第042話 幸福教団ナンバー2 自己中のリース・ルフェーブル


 私とミサと東雲姉妹はそれぞれのベッドに横になりながら一点を見ている。


 そこにいるは白いローブを着た長い銀髪と人間離れをした美貌を持つ女性だ。

 その女性は杖を持ちながら手をもじもじさせ、頬を赤く染めていた。


「え? あんた、なんでいんの? いつの間に?」


 本当に意味がわからない。

 この部屋には私達4人しかいなかったはずである。

 扉が開いた音もしなかったし、目を閉じて、開けたらリースが立っていた。

 手品みたいだ。


「あ、あの、すみません……ずっといたんですけど、声をかけるタイミングがなくて……」


 リースが説明をしてくれているが、意味がわからない。


「どういうこと? ずっといたの?」

「はい。昨日の昼にひー様達がこの町にやってきた時からずっとひー様の後ろにいました」


 ホラーかな?

 もしくは、ストーカーじゃん。


「いた?」


 私はミサや東雲姉妹に聞いてみる。


「いえ……」

「いなかったような……」

「うん……」


 皆、見てないらしい。

 あと、私と同様にドン引きしている。


「あ、私、魔法で姿を消せるんで」


 リースがそう言うと、リースの姿が消えた。


「ホントに消えた……」

「うわっ! 消えたし」

「マジか! リース、すげー!」


 ミサと東雲姉妹が驚いているが、私は他に気になることがあったので、あまり驚かなかった。


「リース、出てきなさい」


 私がそう言うと、リースが姿を現す。

 ちょっとドヤ顔をしているのがムカつくが、かわいいので許すことにした。


「あんたさ、昨日の昼からって言ってたけど、さっきの奴隷市場の時もいたの?」

「はい。さっきのヨモギさんを追い詰めるひー様は素敵でしたね」


 ヨモギを知っている……

 本当にいたようね。


「じゃあ、昨日の夜もこの部屋にいた?」

「はい」

「私らが寝てた時は?」

「ずっと見守っていました」


 ホラーなストーカーだったようだ。

 怖っ!


「いや、声をかけなさいよ」

「ひー様が1人になるタイミングを見計らっていたのですが、全然、1人にならなくて……」


 そら、ミサはいつも一緒だし、東雲姉妹は私の護衛だ。

 私が1人になることなんてほぼない。


「…………こいつ、絶対にひー様の着替えを凝視してたと思う」

「…………寝顔を見ながら【自主規制】ってたと思う」


 東雲姉妹がコソコソしながら引いている。


「バカ姉妹、黙りなさい!」


 リースが顔を真っ赤にしながら東雲姉妹を怒鳴った。


「それがなんで今、現れたの? しかも、最悪なタイミングで……マジでちゅーしてほしかったの?」

「いえ、ちょうど私の話をしていましたし、これ以上待たせると話が変な方向に行きそうだったので…………」


 話を止めたかったわけか……

 東雲姉妹が変なことを言ってたしね。


「まあいいわ。で? 説明とやらは?」

「はい…………あのー、そのー」


 リースがチラチラとミサと東雲姉妹を見る。


 私と2人っきりになりたいわけね……

 私が1人になるタイミングを見計らっていたと言ってたし、聞かれたくない話の内容もあるんだろう。

 特にこいつはハーフエルフのことを隠していたようだし。


「ミサ、ナツカ、フユミ、お金をあげるからおみやげでも買ってきなさい」

「え? あ、はい」


 ミサも察したらしく、素直に頷いた。


「ベッドのある部屋で2人きり…………」

「何も起きないはずがなく…………」


 うるさい姉妹だわ。

 そんなことは起きない。


「いいから行ってきなさい」

「はーい」

「リース、1時間ちょいくらいでいいか?」


 いちいち聞くな。

 リアルな時間を聞くな。


「え? はい」


 リースはフユミの質問の意図をわかってなさそうだ。


「問題を起こすんじゃないわよ。今は兵士の連中もピリピリしてるだろうから」


 リースのせいだけど。


「はーい、行ってきまーす」


 ミサと東雲姉妹が部屋を出ていくと、私とリースは2人きりになった。


「リース、こっちに来なさい」


 私は上半身を起こし、ベッドに腰かけたまま足を床につけると、リースに隣に座るように言う。


「は、はい」


 リースは顔を赤らめながらも私の隣に座った。

 ちょっと近いが、リースは元々、こんなヤツだ。


「ねえ、リース? 私のことが好き?」


 一応、聞いておこう。


「もちろんです! ひー様以上の素晴らしいお方はおられません!」


 うーん、そういう意味ではないんだが……


「あんたさ、私のことを性的に好きでしょ?」

「え? 性的って……はしたないですよ!」


 どの口が言ってるんだろう?

 こいつ、他の男がそういう話題で盛り上がったり、そういう行動をすると、めっちゃ怒るくせに、自分のことはめっちゃ棚に上げるんだよな……


「じゃあ、あんたは私に欲情しない? ちゅーされて興奮してない? 私の下着を盗んでない? 昨日の夜、私の髪の匂いを嗅いでない?」

「……………………」


 リースがそっと目を逸らした。


「私はお前を否定しない。正直に言いなさい」

「…………わかりません」


 ん?


「なんで?」

「ひー様は私がハーフエルフなことをご存知ですよね?」

「そうね。後でその辺のことも聞きたいわ」


 リースには聞きたいことが山ほどある。


「はい……エルフというのは性欲がほとんどないんです」

「長寿が故に子供ができにくいとは聞いたわね」


 性欲も薄いのか……


「はい。私は100年以上生きていますが、このような気持ちになったのは初めてなのです。だからこの気持ちがわからないのです」


 ……え?

 まさかの100歳越え……ババアだったのか。

 見た目の年齢は私とほぼ変わらないのに。


「長生きねー……まあいいわ。あんたの中で整理なさい」


 100パーセント、恋とか性欲と呼ばれるものだろうがいちいち教えてやることもない。

 どう考えても私に飛び火するし。


「すみません……下着は返します。あ、髪はいい匂いでした」


 言わなくていいよ……

 性犯罪者の感想とかマジで聞きたくない。


「下着は返さなくていいわよ。もういらない…………では、説明してもらいましょうか」


 私はリースのマジでどうでもいい悩みを置いておき、本題に入る。


「えっと、どこから説明しましょうか?」


 聞きたいことが多いからなー。


「まずはあんたの出生を聞きたいわね。ハーフエルフってことは親のどっちかがエルフなの?」

「そうですね……私は母がエルフで父が人間です。どっちも鬼籍です」


 リースが100歳越えということは父親は寿命かなんかで死んでるだろう。

 母親は……


「あんた、氷室に聞いたけど、女神教の巫女をやってたのよね?」

「あいつか! クソ氷室がっ!」


 リースって、本当に氷室が嫌いだな……

 同じ性犯罪者だろうに……


「落ち着きなさい。で? 本当?」

「はい……女神教の巫女を2年ほどやっていました」


 結構、やってんな。


「あんた、女神教の信者だったんだ……」


 意外だ。


「いえ、そういうわけではありません。ひー様もご存じでしょうが、奴隷となったエルフがいます。私はその人達を救出するために女神教に潜入していたんですよ。御覧の通り、私は見た目が人族ですからね」


 確かにリースは見た目が人族だ。

 エルフ譲りの美貌は持っているが、耳がとがっていない。


「エルフを救いたかったんだ?」

「私はハーフですけど、仲間ですからね。何とか救出しようと考えたんです。おかげさまでかなりの数のエルフを救えました。ですが、女神アテナに巫女に指名されちゃったのが運の尽きですね。何とか誤魔化してきたんですが、バレちゃいました…………」

「それで? 処刑されたって聞いたけど?」


 でも、リースはここにいる。

 まさか、幽霊ではないだろう。


「…………母が魔法で姿を変え、身代わりとなりました…………同じく女神教に潜入していた兄も妹も首を刎ねられましたね」


 …………重い。


「それで?」

「母が私を異世界に逃がしたんですよ。それが日本ですね。実はこんな世界を捨てて、異世界に逃げようという計画があったんです」

「さり気にとんでもないことを言ってるわね? 異世界に転移できるの?」

「普通はできません。母はとてつもなく優秀な魔法使いだったんです」


 多分、その血を引いているリースも優秀な魔法使いなのだろう。

 何しろ、私達を巻き込んで、こっちの世界に舞い戻っているし。


「まあ、なんとなくわかったわ。日本に来てからはどうしてたの?」

「最初はびっくりしましたね…………文明レベルが違いすぎるし、常識も考え方も違いました。一番驚いたのは神が人にまったく干渉しないことですね」


 あっちの世界から見たら女神アテナが過干渉すぎるんだけどね。


「ふーん、それで?」

「私は日本で何とか生きようと思いました。そんな時に幸福教を知り、入信したのです。私は幸せになりたかったですから」


 本当にそれだけか?


「嘘は許されないわよ?」

「嘘なんかついていませんよ」

「本当のことを言わないだけ? 私にとって、それは嘘認定になるわね」

「すみません…………ひー様ならば女神アテナを討てると思ったからです」


 最初から素直に言えばいいのに……


「どうやってよ?」

「それが『ひー様を神にする計画』です。ひー様が神になり、あっちの世界を支配してもらい、次に異世界であるこっちの世界に侵攻してもらうつもりだったのです」


 世界征服に何年かかるかわからないが、少なくとも、神になった私と悠久の時を生きるリースは生き残っているのだろう。


「私は平和主義者なんだけどなー」

「そうです。あなたは究極の平和主義者です。敵がすべていなくなれば平和になりますからね」


 うーん、その言い方だと魔王っぽいね。

 神様なんだけどな……


「まあいいわ。でも、その計画は叶わなかったのね?」

「はい。本当ならもっと信者を集めてからひー様に神になってもらう予定でしたが、幸福教団は急激に勢力を伸ばしすぎたために、あらゆる組織に睨まれました。そいつらと敵対し、色々と工作をしたんですが、そのせいで公安にマークされてしまいました」


 それで捜査されそうになり、逃げきれないと判断した幹部連中が暴走したのか……

 リースの世迷言(本当だけど)に乗って、学校を占拠し、私を神にしようとした。


「いや、あいつら、よく信じたな……」


 バカな子も多いけど、冷静な前野や村上ちゃんが『ひー様を神にする計画』なんて胡散臭い計画に乗るとは思えないんだけど……


「多少、魔法で認識を誤魔化しましたので……それに皆、こんなところで終わるわけにはいかないという意見で一致しました。私達はひー様を失えば終わるんです」


 やはり、この子達には私が必要なようだ。

 私の救いを求めているのだ。


 せっかく救った患者を通り魔に殺されたことに絶望した前野も性被害で泣き寝入りするしかなかった被害者を見て、絶望した村上ちゃんもあの腐った世界を救世しようと思っているのだ。


 皆がそうだ。

 苦しみ、嘆き、絶望する。


 だが、私がいる。

 人々を幸福に導く幸福教団の教祖であるヒミコがいる。


 私は私の子を救う。

 そして、世界を救って見せよう!


「まあいい…………その後は? ってかさ、生徒や先生は生贄じゃなかったの?」

「そこです。本来なら学校関係者を生贄にし、転移する予定でした。ですが、何者かに私の魔法を妨害されたのです。そして、私達を含め、学校関係者はこっちの世界にやってきたのです」


 何者か……

 そんなことができるのは神くらいだろう。


 女神アテナか?

 いや、あいつにそれをするメリットはない……

 だったら地球の神……


 余計なことを……!

 そのせいで私の大事な子供が12人も死んだ。

 やはり、あっちの世界の神にも消えてもらおう。


「だいたいわかったわ。でも、あんたはなんで1年も単独行動をしてたのよ」

「女神アテナはひー様を恐れ、真っ先に封じました。はっきり言いますが、幸福教団はひー様がいなければ機能しません。だからひー様を救おうと思って、調査しておりました。もっとも、ミサが封印を解きましたけどね。まさか、エルフの森に封印されているとは思わなかったです。絶対に中央神殿の近くと予想していたのに……」


 普通は目の届くところにする。

 まあ、視界に入れるのも嫌だったんだろうね。

 私も逆の立場だったらそうする。


「何故、私を無視したの?」

「…………この町にエルフの奴隷がいることを突き止めたんです…………ミサや東雲姉妹に席を外してもらった理由を言いますが、私は自分がハーフエルフであることを誰にも知られたくないんです」

「なんで?」

「1つはハーフエルフがものすごく高価で売れるからです。エルフの見た目が優れていると言われているとはいえ、とがった耳を嫌がる人もいますからね」


 エルフ級の美貌を持ち、年も取らない人族。

 そら、高いわ。


「売らないわよ?」

「ひー様が買ってくれるなら奴隷でもいいですけどね……いえ、何でもないです……もう1つはハーフエルフというのは人でもなければエルフでもありません。どっちつかずですので、根っこの部分ではどっちにも受け入れてもらえないんですよ」


 あー…………カルラ達がそんな感じだったな……

 

「なるほどね。わかったわ。あんたがハーフエルフなことは私の胸の内にしまっておきましょう」

「すみません……お願いします」

「別に教団員は気にしないと思うけどね」


 そもそも、ハーフエルフって言われてもって感じだし。


「だと思うんですけどね…………でも、怖いんです。皆、良い人だし、私の大切な仲間です………………それに私のせいで12人も失いました…………大事な97人の幹部なのに……」


 いや、1人足りないよ?

 氷室を入れてやれよ。


「それはお前のせいではありません。あのまま捜査されていたら私達は全員逮捕です。そうなれば、幸福教団は終わっていました。ですが、こっちの世界に逃げれば警察も公安も手を出せません。私達はこっちの世界で力を貯め、あっちの世界に返り咲くのです。そして、今度こそ、すべてを支配し、すべての神を殺し、争いのない幸福という楽園を築くのです。ですから、お前の判断は間違っていないし、お前はよくやりました」

「ひー様…………ああ、偉大なる私の神よ! 愚かな私を導いてください!」


 リースがベッドから立ち上がると、私の前に跪き、祈りだした。


「リース、まずはこの世界を救世します。女神教とかいう邪教を滅ぼし、人々の目を覚まさせるのです。そして、この世界のすべての人々に幸福を説くのです」

「はい! 女神アテナに騙されている人々も真の神と幸福に気付くでしょう!」

「リース、お前は誰の子ですか? 誰のものですか?」

「もちろん、ひー様です! 私はすべてをひー様に捧げました! たとえ、死を賜ったとしても喜んで死地に向かいます!」


 いや、死ぬんじゃないよ。


「よろしい。まずは私の子を奴隷にしているこの町の領主に天罰を下しましょう」


 リースさえいれば、領主の屋敷の警備もどうにかなるだろう。


「はい! 救いを求める者に救いの手を! 幸福教に必要のない者に鉄槌を! すべてはひー様のためにあります!」

「リース、立ちなさい」

「はい」


 私の目の前で跪いていたリースがスッと立ち上がったので、私も腰かけているベッドから立ち上がる。

 私とリースは身長がほぼ変わらないため、私の目にはリースが映っている。


 私はリースの頬を両手で抑え、リースの綺麗な目を覗き込む。


「ひ、ひー様?」

「私はお前に期待しています。幸福教団をまとめ上げることが出来るのはお前だけです」

「…………もったいないお言葉です」

「よろしい。では、約束の物をあげましょう」

「え? 約束って――んっ!」


 リースの呆けた声はすぐに聞こえなくなった。

 私がリースの口を塞いでやったからだ。


 数秒だけそのままにしてやると、私はリースの頬を抑えたまま、リースから離れた。

 リースの目が虚ろになっている。


「私のために働きなさい。私のために祈りなさい。私のためだけに生きなさい。それがお前の幸福です。わかりますね?」


 私は虚ろになっているリースの目を覗き込みながら命令する。


「…………はい。すべではひー様のために」


 よし!

 後はエルフの奴隷を救出すれば、南部に帰れるな!


 しかし、たかがちゅーしただけで呆けすぎでは?

 ミサや東雲姉妹なんか、すぐに『ペッ!』って吐き出すのに……

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