第070話 うるさいのばっかり集める ★


 俺の目の前には腕を組んで不機嫌そうな女が立っている。

 肩ぐらいまで揃えられた髪はきれいだと思うし、顔の造形も悪くない。

 だが、釣り上げた目が俺を睨んでいるし、生意気そうな顔は殴りたくなってくる。

 というか、泣かしてやりたくなる。


「あんた、何考えてんの!? バカじゃない!?」


 あー、うるせー……

 マジで犯して泣かしてやりたい……

 だが、それはできない。

 こいつは……月城はひー様のお気に入りだからだ。


 ひー様は昔からこういう気の強い女子と仲良くなる傾向にある。

 ミサにしても、リースにしても、東雲姉妹にしても気が強い。


「ひー様にテロをするように言われたんだ。俺は命令を守っただけ」


 俺は先日、この町の教会や兵の詰め所を爆破した。

 東部にあるハーフリングの森を燃やす計画を遅らせるために女神教の目をこちらに向けさせたのだ。


「やりすぎよ! 同時多発テロって言っても限度があるでしょ!? 30箇所も爆破してんじゃないわよ!」

「それぐらいしないと意味ないだろ」


 ちょっと爆破した程度では無視される可能性があるし、一部の兵だけで対応されるかもしれない。

 森を燃やす計画を止めるのはこれくらいしないとダメだ。


「そうなの? いや、その辺はわからないけど、私の身にもなってよ! 私はあんたのアリバイを作らないといけないのよ!? おかげで私は一晩中、あんたと一緒にいたことになったじゃない! 最悪よ!」


 テロは人目がつかないように深夜に実行した。

 俺のアリバイを作るには当然、その時間に俺とこいつが一緒にいたことにしないといけない。


「別に2人きりじゃないだろ。生徒会長も一緒ってことにしたんだからいいじゃねーか」

「そうね。私と会長であんたに今後のことを相談していた。そして、あんたからリースさんの魔法本をもらったってことにしたわ」


 魔法本とはリースが書いたあっちの世界に帰れる転移魔法が書かれた本だ。

 ドワーフを守っているドラゴンを結城に狩らせる計画のためにひー様から預かっていた。


「だろ? 別に誰も疑いやしねーよ。結城も疑ってなかっただろ?」

「ヤマトも安元君もミヤコも疑ってないわよ。唯一、疑いそうな会長がヒミコ様の操り人形だしね。会長が何も言わなかったら皆、素直に納得するわ。実際、私があんたといたことより、帰れる方法が見つかったことで大喜びだったし。でもね、他の人は絶対に私があんたとデキてるって思ってる! だって、深夜にあんたといるってそうじゃん!」

「愛しのヤマト君が心配してくれなかったから拗ねて、俺に当たってんの?」


 こいつは結城の事が好きなはずだ。


「はぁ!? ふざけんじゃないわよ! ヤマトのことはどうでもいいわよ!」

「そうなん? 好きじゃねーの?」

「女は終わったことを振り返らないの! というか、私はヒミコ様についたんだから敵じゃないの」


 一応、その自覚はあるのか……


「ふーん、言っておくけど、俺はあいつらを消すぜ? いいのか?」

「…………それについてはヒミコ様から一切、関与するなって言われてる」


 相変わらず、お優しいことで……

 こいつ、ホント、気に入られてるわ。

 まあ、こいつは他の生徒と違い、誰に言われるわけでもなく、自ら進んで降ってきたからな。


「でもね、そういうわけにもいかないの! どっちにしろ、私は弱いからヤマト達をどうにかできるわけないけど、やれることはしないといけない! 私だって、裏切った自覚はあるし、最低な自覚もある。だからといって、後悔はしない。私は間違えていない!」


 ひー様につくのが正解で、反抗するのは不正解だ。

 だから月城の言うことは合っている。


「…………で? お前は何をするの? 言っておくけど、邪魔はするなよ。お前も自覚があるようだから言っておくが、お前、雑魚すぎ」


 これは以前、生徒達を鍛えた時からわかっていたことだが、月城は弱い。

 月城はバレー部だったらしく、運動神経も悪くないし、体力もそこそこあるが、戦いのセンスは皆無だ。

 だって、攻撃の時に目をつぶるし……


「わかってるわよ! だから、これ!」


 月城はそう言って、ノートを渡してくる。


「ノート?」

「ヒミコ様にもらったの」

「ふーん……」


 俺はそのノートをパラパラとめくっていく。

 そのノートに書かれていたのは生徒たちのスキルやステータスだった。


「これは?」

「私のスキルは鑑定。皆の能力を覗いて、ノートに書いたの。私が敵の能力を知っても有効活用はできないけど、あんたなら使えるでしょ」


 ふむふむ。

 このガキ、うるさいだけのバカかと思っていたが、そうではないらしい。

 いや、むしろ、めちゃくちゃ有能だ。

 金やダイヤモンドよりも貴重な能力を持っている。


 この世界には魔法やスキルといったよくわからない力がある。

 それらを持っていない教団員が最も警戒しないといけないのがその力である。

 だが、こいつはそれを見ることができる。

 戦争で最も大事な敵の戦力情報を知ることができるのだ。


「これは全員分か?」

「いや、ウチのグループ……陽キャグループだっけ? そこだけ。ねえ、陽キャグループって名前やめない?」

「ひー様に言え」

「…………言ったけど、却下された。お前は陽キャです、だって」


 おっさんの俺には陽キャ、陰キャの境がわからないが、なんとなく、こいつは陽キャで合ってる気がする。


「おい、陽キャ、これを全員分、作れるか?」


 俺はノートを掲げながら聞く。


「陽キャ言うな。他の人の分は今、作成中。私のスキルは相手を見ないといけないからね。不良グループがちょっと難しい」


 不良グループは陽キャグループと敵対しているからな。

 まあ、俺がそう誘導したんだけど。


「不良グループはいい。あそこは俺が対処する。それより、残りの教師グループとその他グループの分を作れ。それと、可能ならこの神殿にいる兵士や騎士の分もだ」

「わかった。でも、時間をちょうだい。正直、他のグループとも折り合いが良くないし、あまり頻繁に行き来したくない」


 陽キャグループはいよいよ他のグループとも仲が悪くなってきている。

 こいつらは綺麗ごとばっかり言うくせに行動しない。

 だから、他のグループからしたらムカつくし、陽キャは鼻につくのだろう。


「厄介そうなスキルとかでいい。面倒になりそうなスキルを持っているヤツだ」

「わかったわ。どっちみち、教団に寝返りそうな人を探すように言われてるし、やってみる」


 ん?


「なんだ、それ?」

「ん? いや、その他グループの中にはヒミコ様に降りたいと考える人達が増えてきてるのよ。南部の戦争でヘリや戦車を使って圧勝したことが響いてるっぽい」


 命の危機を覚えた連中が増えてきたわけか……

 それを月城に探せと命じた……

 月城に?


「お前が勧誘するのか?」

「できるわけないじゃない。私は……よ、陽キャグループよ。私の言うことを聞くわけないし、下手すると、私が裏切っているのがバレる」


 そうだよな。

 月城が裏切っているのがバレるのはマズい。

 こいつは絶対にここを脱出できないだろうし、すぐに騎士や兵士に捕まってしまう。

 ひー様にそうならないように動けとも命じられているし、こいつを失うのはスキル的に惜しい。


「ということは勧誘が目的ではない?」

「長期的な目で見てるんじゃない? 別に今、降らなくても女神教が劣勢になれば、自ずと降ってくるでしょ。自主性のない人達だし、流れに乗ると思う」


 そんなもんかねー。

 まあ、生徒のことは月城の方が詳しいし、こいつに任せるか。


「了解。そっちは任せるわ。生徒会長殿はどんな感じだ?」

「大人しくヒミコ様の指示に従っているわね。大人しすぎて怖い」


 やはり月城もそう感じるらしい。


「まあ、寝首をかく気満々だろうからな」

「その場合、間違いなく、私は殺されるわね」

「だろうな。まあ、安心しろ。ヨモギがこっちにいる限り、手は出してこない。あいつが行動に移す時はヨモギを取り返した時だ」

「逆に言うと、その時が会長の最後なわけね…………ヨモギちゃんはとっくにヒミコ様の信者になっているっていうのに……」


 月城が残念そうに俯く。


「同情か?」

「まさか」

「あれは我が強すぎる。絶対に宗教を頼らないし、ひー様に従うこともない」


 だから生徒会長殿が生き残ることはない。

 ひー様は自分を認めない存在を許さない人だから。


「強くて羨ましいわ。私は弱いから無理。心の拠り所がないと生きていけない」

「それが普通だ」


 まあ、こいつは特別弱いと思う。

 気は強いが、心が弱い。

 今も俺に対して強気なのはひー様の後ろ盾があるからだ。

 

 月城はもうひー様を裏切れない。

 友人を裏切ったこいつはひー様を笠に着ないと、生きていけないのだ。

 本人もそれがわかっているからこの前まで友人だった者を捨てることができる。

 ひー様に捨てられたら生きる場所がなくなり、心が死んでしまうから。


「魔法本の方はどうだ?」

「ヤマトとミヤコが女神教のお偉いさんに見せにいってるわ。あとは計画通りにあんたに鍛えてもらい、女神教にも軍を貸してもらってドラゴン退治」

「ドラゴンともなると、相当しごかないとなー。泣いてもらおう」


 身体の使い方からかな?

 強力なスキルがあるとはいえ、動きがシロウトすぎる。


「あ、私はそのメンバーから外してくれる? 弱くて使い物にならないとか言ってさ」

「そうか? せっかく泣かせようと思ったんだがな。お前は泣き顔の方が似合う」

「クズが……私は他にやることがある。あんたが言ったんじゃん」


 こいつは鑑定でスキルやステータスを調査する仕事もあるし、ひー様から指令もある。

 外した方がいいな。

 実際、弱くて使い物にならないのは本当だし。


「わかった。ドラゴン討伐が終わったらこの地を離れて南部に行く予定だからそのつもりでいろ」

「了解。じゃあ、私は自分の部屋に戻るわ」


 月城がそう言って、部屋を出ていこうとする。


「帰るのか? こっちに来ないか?」


 暇だし。


「ヒミコ様にチクるように言われてるんだけど」


 月城の目がめっちゃ冷たい。


「いい夢を。おやすみ」

「おやすみ」


 月城はさっさと部屋を出ていった。


 ウチの教団は女の力が強くて嫌だわ。

 月城もそのうち、リースや神谷みたいに口うるさくなるのかねー?

 ……いや、すでにうるさかったわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る