第13話 ハッピーキャットデイ①

「morning!ねえ私のカード知らない?」

「カード?」

「何のカード?」

 足音を立てて階段を駆け下りてきたミアが挨拶もそこそこに声を上げる。夢うつつの意識の向こう側でユウリが探してあげようと遺失物の特徴を聞いていた。私はまだ眠いからソファーから起き上がる気はないけど、二人で探せばいくらこの家が広くても見つかるだろ、多分。

「そう、えーっと健康診断受ける時のカード?日本語でなんて言うんだっけ?」

「保険証?」

「そうそれ!今日健康診断なんだよね、探して探して!」

「そういう大事なことなんで当日の朝に言うのかな?」

 苦言をこぼしながらユウリの足音が移動していく。リビングは昨日のマリオカート飲み会のせいでけっこう散らかってるから探すの大変そうだ。その証拠に、空き缶をなぎ倒したらしい金属音とユウリの悲鳴が聞こえるし。

「ちょっとレイも!起きてるなら手伝ってよ!」

「おうえい」

 油断していたらミアの手により容赦なくソファーから転げ落とされた。背中を強かにぶつけたせいで肺が圧迫されて変な声が飛び出す。悲鳴というよりご機嫌な歓声みたいな発声になってしまった、悔しい。

「寝てます」

「起きてんじゃん!探してよ水色のやつ!」

 強引に寝たふりをしようとしたけれど普通にばれて却下された。

「えー………あ、あれじゃん?」

 カーペットに転がったまま仁王立ちのミアから視線を逸らすと、その先、ソファーの下に青色のカードが転がっているのが見えた。だからそのまま手を伸ばして拾ってミアに渡す、うわ、ほこりすごいな。ソファーの下も掃除しないと。

「やった!ナイス、レイ!ありがとうー!」

「おおう、よかったな見つかって」

「ちゅーしてあげる」

「いらんいらん」

 ミアは大変テンションが高いけど、私はまだ頭が覚醒していないからその元気についていけないのだ。元気な時ならこっちから抱きしめてあげるのに、残念。

「あれ、っていうか、ミアもうすぐ誕生日じゃん」

「んえ?あー、ここに来る時に適当に作ったやつだから正しくはないけどね。私自分の誕生日とか知らないし」

「さらっと闇が深いな」

「研究所生まれ研究所育ちなので~」

 軽い口調で返答したミアが拾い上げた保険証を上着のポケットにしまう。そんなところにしまってまた失くしても知らないぞ、と言おうとしたけれど面倒くさいので口を開かなかった。

「保険証あったの?」

「あったよー、ごめんねユウリ」

 保険証を探すことより散らばった空き缶をゴミ袋にまとめることを優先しだしたユウリに一声かけて、ミアの足音が遠ざかる。今日はユウリとミアは朝から仕事だからそろそろ家を出るんだろう。私と巻菜はまだ二度寝をする余裕があるけど、朝から仕事に行かないといけないなんて大変そうだ。傭兵時代は夜中の任務も日が昇る前の奇襲も朝飯前だったけど、この国に来てから自堕落っぷりがとどまるところを知らない。そろそろ人間としてもっとちゃんとした方がいいかも。

「じゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」

「あ、待って私ももう出る!」

 空き缶の処理を後回しにしたらしいユウリの足音も遠ざかって、室内は再び静かになる。巻菜はエルとアールの散歩に行ってるから今この家には私しかいない。しかし、でも。

「誕生日かぁ」

 カーペットに墜落したうつぶせの姿勢のまま特に意味のない独り言を零す。誕生日、ミアにとって正確な生まれた日は把握できないままだけど、とりあえずは誕生日ということになっている日がもうすぐくるのなら。

「………プレゼント、用意しようかな」

 研究室生まれ軍人育ちといえども、同居人の実在しない誕生日を祝うくらいはしてもいいんじゃないだろうか。それにどんな意味があるか分からないけれど、誕生日を祝うって普通のことじゃない?



「なぁ、同居人にプレゼントあげたいんだけどどんなのがいいと思う?」

「え?レイさんって彼氏いましたっけ」

「いねーよ、女の子」

「あ、ルームシェア的な?いいっすねー、紹介してくださいよ」

「お前彼女いるんじゃないの?」

「それはそれこれはこれ」

「掛け値なしのクズじゃないか」

 付き合っちゃいけない男の3Bは確かバンドマン、バーテンダー、美容師だったっけ。この前店に来た女の子たちがそんなようなことを話してた。それならリューヤは付き合っちゃいけない男の特徴三分の二を兼ね備えたサラブレッドってことになる。バーテンだし、なんかギター持ってるし。バーテンは私もだけど。

「………でも彼氏が欲しいって可能性もあるのか」

「え?もしかして俺にもチャンスある感じっすか?」

「ミアが彼氏ほしがってるかどうか分かんないんだよなぁ」

 一緒に住んでいるとはいえ、私は意外とミアのことを知らないのだ。人を傷つけるあらゆる武器に愛される変態軍人で今は英会話スクールで働いてるくらいのことしか………ダメだ、もっと周りに興味を持つ必要がある。もっと真面目に考えないと。

「へ~、ミアちゃんって言うんだ、かわいい名前~!」

 私の密かな決意なんて知らないまま、だらだらとショットグラスを拭きながら会ったこともないミアに思いを馳せるリューヤの横顔をチラ見する。うーん、顔は悪くない気がするけどちょっと背が低いな。小柄なジャパニーズがミアのストライクゾーンに入るかどうかは判断が分かれるところだ。

「とりあえず一回リューヤの顔面を見せてから考えるか、はいチーズ」

「待って、盛れる角度こっちなんすよ俺」

「んん?こっち?」

「おいこの空間は突っ込みがいねぇのか」

 スマホを構えてぐるぐるとリューヤの周りを回っているとちょっと疲れた声が会話に入ってきた。ので、一応はバイトの身としてきちんと振り返って軽く頭を下げる。

「あ、てんちょ」

「おつっす」

「はいはいお疲れ様」

 奥にある従業員用の部屋から出てきた店長が欠伸を零しながらぱきぱきと背骨を鳴らして伸びをする。そしてそのまま、はぁ、と大きなため息を零した。

「まずな、リューヤには同棲中の彼女がいるわけだから別の女の子を紹介しようとするな、っていうか紹介されようとするな。あと誕生日プレゼントに彼氏をあげるような常識は日本にはない」

 少なくとも俺の知る限りは、と注釈をつけながらカウンターで煙草を吸い始める店長。他に客がいないからやりたい放題だ。平日深夜二時の職場はとにかく静かで、このバーが潰れないか心配になる有様なのである。休みの日とかイベントの日はもうちょっと盛り上がるからぎりぎり採算はとれてるんだろうけど。

「分かってますよー、ちょっと言ってみただけですって」

「お前の場合洒落にならんのよ、また彼女に刺されるぞ」

「あれは面白かった」

「ちょっとレイさん!俺リアルにやばかったんだから!笑いごとじゃないって!」

 リューヤが元カノに刺されてバーに出勤した時のことを思い返して殺しきれなかった笑いが零れる。混乱したせいで「刺さってますよこれ!俺刺さってますよ!」と騒ぎ続けたリューヤが面白すぎたのでしょうがない。

「縫ってあげたんだからいいじゃんか」

「それは感謝してるんすけど………レイさんマジ何者なんすか?」

「元ロシア軍人」

「またそうやってはぐらかす~」

 本当のことなんだけど巻奈の身分偽装が完璧すぎてちっとも疑われないのである。それはさておき。

「ね、てんちょ。私と同じ年くらいの女の子って、プレゼントに何もらったら喜ぶと思う?やっぱ彼氏?」

「え、一回彼氏から離れなよ。ってかレイのお友達なら普通に可愛いんじゃないの?恋人に困ってる感じなの?」

「こんな感じの………あ、間違えた」

 ミアの顔を見せてあげた方が早いと思ってカメラロールを開いて、間違えてこの前のサメの前で撮った写真を見せてしまった。危ない危ない、国家機密だこれは。

「ま、確かに。ミアは可愛いから恋人には困ってないかも」

「え………ねえレイさんさっきの写真何………?サメ、いたよね………?」

「ユニバで撮ったジョーズの写真なんで。なんもおかしくない」

「俺の知ってるジョーズと違った気がするんだけどなぁ!?」

「あんまり深入りされると店長とリューヤを消さなくちゃいけなくなる」

「そんな危険な写真をスマホに入れんな」

 店長はチンピラみたいな見た目の割に正論を言うのが得意だ。そんな店長の感覚を見込んで、ぜひとも同居人の(実在しない)誕生日プレゼントの候補を教えてほしい。

「なんだろうなぁ、やっぱ女の子なら可愛いものなのかなぁ」

「ってかどんな性格の子か知らないとさすがに分かんないっすよ、もうちょっと情報ほしいっすわ」

「リューヤのくせに鋭いな」

 そうか。じゃあまずはミアがどんな人間であるか、語って聞かせてやろうじゃないか。

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ストゥディオーロの女たち せち @sechi1492

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