惹き付ける何かがあると感じていた。魔界との闘いで祖国を失うも創世神の助力で対抗する力を得、義侠心に駆られた各国の戦士を集ってバニー騎士団を結成し戦場に臨む幼馴染みの姿には感動すら覚えたほどである。

 そこまでだった。

 女の自分ではあの場に居場所などなかった。それどころかこの騎士おかざりの立場でいるのが精一杯で戦場に出る事など叶うはずも無い。

 幼い頃から研鑽を積んでいて、そこいらの名家のボンボンなど余裕でねじ伏せる自信はある。しかしいくら強くなろうが、その後ろにいるけんりょくには勝つことな不可能だ。

 今回も、この場もそう。自分はスフィの力になれないでいる。自分もバニー騎士団に選ばれていたらこんな事にはならなかった、と考えるが、女の見てそれはあり得ない栄誉である。

 クーデリアは自らの無力に打ちひしがれ、沈黙するしかなかった。


「……以上。スフィア・ロム・アルトリア、卿は極刑に――」


 もしこの絶望的な状況を打破出来る力があれば、きっと――。


「異議ありだバカヤロウ!」


 いのりは立ち上がって無慈悲な査問会の面々を指して怒鳴った。


「な――」


 いのりの突然の行動にコーマは怯んでしまう。


「なーにが責任とれだ!?

 人類に存亡を賭けて闘ってるくせにどいつもこいつも肝座ってないってどういうこった!?

 勝っても損害出したから女に腹切れ?

 何寝言ぬかしてやがる、それでもキン○マついてんかお前らぁっ!」

「キ、キン…!」


 ブチギレたいのりの啖呵にコーマたちは思わず絶句する。

 いのりの隣にいた二人は対照的な反応をするが、スフィはポカンとした顔でいのりを見ていた。そして顔を真っ赤にしているクーデリアの方を向いて、


「……あの、クー、キン○マって何ですか」

「あなたは知らなくて良いの!!」


 きょとんとするスフィにクーデリアは苦笑いしながら言う。優しい国王夫妻に大切に育てられた、箱入り娘による天然ボケの破壊力に今更ながら呆れるばかりである。

 いのりの啖呵に査問会の面々は唖然としていたが、やがてコーマがゆっくりと立ち上がりいのりを指して何か言いたげに口をパクパクさせ始める。感情が追い付かないのであろう。

 そんな時だった。突然国王がゲラゲラ笑い始めたのである。


「こ、国王……、な、何を?」

「いやいやいや、ここまで言われると痛快の極み。そこな勇者殿の言い分ももっともだ」

「あの、国王…」


 国王のこの反応にローブ姿の老人も困惑する。


「まあまて、司祭殿」


 国王はローブ姿の老人を制していのりの顔を見る。


「しかしだね、勇者殿。諸国から選出した優れた戦士を預かった責任は我々にあってね……」

「そもそもアンタたちの前提が間違ってんのよ。なんで生き残った子に責任おっかぶせるのさ、責任の取り方なんて他にもいくらでもあるじゃん」

「ほう。それはどのような?」


 国王は挑発するように言う。コーマと司祭は国王が明らかに面白がっているのは分かっていて、顔を見合わせて心配する。


「一番の責任者はそこのおっさんじゃないの?」

「お、おっさん?!」


 いのりに指されてコーマは目を白黒させる。


「大将なんでしょ? あんたが切腹すれば済む話じゃん!」

「せ、せっぷく? な、なんだそれは?」

「あたしのいた日本じゃ責任者が腹を刃物で掻っ捌いで死んでお詫びするのよ」

「は、はぁ?」


 流石にこれには一同仰天する。


「あ、あとね、業界によっちゃ小指詰めたりするか」

「こゆびをつめる?」


 司祭が思わず小指を立てて反応する。


「小指をねぇ、まな板に置いて匕首あいくちで関節から、トン、と切る」

「ひ、ひいっ」


 いのりか自分の小指で仕草をしてみせたので司祭が思わず悲鳴と共に自分の小指を押さえた。


「なーんてね」

「何だこの女……どんでもない修羅の世界からやってきたのか……」


 コーマは動揺しながら祈りの顔を見て漏らす。


「いやいやいや、あくまでも例よ例。つーか、さ、責任取るのはあんたらじゃなくてもいいわけ」

「はい?」

「もっとシンプルに行こうや。あの気のいいおっさんたちはあたしを呼ぶ為に犠牲になったようなものだからさ、あたしが責任とりゃいいのよ」

「え?」


 スフィが信じられないものを見るような顔でいのりを見る。


「要はあんたらの虎の子の代わりになりゃ良いの。この世界、あたしが救ってやる」


 いのりは国王の顔を指した。


「そのために呼んだんでしょ? 命を賭けて期待されてるんだ、やらなきゃあたしの女が廃る」


 いのりは毅然とした態度で宣言した.


「あの騎士団のみんなの命を無価値なモノにしない為に」


 空気が一変する。緊張するクーデリアにも、このふざけた格好の女の啖呵がこの場の流れを変えて見せた事は理解出来ていた。

 諦めていた自分。

 諦めなかったこの女。

 クーデリアの中で何かが突き動かされていた。


「良いだろう」


 そう言って国王は立ち上がり、


「この件、余が預かる」

「国王っ!?」


 国王の判断にコーマが仰天する。

 しかし国王は頭を振って見せ、


「不服か? あの凶戦士ベルセルカと闘って生き残ったのも、勝ち残ったのも天運。勇者殿を召喚出来たその強い天運に我らが賭けるのは咎ではなく命運であろう?」

「ぬっ……」


 コーマは国王に諭され、渋々着席する。


「いつまでも聖堂教会の決死の奮戦に頼ってはいられぬ。あれは只の消耗戦になっておる、このまま凶戦士ベルセルカと潰しあっていてはいずれ限界も来よう。ならば我らも覚悟を決めるべきである、全てを絶望したくなければな。――勇者殿」


 国王は再びいのりのほうを向き、


「貴女が我らの最後の希望を背負う覚悟に偽りないのだな?」

「えーと」

「ん?」


 いのりのこの予想外の反応を国王は訝る。


「ちょい、質問、良い?」

「どうかされたのか」

「今、言ったよね、、って」

 


 査問会が開かれているライゼン王国の王都から遙か西の都市では、いのりが斃したはずのあの逆バニーが、自身の身体より巨大な斬馬刀を振りまわし、住人や家屋を次々と粉砕していた。

 やがてその暴挙が収まった。


「そこまでだ!」


 白い聖礼服に霊的強化を施した鎧を纏い、槍や長剣で武装した屈強の戦士たちが、巨大な剣を装備する逆バニーを包囲する。

 彼らは聖堂教会より派遣された聖戦士たちであった。


「聖女殿!」


 聖戦士たちの先頭に立っていた、リーダーとおぼしき男が叫ぶ。

 彼が呼んだのは一番後列に控えていた、白いローブに身を包んだ少女であった。


「御意」


 請われた少女が詠唱を始める。


「――強化」


 詠唱が終わった瞬間、聖戦士たちに凄まじい力がみなぎる。聖女による身体強化バフが掛かったのである。


「吶喊!」

 

 号令を掛けたのはその聖女であった。聖戦士たちは一斉に逆バニーへ飛びかかる。

 逆バニーは何も言わず斬馬刀を振り回す。聖戦士たちは各々剣や自身の鎧でそれを受け止めるが、半数が粉砕され血肉をまき散らす。しかし残りの半数はボロボロになりながらも逆バニーの身体に剣先を突き立てることに成功した。

 全身を串刺しにされた逆バニーだったがまだ絶命もせず、更に聖戦士たちを虐殺し続ける。この暴れぶり、まさに凶戦士ベルセルカと恐れられる所以である。

 仲間を次々と虐殺されながらも聖女は眉ひとつ動かさず、凶戦士を睨み付けながら詠唱を続けていた。


「――散壊せよ」


 聖女が両手を翳すと、凶戦士を串刺しにしていた刀剣が一斉に粉砕する。そしてその細かい金属粒子が凶戦士の肉体を削り粉砕してみせたのだ。

 聖堂教会が現時点で逆バニーを斃すために生み出した究極の特攻戦術。たった一人を斃すために大勢の命を引き換えにする非人道的な戦略であった。

 凶戦士と聖戦士たちによって作り出された血肉の海の中に佇む聖女が右手を挙げる。戦闘が終了した合図である。

 生き残った傷だらけの聖戦士たちが聖女の周りに集まる。


「――治癒」


 聖女の全身に光の粒子が集まる。やがてその粒子が生き残った聖戦士たちの身体を包み、彼らの傷を癒していく。

 聖女は周りを伺いながらため息をつく。


「……また多くの命が奪われましたが、何も恐れることはありません」

「はっ!」


 聖戦士たちが一斉に応える。その声に何ら躊躇いも無い。その姿はある意味狂信にも近い。

 彼らが信じるモノは神と、そして聖女の力。


「男たちよ、神に捧げなさい、その命」


 聖戦士たちを癒す聖女が浮かべる笑みもまた。



                   つづく

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