第12話 アフター・シャーク・ナイト①
後日談というか、討伐後の話。
「生臭いから嫌だ」と訴えるミアをなんとか宥めて、海上に浮かんだ12メートル級のサメをアーマーナイフでみじん切りにしてもらって証拠隠滅。外側からは全く刃が通らなかったので、体の内側………レイが抜いた脳天の穴からさくさくとみじん切りだったが、12メートルの生物なんて解体するのはとても骨が折れた。後半の方、ミアはちょっと泣いてたし私も泣いた。あとレイの体が焦げた匂いで巻菜はまた吐いた。綺麗な青い海が真っ赤に染まるくらいの血を放出しながらひたすら作業をして、空が明るくなる頃にようやくサメは発見されない程度に切り刻まれた。
「生臭い………腕も痛い………」
「気持ち悪い………」
「火傷やばい………」
「頑張って………あとちょっとでホテルだから………」
お互いに励まし合ってなんとかホテルに到着。順番にお風呂に入りながら何か胃に入れたくて大量のルームサービスを注文。高級なホテルは引きこもり生活三年目の部屋くらい散らかっていた。ミアはベッドまで辿り着けずに力尽きたし、火傷がひどいレイはお風呂に冷水を張ってその中で寝てた。巻菜もルームサービスを食べながら寝落ち。そして私もお風呂に入った後は記憶が飛んだ。
「よく寝っ………寝過ぎた!?」
ようやく意識が戻って電池が切れたスマホを充電器に接続して時間を確認したら、すでに時刻はメキシコから出発する3時間前だった。誰もこんなこと予想できないって。
「みんな起きて起きて起きてー!」
「な、何?何事?」
「時間!飛行機!」
圧縮言語で喋ってスマホの時刻をミアの顔面に突き出す。数秒後、「やばい!」と覚醒したミアが跳ね起きてまだ寝ている人間を起こすべく走り出した。
「うぇ、レイ溺死してる!?」
「死なないから引き上げて!巻菜なんでパスタに顔突っ込んで寝てるの!?」
「巻菜起きてってばー!早くしないと帰りの飛行機の時間に間に合わないよ!?」
「えぇ?」
パスタが載っていた皿に顔面を突っ込んで寝ていた巻菜が目をしょぼしょぼさせながら顔を上げる。顔が汚い、っていうかよく窒息せずに寝てたなぁ。
「レイ起きてってば!」
「ぶぇ」
そして床に投げ出される水浸しで全裸のレイ。ミアが力任せに風呂から引き上げたらしく、放り出された衝撃でごぼ、と口から水を吐き出して蘇生していた。そんな雑な蘇生方法があってたまるか。
「な、なに?あ、ダイビングの日?」
「一日寝てたからもう帰る日!ダイビングはなし!」
「バス予約したのに!」
「巻菜顔やばいって、汚いぞ」
「レイも早く服着なよ」
どういう仕組みなのかわからないけれど、水風呂に一日浸かることでレイの火傷は綺麗さっぱり消え失せていた。以前より透明度の増した白い肌と銀色の髪から水をぼたぼたと垂らしながら、顔を洗いたい巻菜と一緒に洗面所に入っていく。
「部屋汚いんだけど………」
「もう時間ないから適当にスーツケースに突っ込も。持ち帰れればなんでもいいよ」
「あぁそんな適当に」
一番手近にあった巻菜のスーツケースに散らかった服も水着もひとまとめに放り込んでいくミア。手つきにまったく迷いがないあたり頼もしい。
「ユウリ、サッチに連絡はいいの?」
「あ、忘れてた」
そういえばケータイに不在着信が何個か入ってた気がするけど、今は電話をして状況を報告してる余裕がない。
「ショートメッセージだけ送っとく」
「国家機密の任務報告がショートメッセージって」
「いいのいいの」
なんでもかんでも電話で連絡する風潮、私は嫌いだ。相手が電話に出なかったら二度手間だし。
「巻菜とレイ!早く着替えて!荷物しまっちゃうよ!」
「待って!」
「もう密入国しようよ、巻菜にハッキングしてもらって」
「ダメに決まってるでしょ!」
「あ、痛」
すぱん、とミアの頭を叩いて荷造りを促す。一度非日常に触れてしまうと、当たり前に飛行機をとって帰るなんてことが億劫になったりするみたいだけど、そこで道を踏み外すわけにはいかないのだ。私たちは普通じゃない。普通じゃないから—————普通でいたいのだ。
「タクシー呼んで!」
「フロントに電話するね!」
領収書の宛名には力強くアメリカ国家保安局の名前を記入し、ロビーに滑り込んだタクシーに飛び乗って空港を目指す。なんとか荷物をまとめただけだからここに到着した時と比べるとぐちゃぐちゃな格好だ。せめてメイクはしたかったけどもうそんな余裕もない。
「早く早く早く!」
「待ってよぉ」
「巻菜の足が遅い!」
スーツケースを全速力で引きずって飛行機に駆け込み乗車。なんとかチケットを無駄にせず帰れそう。
「ん?」
一息ついたタイミングで、機内モードにしようと取り出したケータイに「アルバムに新しい写真が追加されました」の通知。あれ?サメ退治に夢中で写真なんて撮ってなかったはずだ。
「………国家機密じゃん」
開いたアルバムには写真が一枚追加されていた。口から炎の柱を吹き上げるサメと、インカメに向かってピースする巻菜と私たちの後ろ姿。いつの間に、とか写真残していいのかな、とか色々と頭はよぎったけど。
「こうゆうのもたまにはいっかぁ」
普通になりたい、当たり前の幸せが欲しい。それでも、普通じゃない自分たちのことが嫌いになったわけじゃない。それならこんな旅だって日常の一つとして受け入れたっていいだろう。
「次は北欧とか行きたいなぁ」
呟いて。グループラインのアイコンをサメの写真に変えてから電源を落とした。気付いたらどんな反応してくれるかは、日本についてからの楽しみにしておこう。
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