お嬢様殺人事件

みなもとあるた

お嬢様殺人事件

「ごめんあそばせ!お嬢様探偵ですわー!」


 甲高い声とともにお茶会の会場に登場したのは、金色のドレスに身を包み、片手に金の扇子、背後に執事のセバスチャンを控えさせた一人の美少女。


 そう、彼女こそがお嬢様にして探偵であらせられる世界唯一の存在、世界にその名をとどろかすお嬢様探偵であった。


 だがしかし、お嬢様探偵がこのお茶会にご参加あそばされているのは、決してお嬢様仲間たちとのお茶をお楽しみあそばされるためではない。


 フランスのセーヌ川のような暗く沈んだ表情でたたずんでいたお嬢様たちに向けて、お嬢様探偵は早速本題を切り出される。

「聞きましたわよ。このお茶会でお殺人事件が勃発なさったんですって?」


 そう、今日この場所にお嬢様探偵がご登場あそばされたのは、お茶会という平和な場で起こってしまったお殺人事件を解決にお導きあそばされるためなのである。


「そうなんですの…仲良しのお嬢様たちで集まって同窓会を兼ねたお茶会を開いていましたら、急にその内の一人が苦しみ始めて…お救急車を呼ぶ間もなく、そのままお逝きになられあそばされてしまいましたわ…」


 そう言って泣き崩れてしまったお嬢様の一人が、震える指で会場のある場所を指さす。

 確かにそこには、お亡くなりあそばされたお嬢様のお死体が無残に横たわりあそばされていた。


 お嬢様探偵は冷静さを保ったまま、そのお死体の様子を観察あそばされる。

「ふむふむ…この様子を見るに、どうやらお毒殺の様ですわね」

「お毒殺!?」「そんな!」「なんてこと…」


 お毒殺という物騒な言葉に耐性のないお嬢様達は、次々に昏倒あそばされる。


「やはり山手線を貸し切ってまで現場に急行した甲斐がございましたわね。おかげでお死体の状態が変わる前に調査ができたんですもの。ほら、このお死体に見られる特徴…今回のお殺人事件に使用されたのは、お青酸カリに間違いございませんわ」

 お嬢様探偵がお死体を観察あそばされていると、お死体の喉の奥、気管部分に炎症のような症状をお発見あそばされたのである。


「お青酸カリを口にしますと、胃に到達したあとで胃酸と反応し、お青酸ガスという極めて有毒なガスを発生させますの。このガスは胃から気管に昇ってお粘膜を傷付け、正常な呼吸が出来ないようにしてしまう…これがお青酸カリでお毒殺されてしまう時のメカニズムですの」


「ということはもしかして、今日のお茶会で提供されたおハーブティーの中にお毒物が混ぜられたのではなくて!?せっかく今日は厳選したバタフライピーのお紅茶をお出ししましたのに…」


 そう言って嘆いているのは、今回のお茶会を主催した張本人でもある西園寺というお嬢様にあらせられる。ご自身で主催したお茶会でこのようなお悲劇が起こってしまったのだから、そのおショックも相当なものであそばされるのであろう。


「バタフライピーのお紅茶とは、なんともおインスタに映えるおチョイスであられましてよ!…あら…?これがそのバタフライピーのお紅茶かしら?」

「ええ、イギリス王室御用達の茶葉農家から今日のために輸入いたしましたの。ですからお毒物など入っているはずがないと信じておりましたのに…」

「ふむふむですわ…」


 流石の観察力をお持ちであらせられるお嬢様探偵は、バタフライピーのお紅茶を一目ご覧あそばされただけでその違和感にお気付きになられたようであった。


「なるほど、そういうことでして…」

 お嬢様探偵は手にした扇子で口元をお隠しあそばされながら、その小さなほほえみを誰にも見せないようになされた。


「ところで、本日のお茶会にはお紅茶以外の物をなにかお出ししてらして?」

「いいえ、予定ではこの後におスコーンとおジャムをお出しする手はずだったのですけれど、その前にこのようなお騒動が勃発してしまったから…」

「ということは、皆様が共通して口にしたのはおハーブティーだけ、ということですわね」


 友人の一人が毒殺されてしまったという事実に辛そうな表情を見せながらも、西園寺お嬢様はどこか安堵したようにお言葉を呟かれる。

「それにしても、他の皆様が無事だったことは本当にありがたいですわ。全員が同じおハーブティーを飲んでいましたから、他にもお被害者が出るのではないかと不安でおりましたの。きっと他の皆様が口にされたおハーブティーは、幸運にもお青酸カリが薄かったに違いありませんわ」


「あら、私の推理によりますと、お青酸カリが入っていたのはおハーブティーではなくてよ?」

 お嬢様探偵の急な告白に、会場にいたお嬢様たちが一気に騒然とする。


「ええっですわ!」「おハーブティーではなくて!?」「じゃあどこに毒物が混入しているんですの?」


「どなたか、今日のお茶会で出されたおハーブティーの色は覚えていらして?」

「もちろんですわ!本日のおハーブティーは、それはもう鮮やかなおピンク色のレモンティーで…あら?そういえばバタフライピーのお紅茶って普通は青色ではなくて?」

「そう!そこですわ!バタフライピーのお紅茶は本来キレイな青色であるはず…しかし今回のお紅茶はそうではありませんの。セバスチャン、例の物を」

「かしこまりました」


 お嬢様探偵がセバスチャンにご命令あそばされると、それを聞いたセバスチャンは慣れた手つきで紅茶を入れ、その横に輪切りのレモンを何切れか用意した。


「皆様、こちらをご覧になって。普通に淹れた状態では綺麗な青色のバタフライピーのお紅茶ですが、こちらのおレモンを何滴か垂らしますと…」


 お嬢様探偵がおレモンの果汁を垂らした所から、バタフライピーのお紅茶は見る見るうちに色を変えていく。そして先ほどまで青かった液体は数秒もしないうちに完全なおピンク色に変化してしまったのである。


「本当ですわ!?一瞬でおハーブティーの色が変わってしまいましたわ!」

「この色…間違いありませんわ!今日私たちが口にしたおハーブティーは、まさにこの鮮やかなおピンク色でしたの!」


 おレモンの果汁を丁寧におハンカチで拭きながら、お嬢様探偵は事件の真相を解説あそばされる。

「これが今回の事件を解決する鍵に他なりませんの。青いバタフライピーのお紅茶におレモンを足してレモンティーになさいますと、おレモンの酸と反応して鮮やかなおピンク色に変化する…しかし、お青酸カリが持つ性質はその真逆…水に溶けると強いアルカリ性を示しますの。ということはすなわち、おピンク色のバタフライピーティーにお青酸カリを溶かした場合、今とは逆におハーブティーの色を青に戻してしまうのですわ」


「お青酸カリの混ざったバタフライピーのお紅茶は青色に戻る…ということは、今回のおハーブティーにはお青酸カリが含まれていなかったということですの!?」

「その通りですわ!もし仮におハーブティーにお青酸カリを混ぜたのであれば、お一人だけおハーブティーの色が変わってしまって異変に気付かれてしまいますもの。ですから犯人がお毒物を混入させたのはおハーブティーの中ではございませんことよ。つまり、犯人はお茶会の参加者を無差別にお毒殺することを狙ったのではなくて、被害者一人だけを狙ったということがこれで明らかになりましたのよ!」


「でしたら、お青酸カリは一体どこに含まれておりましたの…?おハーブティー以外に被害者が口を付けられたものなんて、他には何も…」

 そこまで言いかけた時点で、お嬢様の何人かがはっとされた。


「もしかして、ハンカチではありませんこと…?」

「そうに違いありませんわ!だってお亡くなりあそばされた被害者は、亡くなる直前にハンカチを噛んで悔しがっておりましたもの!」


「そう、それこそが犯人の狙いでしたの。犯人はあらかじめ被害者のハンカチにお青酸カリを仕込んでおき、後は被害者をお毒殺したいタイミングで悔しがらせるだけでいい…今回の事件の鍵は、悔しくなるとおハンカチを噛んでしまうというお嬢様の習性を悪用したトリックでしたの」


 お嬢様探偵がそこまで言い終わると、会場に居た何人かは、犯人が誰なのか見当がついたご様子であそばされた。


「つまり犯人は、被害者の亡くなる直前にお金持ちマウントを取って被害者を悔しがらせた人物…?でしたら、あの方しか…?」

「そうよ…その条件に当てはまりあそばされるのは、そちらの金髪縦ロールお嬢様ではございませんこと?」


「くっ…」

 一斉に視線を浴びた金髪縦ロールお嬢様は、表情をこわばらせた。


 その隣にいたお嬢様の一人が事件当時の記憶を思い出して証言あそばされる。

「そういえばそうでしたわ、被害者が苦しみながら倒れあそばされる寸前、私はお二人の会話を耳にしておりましたの。確か…『金髪縦ロールお嬢様は今度のお茶会を国際宇宙ステーションでご開催なさる』とか、そんな内容で口論されていたような…」


「これではっきり致しましたわね。金髪縦ロールお嬢様は被害者お嬢様のおハンカチにお青酸カリをこっそりと忍ばせた後、ご自身の方がお金持ちであるというアピールを行ってわざと被害者お嬢様を悔しがらせ、おハンカチのお青酸カリを自分から口に運ばせた。こうすることにより、ご自身の狙ったタイミングで相手をお毒殺できるだけではなく、お毒物が入っていたのは紅茶の方であるというミスリードを狙うこともできる…」


 お嬢様探偵は金髪縦ロールお嬢様に背を向け、目を閉じられる。

「どんなお動機があったのかは知りませんが、貴女が今回の犯人。その真相に間違いはございませんことよ」

「仕方なかったんですの…お嬢様の厳しい世界においては、相手より高いお嬢様力を誇ることだけが生きがい…時には相手をお毒殺することになっても、そのプライドは命より重いのですもの…」

 金髪縦ロールお嬢様は、静かに膝をつき、泣き始めた。


「お嬢様とは、決して他者からナメられてはいけない存在…お嬢様も決して楽な人生ではございませんのよ…」

 お嬢様探偵の目元には、一粒の涙が光る。

 これまでのお嬢様人生で体験してきた壮絶な経験を思い出しあそばされているのだろうか。




「ふうん…なかなかお嬢様力の高いやつがいるようね…」


 お嬢様探偵が事件を解決なされたちょうどその頃、会場の外には怪しい人影があった。


「イギリス王室の紅茶?国際宇宙ステーション?しょせん”お嬢様”のやることなんて全くもって幼稚極まりないわね…私こそは”お嬢様”を超えた”お嬢様”、すなわち”おお嬢様”…ワタクシの開催するお茶会は銀河系なんて田舎くさい土地をお茶会の会場になんてしませんことよ?」


 謎のおお嬢様を乗せた全長100メートルのリムジンが勢いよく会場を後にする。


「さあ、目にもの見せてご覧に入れましてよ!」


 お嬢様探偵の戦いは、まだ始まったばかり。

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お嬢様殺人事件 みなもとあるた @minamoto_aruta

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