第4話 幕間①

「ところで、場所はメキシコなんだよね?」

「うん、そうだった」

「成田から飛ぶとどれくらい?」

「半日はかかるんじゃない?

 そういえば日本から海外に行ったことなかったね」

 ご機嫌に帰っていったサッチを見送って、少し遅い昼ごはんを食べながらミアがスマホを操作する。今日はなんだか作る気分になれなかったので、近くのマックでバーガーを爆買いしてきた。やけ食いをしないとやってられない気分だったからしょうがない。この後動けばカロリーはきっと消費されるはず。

「成田から………えーっと、リゾートだったらカンクンだけど」

「サメ退治だけ行くのも味気ないし、私はカンクンに泊まりたい!」

「私も私も!」

 勢いよく手を上げるレイと巻奈。

「一応言っとくけど、任務だよ?」

「ユウリのけち~」

「あ、こら。机の上に足載せないでレイ」

「あうっ」

 机にあげた足を軽く叩くと動物チックな悲鳴が上がった。

「けちっていうか、任務なんだからそうゆうものじゃないの?身分を隠して現地に入って、武器を調達してお化けザメを退治して、すぐに帰国。そういうものでしょ」

「んー、でもさぁ、それって組織に所属してた時の話じゃん」

 おとなしく足を降ろしたレイが人差し指を立てる。指にはまったごついシルバーのリングが蛍光灯に反射してきらきら光った。

「今回の私たちは民間人。雇われ傭兵でもないし、もちろん軍に所属もしてない。それなら私たちのやりたいように動いてもよくないか?」

「………それは、まぁ」

 確かに、よく考えてみると私たちは任務で色々な国に行ったけれど、観光をしたことなんて一回もない。街を壊したり、重要文化財にロケットランチャーを打ち込んだりとかはしたかもしれないけど。

「メキシコならカリブ海だよね?」

「いいなぁカリブ海!」

 青い空と青い海、砂浜とビーチで飲むお酒、想像するとなんだかわくわくする。弾んだ声を上げた巻奈の気持ちもよく分かるのだ。

「サメだけなら三日あれば帰ってこれるけど、一週間くらいかかるって言ってみよっか」

「え、有給とれるかな?」

「そっか、ユウリは仕事もあるもんね」

「いざとなったらサッチに替え玉を派遣してもらおうよ」

 ここで言う替え玉とは、サッチの指揮下にいる顔と名前のない部隊のことだ。アリバイを作ったり死を偽装するために「誰かのふり」をしてくれる人たち。ちなみにその偽装能力は超一流で、特殊メイクと一握りのSF技術を駆使して本人そっくりに化けることができる。

「替え玉の方が私より仕事ができたらどうしよう」

 はぁ、とため息をついて顔を伏せる。分かりやすくテンションが上がってポテトをつまみながらホテルを探し出したレイと巻奈を放っといてミアが首を傾げた。

「どうしたのユウリ、なんか嫌そうだね」

「………うん。あんまり気が乗らない」

「ご飯も食べてないじゃん」

「食欲なくて」

「どうしたの?この任務、嫌だった?」

 任務の中身というより、そもそも勤労自体が好きではないんだけど。でも気になるのはそういうことではなくて。

「………今回、相手がサメでしょ?」

「うん」

「私と巻奈は役に立たないと思うんだよね」

「あー、そういう………」

 私は人間相手の戦闘能力に自信はあるけれど、でも今回の相手はサメ。しかもモンスター級のサメだ。私の技術では太刀打ちできない可能性だって高い。

「でもほら、見てよ。ネット環境がないと何もできない巻奈があんなにはしゃいでるんだから、ユウリだって気にしなくてもいいんじゃないの?」

「それは………そうだけど」

「ビーチでカクテルとか飲んで、本場のメキシコ料理も食べたくない?」

「………」

「………ね?」

 ミアが拳をこちらに向けてくるから、少しためらった後にこつんと拳をぶつけた。

「そう来なくっちゃ!」

「カンクン、カリブ海、ビーチリゾート~!」

 私がミアと話している間に、旅先を調べてテンションが上がりすぎて巻奈とレイは腕を組んでぐるぐる回りながら自作の歌を歌っていた。だむだむと床板の上でステップを踏むから普通にうるさい。

「ちょっと、ねえ!レイと巻奈!踊るのやめて!」

 人生で踊るのやめてなんて注意をすることはまずないと思ってたけど、この家で暮らし始めてから月に数回は言っている気がする。まったくもう!

「サッチに連絡するから早く旅行の準備してよ」

「いや待て」

 片手の手のひらを私に向けて、レイがキメ顔で微笑んだ。大げさすぎてムカつくジェスチャーだけど、顔がいいから様になってる。

「………何」

「水着と新しいスーツケースを買いに行こう」

「それは………普通に楽しそうかも………」

「決まりだな」

 指を鳴らす気持ちの良い音がぱちん、と部屋に響いた。

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