第8話 バニー!ストライク!!

前回までのあらすじのようなもの 

凶戦士「ここがあの女の隠れ家ハウスね」


   *   *   *   *   *   *   *


「工房は宝物殿の裏もありますが、工房に行っても武器は無いかも知れませんよ……?」

「いーのよ無くても」

「はい?」


 きょとんとする赤丸をいのりはいきなり抱きかかえる。


「ちょ、ちょっと」

「意外と身体軽いのね」

「え、あの」


 赤丸は赤面する。


「んー軽くてもこのまま抱きかかえるのもちょっと辛いかな」


 いのりは立ち止まって赤丸を降ろす。そして屈み、


「おんぶ、わかる? 背負うからあたしの背中乗って」

「え、あの」

「時間無いから!」

「は、はい!」


 赤丸はいのりに従ってその背にもたれる。いのりは赤丸を背負って立ち上がり走り出す。


「こう見えても鍛えてるからねぇあたし」

「は、はあ……」


 宝物殿を出て庭に出ると、赤丸を背負ったいのりは駆け足で進む。放置されていた庭は伸びた草で荒れ放題だったので安易には走れそうに無かった。


「工房ってあの屋根落ちてる奴」


 いのりがしゃくって見せた方向に、半壊した建物があった。


「は、はい。王室直属の鍛冶職人が大勢働いていた王立工房です。時々鍛冶職人でもあった王自ら工房に立って武器の鋳造や鍛錬を行ってました」

「詳しいのね」

「あ――」


 赤丸は言葉に詰まり、小さく頷いた。


「あの」

「今は訊かないわ、急いでるもんね!」


 いのりは草の生え具合が少ない壁際に沿って走り、工房の入り口に着いた。

 工房の扉も壊されてて、簒奪された形跡も外から窺えた。


「これではとても武器など……」

「まだ望みはあるわよ。時間の問題だろうけど見張ってて、奴が現れたら呼んで」


 いのりはそういうと赤丸を降ろし、工房の中へ入る。

 赤丸に見張らせ、工房に立ち入ったいのりは室内を見回す。

 一番奥にはもう稼働していない鋳造用の溶鉱炉と窯があった。一応無事のようだがそれ以外の設備はほぼ全て壊されていた。

 いのりは別に武器を鋳造する気は全く無かったのでそれ以上は確認せず、瓦礫だらけの床をキョロキョロ見る。

 途中、銅板が入った掘り掛けのレリーフを見つける。

 盾になるかな、と思ってそれを見ていたいのりは暫くして、ああなるほど、と呟いた。

 見回しても、やはり製造途中の武器すら見つからなかった。だがいのりにはそれは想定内であった。

 いのりの本命はでは無かったのだ。


「勇者様!」


 赤丸の叫び声。それとほぼ同時にいのりは、よし、と頷き、足下にあったそれを掴んで工房の外へ駆け出した。

 宝物殿の壁もぶち抜いて現れたのであろう、土埃を上げて現れた凶戦士ベルセルカは戦斧を振り上げる。そしてそれをあの巨大かつ凶悪な黒い斧に変えて振り回し始めた。


、退いて!!」


 工房から飛び出したいのりは扉の前にあった棚を足場にして凶戦士ベルセルカに飛びかかる。


「勇者様!?」


 赤丸にはいのりが徒手空拳で飛びかかろうとしているふうに見えた。

 しかしいのりの手には切り札が握られていたのだ。

 それは鎚。

 熬った刀身を打ち鍛える、鍛造に用いる只の鉄の小鎚。

 飛び上がったいのりがそれを振りかざした瞬間、いのりのバニースーツが白銀の光を放ち、いのりの胴体ほどはあろう巨大な白銀の戦鎚へと変化する。

 狙いはただひとつ。黒い巨斧の峰。身体をしならせ、てこの原理を最大に発揮して振り下ろす。


「バニー!ストライク!!」


 飛び上がって生じた戦鎚の重量も加わった最大の物理攻撃が、凶戦士ベルセルカが手にする戦斧に命中した。あれだけ猛威を振るった戦斧はガラスのようにあっけなく砕け散った。

 武技を破壊されても無表情の凶戦士ベルセルカは頭上から襲いかかった白銀の巨塊に為す術も無くその身を粉砕される。影だけあって肉片はなく霧散していった。

 一瞬の、そして呆気ない勝負であった。

 唖然とする赤丸は、いのりが工房に残されていたただの金槌を拾い上げ、凶戦士ベルセルカが手にする巨大な斧をも凌駕する巨大な戦鎚に変えて撃破した光景を理解出来ずにいた。


「仇は討ったぜぇ、バニーのおっさんたち」


 いのりは金から白銀の色に変わったバニースーツ姿で巨大な戦鎚に片足を掛け、呆然と自分を見ている赤丸にVサインをくれた。


「……す……凄い……っっ!? あれだけ猛威を振るった凶戦士ベルセルカを一撃で……っっ!」

「いやぁ、あいつが小さい斧をでっかい斧に変化させたのを見ていたから、もしやと思ったのよね、ぶっちゃけ斧だけ壊せればいいかなぁと思ってたけど一緒にぶっ倒せるとは嬉しい誤算だったわ、にはは」


 いのりはまとめて始末出来たことが本当に嬉しかったようでケラケラ笑う。タイミングを誤れば逆に致命的になったであろう、飛び上がった事で落下のよる質量自体を攻撃力に転換したのは、いのりの卓越した戦闘センスの賜である。何より工房から金槌を探し出して武器にするなど、このノリの軽そうな女性に秘められた戦闘センスを赤丸は図りかねた。


「コレが男運で発揮してくれたら良かったんだけどねぇ、

「え」


 赤丸は瞬く。そしてさっきいのりが呼びかけたそれを思い出す。


「な、なんで――」

「工房に、さ」


 いのりは工房を指した。


「可愛いお姫様の顔を彫った銅板のレリーフが飾ってあったよ」


 銅板に刻まれたそれは、どこか見覚えのある少女の澄まし顔であった。

 赤丸は堪らず両手で口元を押さえた。


「バニー姿が似合いすぎてどうしても男の子には見えなかったからねは。レリーフ見つけて察したわ。あれ、誰が掘ったん?」


 両手をで口元を押さえたままの赤丸はゆっくりと工房の方へ向いた。


「……王……お父様だと思いま……す……」


 我が娘のために、王が掘っていたそれは、想い人に託される事はついぞ叶わなかった。

 赤丸は堰を切ったように泣き出した。

 あの日から、一人だけ生き残ってから、待ち焦がれた日の到来に、最後に父の想いを受け止めて。


「んー、やれやれ。コレで終わりじゃ無いよねぇやっぱり」


 泣いている赤丸を余所に、いのりは戦鎚の柄に身体をもたれかけてぼやいた。


   *   *   *   *   *   *   *   *


「勇者の影の消滅を確認しました」


「構わぬ。所詮召喚を利用した影。


「順調に仕上がっております。近々ご期待に添えるかと」


「それはならばよし。の小細工にいつまでもつき合うほど妾は暇では無い」


「御意」



                  つづく

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