第072話 一生お風呂に入ってなさい!


 エルナは私が釣竿をあげると、嬉しそうに部屋を出ていった。


「子供ですねー……」


 エルナが出ていくと、ミサが呆れたようにつぶやく。


「見たまんまね。あんたは行かないの?」


 ミサも南部の森にいた時に何回か川釣りに付き合っていたはずだ。


「釣れないので飽きました。フユミさんにこっちの世界の魚は釣り人への警戒心が低いからエサがなくても釣れるって言われましたけど、そんなわけないです……」


 気付くの遅い……

 魚だって、たとえ、釣りへの警戒心が低くても、人間自体には警戒するでしょ。


「川は難しいけど、海なら釣れるんじゃない? 船が大きすぎて、魚も人の気配も感じないだろうし」

「ですかねー? じゃあ、私も行ってこようかな……東雲姉妹とエルナ様の組み合わせが地味に怖いし」


 確かに……


「じゃあ、はい、これ。行っておいで」


 少し、不安になってきた私はミサに釣竿を渡す。


「ありがとうございます。じゃあ、私も行ってきますね」


 ミサは私から釣竿を受け取ると、部屋を出ていった。

 そして、この部屋にいるのは私だけとなる。

 もっとも、お風呂にはリースがいるけど。


 私はベッドに腰かけると、目を閉じた。

 そして、スキルのお告げを使って、月城さんに連絡を取ることにした。


『月城さん、月城さん』


 私は目を閉じると、心の声で月城さんに声をかける。


『はい、こちら月城です。聞こえてますよ』


 月城さんだ。


『今は何をしているんです?』

『計画通りに事が進んでいます。今はヤマト、安元君、ミヤコ、会長の4人が氷室に鍛えられていまして、私はそれを見学しています』


 ドラゴンを倒すために結城君達を氷室が鍛えるってやつか。


『月城さんは見学ですか…………具合でも悪いんです?』


 ヒミコ、心配。


『いえ、ご存知の通り、私のスキルは鑑定だけでして、弱いんです。だから戦力外にしてもらって、お留守番にしてもらいました。その隙に工作を進める予定です』


 工作?


『何かするんですか?』

『氷室に敵の情報を鑑定で見て、まとめろとの指示を受けました。それと、ヒミコ様がおっしゃっていた幸福教に降りたいと考える生徒の調査ですね』


 なるほど。

 強力なスキルを持つ生徒の情報は掴んでおいた方がいいし、生徒の調査も指示した。


『わかりました。気を付けて下さいね。今、鍛錬の様子を見学していると言いましたね? 4人はどうです?』

『皆、やる気に満ち溢れています。傍から見てて、氷室の鍛錬はかなりキツいんですけどね。特にヤマトと会長がすごいやる気です』


 結城君と生徒会長か……

 わかる気がする。

 2人共、動機は違うだろうが、強くなりたいのだろう。


『月城さん…………ごめんなさいね。結城君は…………その……』


 言いにくいな……


『……わかっています。殺すんでしょう? 結城君も会長と同様にヒミコ様には絶対に降らないでしょうし、ヒミコ様を討つと発言した時点で氷室が殺すと思います』

『私は幸福の神。あなたが望むのならば、生かす道もあります』


 生かすだけなら…………だけど。


『いえ、いいです。それはものすごく怖い言葉に聞こえますし、ヒミコ様に降らないなら仕方がないです。そして、それは安元君とミヤコもです』

『安元君と風見さんもですか? あの2人はそこまで意志が強いようには見えないんですけど……』


 結城君の友達AとBじゃないのかな?


『安元君はヤマトの親友です。ヤマトに何かあれば、反抗してくると思います。ミヤコは…………ヤマトが好きなんで……』


 結城君はラブコメの主人公か何かかな?


『安元君はわかりました。男子の友情はわかりませんが、降りそうにはないです。ですが、風見さんもです? 月城さんは降りましたよね?』


 言い方が悪いが、男より、保身を取った。

 それで良いんだけど。


『ミヤコと私は違います。あの子は強いんですよ。そして、私は弱い。ヤマトのことを想う気持ちはありますが、それよりも自分が大事です。死にたくないですし、家に帰りたいです。幸福を掴みたいんです。それは男じゃない』

『素晴らしい! あなたは本当に素晴らしい! 弱さを認めることは成長の第一歩です! 大丈夫! あなたは必ず幸福になれます! いえ、私があなたを幸福にしましょう!』


 心に弱さを持たない者はいない。

 だが、それを認めることができる人間は少ない。


 弱さを認め、成長する。

 その助けを私がする。


 これが宗教のあるべき姿であり、清い信者の作り方だ。


『ありがとうございます。ところで、降りたいと言っている他の生徒達はどうするんです?』

『私が誰が信者かを把握できることは説明しましたね? 降りたいと言ってきても信者じゃない者はいりませんから処分です。まあ、説明して、猶予くらいはあげます』


 どうせ、村上ちゃんとかがやるでしょ。


『信者になってくれますかね? 私が言うのもなんですが、日本人って宗教に関心がないじゃないですか? 私だって、自分の家が仏教なことくらいしか知らないです』

『難しいかもしれませんね。ましてや、怪しい新興宗教ですから…………ですが、別に改宗しろと言っているわけではないですし、お金を取るわけでもないです。その辺の折り合いができる者は大丈夫でしょう』


 逆に言うと、できない者は脅威にしかならないので死んでもらう。


『わかりました。氷室に聞いたんですけど、ヤマト達のドラゴン退治が終わったら南部で合流ということでいいですか?』

『ですね。あ、氷室にも伝えてほしいのですが、無事、ハーフリングが信者になってくれました。近くの町の領主が独断で攻めてきましたが、何とか難を逃れました。今は海に逃げてますが、3日後には転移で南部に戻ります。陽動、ご苦労様でした』


 氷室は忙しそうだし、月城さんに伝えてもらおう。


『それは良かったです。でも、海ですか? 大丈夫です?』

『大型船に乗っているから大丈夫ですよ。ハーフリングが船酔いになってますけど』

『あー……私も船はダメです』

『ダメな人はダメでしょうからね。そういうわけで私は近いうちに南部に戻ります。そこからは結城君達の動向次第ですので待機ですね。氷室から聞いていると思いますが、月城さんは氷室が帰ってきたらすぐに南部に来てもらいます。結城君達がいなくなった時点で氷室の工作により、そこは戦地になるでしょうから』


 月城さんにも説明しておいた方がいいだろうな。

 氷室と仲が悪いっぽいし、説明しておかないと、いざという時に連携できない。

 というか、月城さんが氷室の足を引っ張りかねない。


『ここが戦地になるんですか?』

『氷室の工作により、不良グループが動きます。結城君達を失えば、陽キャグループは一気に弱体化ですからね。そこに教師グループも絡むでしょうし、まず間違いなく、陽キャグループは終わります。ですから、そうなった場合、陽キャグループのトップの1人であるあなたは何をされるかわかりません。早急に氷室と脱出してもらいます』

『わ、わかりました』


 月城さんも結城君や生徒会長がいなくなれば、そうなることの予想はついているようだ。


『南部に来たらあなたが危険になることはありません。そういう仕事をさせる気もないですし、平和に生活し、時が来たら日本に帰りましょう』

『はい!』


 その他グループがひよっているのは他のグループのバランスが均衡で明確な争いになっていないからだ。

 だから危険はないと思い、静観している。

 だが、そのバランスが崩れ、しかも、頼りになりそうな陽キャグループが消えれば、害しかなさそうな不良グループが残ることになる。

 そうなったらその他グループは危なくなる。


 教師グループを頼るか、逃げるか、戦うか、それとも、私を頼るか…………


 人数が一番多いが、行動力も信念もないその他グループは分裂し、争いになるだろう。

 その時に私に懇願する者は助けよう。

 そうでない者はいらない。

 不良グループと教師グループの争いに巻き込まれてしまえばいい。


 おそらく、不良グループと教師グループの争いは不良グループが勝つだろう。

 だが、不良グループにはこれ以上、どうすることもできない。

 氷室の工作は私の好む方法ではなかったが、氷室に任せると言ったし、仕方がない。


 事は順調に進んでいる。

 女神教を潰すのに1年と思っていたが、予想よりも早く潰せるかもしれない。


 女神教を潰したら女神アテナがいかに悪だったかを吹聴し、人々の信心をもらう。

 私の教えは緩いし、人々はすぐに女神アテナから私に乗り換えるだろう。


 そうなれば、女神アテナは死ぬ。

 エルナは私に逆らわないから置いておくとして、それでこの世界の神は私1人になる。


 人々は私を崇め、祈り、私の力となる。

 そして、皆と共に日本に帰る。


 すべての世界が幸福に包まれる時もそう遠くはない。


 そうなれば、私を不幸にする者はいなくなる。

 ついに私は絶対の幸福を手に入れることができるのだ。


「あー、良いお湯だった…………あれ? ひー様、ドヤ顔でかっこつけながら拳を握りしめて何をしてるんです?」


 リースがお風呂から上がってきた。


 見るんじゃないよ……

 恥ずかしい……

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