第二十四話:お仕置きタイム~ロクサーヌ編~⑩ 【ロクサーヌの過去最終話(後編):天罰②】

 はあああああああああ? 噓でしょ? 本当に? ……ウチが? でも…… 意味が分からないし、納得もいかない。

 

「待ってください。ウチは赤ん坊の頃に母親から売られたって聞きましたよ。それが嘘だったというんですか?」


「そう言う事にしておいたんだ。正確には『取り戻した』になるのか……。私の娘だと知られてしまうと立場上、命を狙われる事もおかしくない。私は仕事で近くに居てやれる時間も少なかったから…… ロクサーヌ自身に強くなって貰うしかなかったんだ」


「そんな危ない橋を渡るくらいなら、どうして母親から無理矢理引き離したんですか?」


 どうやら本当に私の父親らしい……。話を聞くと商会長…… 父は商会の経営が軌道に乗り始めた当時、息抜きとしてたまたま立ち寄った場末の居酒屋で知り合った母とノリと勢いで関係を持ったらしい。

 

 そんな短絡的な行動に出るような人には見えないのだけれど、父は「あの頃は若かったからなあ」という事らしい。ウチはそんなの絶対に嫌だ。

 

 行きずりの男女で関係を持つなんてムリムリムリ。ウチはもっとこう…… 運命の相手とムードのある夜景を眺めながら、二人は見つめ合い近づいていき、そして唇が……。

 

 いけないいけない。今はそんなこと考えている場合じゃない。話を続けると、二人の関係はそこまでだったらしい。その後、その女性…… ウチの母親が別に口説いてきた男と恋仲になったはいいけど、お腹にいたウチが邪魔になったらしくて、生活費の足しにもなるからということで売られかけた所をその情報を入手していた父が高額で買い取ったらしい。

 

 そこからは母とは音信不通だそうだけど、父曰く「あの女はゴキ〇リ並みの生命力と図太さがあるからそう簡単に死にはしないだろう」との事。一度でも関係を持った女性に対してゴ〇ブリ呼ばわりするのは如何なものかと思うのだけど……。

 

「いずれは名乗り出るつもりだったのだ。ただ、タイミングが見つからなくてな。もしかしたらその男が私とロクサーヌを引き合わせない為に画策していた事も今であれば考えられるな」


 となると、暗殺部隊の人事もこの男が仕組んだことだったという事ね。


 副商会長はビクッと身体を震わせている。はぁ…… ウチの人生はこんな奴にこれまで良い様にされていたとか悲しくて涙が出るよ。

 

「でも、ウチと商会長が父娘だとしても副商会長が邪魔する必要なんてあったんですか?」


「血縁関係があるという事は、言い方を変えると私の跡取りともいえるからな」


 あー、そう言う事ね。自分がいずれは商会長の座に就くつもりだったのね。

 

 ウチは別に商会長の座に興味はないけど、こんな奴にだけは絶対にその座を渡したくはない。

 

 それに今回の事が明るみになった事で、副商会長も幹部陣からの信頼も失って、家も失った。恐らくはもう家族の耳にも彼が今までしてきた事について知らされているだろうから…… 最悪家族すら失う事になるだろう。

 

 それにしても跡取りか…… でも、ウチは……

 

「商会長、申し訳ありませんが……」


「分かってる。それに…… もう商会に残るつもりもないのだろう?」


「……はい」


「それがいいのかもしれないな。今のお前であれば一流の殺し屋にも遅れをとる事もないだろうし、セキュリティレベルが向上して情報漏洩が減っている昨今、私とロクサーヌの関係を知るものも少ない。それに…… 商会に残っている限り、私の事を父と呼んでもらえなさそうなのでな」

 

 なんかめっちゃ照れてる。外面は怖い印象があったから、商会長の意外な一面を見た気がする。

 

 だからと言って、父と呼ぶかは別の問題だから。今まで雲の上の存在だと思っていた人は父親でした!? だから今日からお父様とお呼びします…… になるわけないでしょう!

 

「突然の話なので、自分の中でも整理できていませんし…… ただ、いつかはそう呼べたらいいなとは思ってますけど……」


 ずっと一人ぼっちだと思っていた。諦めてはいたけど、家族に憧れがあったのも嘘じゃない。嬉しさと戸惑いと照れくささといった様々な感情が渦巻いて、今はどうしていいか分からない。


「一つ頼みがあるのだが……」


「何でしょうか?」


「年に一度でも構わないから、実家に顔を出してくれないか? 昔から仕えてくれている執事と数名はお前の存在を知っているから、そのうち迎えに行かせる事にする」


「こ、心の準備が整ってからでお願いします……」


 当初予定をしていた辞表を叩きつけるよりも、とんでもない事実に驚愕しているウチに冷静になったマリーが話しかけて来た。

 

「感動の父娘対面はもういいかしら?」


 なんか驚きもなく当然であるかのように言ってくる……。もしかしてこの人……

 

「マリーさんはウチと商会長の関係を知ってたんですか?」


「ええ、知っていたわ」


「どうして教えてくれなかったんですか?」


「どうせこの展開になるのは最初から分かっていたからわざわざ言う事でもないかと思っていたの。それにあなたもそんなことをいきなり言われても信じないでしょう?」


「……それは……そうですけど」


 なんか納得いかないなあ……


「そんなことよりも商会長、今回の件を含めた裏事業の元締めでもある副商会長のお仕置きは終わりました。後の事はお任せしてもいいですか?」


 あれがお仕置き? そんなレベルじゃないんだけど…… ウチはプロジェクターに映し出されているかつて副商会長の楽園であったであろう今は廃墟となった地獄の様な光景を見ながら、この人の感覚マジで狂ってると思っていた。

 

「分かりました。ただ、これらの件に関わっている貴族連中がなんというか……」

 

「ご心配には及びません。もし反発するような事があれば私の名前を出したうえで『爵位を剥奪されるネタをばら撒かれたくなかったら大人しくしておくこと』と言っておけば、無言で首を縦に振るでしょうね」

 

 流石の商会長もマリーの行動にあんぐりとしている。

 

「ハハ、怖いお人だ。何から何までありがとうございます。特に娘の件は……」

 

「私はやるべき事をやっただけにすぎません。娘さんとの関係はこれからのあなた次第ですよ。ロクサーヌさん、貴方はこれからどうするのかしら?」

 

「ウチは…… 冒険者でもやろうかなって思ってます。今までの経験も生かせそうですし」

 

「そう、これからは同僚になるってわけね。でも、一つだけ警告しておくわね」

 

「……え?」


「ディックに手を出す事だけはおススメしないわよ。あのプロジェクター先に映ってる光景を忘れない事ね」


 クッ、勘付かれている? さすがはマリー。しかし、ウチも諦めるわけには行かない。ここで引いたら二度とディックの前に立てなくなる気がする。

 

 どうする? ウチがマリーに対抗できる要素って何があるんだっけ……? ……ある……これに賭けてみるしか……。

 

「もしかして…… ウチに取られるのが怖いんですか?」


「はっ……はぁ? 私が貴方如きに後れを取るとでも思ってるの? 随分な自信ね」


 ウチが反撃するとは思っていなかったのでしょうね。予想より動揺している。


「確かに貴方は頭脳、魔法に優れている上に魔道具開発や諜報と非の打ち所がない様に見えますが、そんな貴方にもいくつか弱点があります。そのうちの一つ……」


「……な、何よ」


「マリーさん、あなたは料理が出来ない」


「グッ…… それが何だって言うのよ? 料理ならディックが得意だもの。私が他で補えばいいだけの話でしょ」


 そうは言いつつもそれなりにダメージはあるように見える。

 

 手を休めずに間髪入れずに攻めるしかない。

 

「確かに適材適所での役割分担は合理的判断ではあると思います。しかし、恋愛にそれを持ち込む事が最善と言えますか?」


「…………」


「ウチだったら一緒に料理を作る過程で身体を密着させたりして物理的のみならず精神的にも距離を縮める様に努めます。ですけど…… フフッ、マリーさんの断崖絶壁残念おこちゃまボディには無理な話でしょうけどね……ディック君からは妹程度にしか思われていないんじゃないんですか? その点、男を誘惑する事に関して貴方に負ける事は絶対にありません」


 ウチはわざと胸を強調する様な仕草でマリーに見せつけると、マリーはショックを受けた表情をしながら、自らの胸とウチの胸を交互に確認しながら後退りして自らの胸辺りの無い乳を擦って悔しそうにしている。どうやら今まで気にしていなかったみたいだけど、言われた事で自覚したらしい。


 そんなウチも言いたい放題してるけど、実際試したことは全くなくて愛読しているファッション雑誌の恋愛ハウツーコーナーに乗っていた「気になるアイツを落とす108の方法」を一部抜粋しているだけに過ぎないのは秘密。

 

 しかし、雑誌のまるパクリの内容であってもマリーは悔しそうに歯を食いしばりながら顔を真っ赤にしてウチを睨みつけている。この子……恋愛に関しては見た目同様おこちゃまレベルだったのか。イチかバチかで挑んでみて良かった。

 

 フフッ、これならまだまだウチにも対抗は出来そうです。

 

「なっ、何よ! その程度、だったら私は……」


「それならウチは……」


「私は……」


「ウチは……」


「…………」


「……」





「――そんなわけで、ラリーを続けたウチとマリーさんは最終的にお父様とアリスさんに止められてお開きになった訳っす」


 マリーもリシェルもロクサーヌの話を聞いて、ようやく思い出したかのように当時を振り返っていた。

 

 そんな中、アリスは一人納得がいかない表情をしてマリー達に突っかかっていた。

 

「君達さあ、さっき僕の事『ギルティ』とか言ってたよね? 君達も大分絡んでいたにも関わらず忘れていたって事だろ? つまり同罪ってことだね」


 しかし、マリーは開き直っているのか自分の罪をまるで認めようとしない。

 

「私は色々と忙しいの。あの程度のイベントなんかいちいち覚えていられないわよ。それに、今のロクサーヌって何に影響されたのか知らないけど、頭の悪そうな話し方しているから同一人物にはならなかったのよね」


(あの時と同様にファッション雑誌の恋愛ハウツーコーナーに乗っていた「気になるアイツを落とす108の方法」に書かれていた『後輩感を出して先輩を盛り上げれば可愛がってくれること間違いなし』通りにしていただけだなんてとてもじゃないけど言えない……)


「わたくしも殿方達と交流していた記憶はあるのですけど、ロクサーヌさんとはあまりお話しできていませんでしたから……」


「君達、その程度の言い訳で逃れられると思わない事だよ」


「さてと、ウチは調べ物があるのでそろそろお暇させてもらうっす」


 マリーとリシェルがアリスに言い訳をしている最中に自然な流れで立ち去ろうとするロクサーヌをマリーは見逃すつもりはなかった。それは、まだやるべき事が残っているからだ。

 

「逃がすと思ってるの?」


《植物魔法 茨の拘束ソーンバインド


 床から生えて来た茨でロクサーヌに逃げられる前に四肢を拘束したマリー。

 

 しかし拘束されたロクサーヌは特に慌てる事も無く、余裕の笑みを浮かべている。

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