第二十五話:エピローグ
「おや? 洞窟内であんな仕打ちをしたのにまだ足りないんっすか?」
「お仕置きはまだ終わっていないわよ…… わ、私ですらディックの首筋をな……舐めるなんて事やってないのに、なんでアンタが最初にやってんのよ」
マリーはロクサーヌがディックの首筋を舐め回していた光景を思い出して、顔を真っ赤にしながらロクサーヌに憤慨している。
「なんでって…… 皆さんがもたもたしているのが悪いんじゃないっすか? もしかして…… ウチが
ロクサーヌの煽りは止まらない。四肢を拘束されてもお構いなしに余裕綽々である。
そんな発言を聞き、怒りのあまり地鳴りを起こし、表情までもが鬼の様に変わっていくマリーとアリスとリシェル。
「「「コ、コロス」」」
三人はじりじりとロクサーヌに近づいていく。
ロクサーヌの方は三人に近づかれてもまだ余裕の表情を崩さない。
「そんな殺意という感情に支配されていては、見えているモノもすぐに見失ってしまいますよ?」
そんなロクサーヌの言葉に三人は我に返った。それはロクサーヌの言葉の内容によるものではなく、声が聞こえて来た方向が目の前にいるはずのロクサーヌではなく自分たちの後方から聞こえて来たからだ。
振り返った三人が目にしたものはセリーヌが飛び出していった際に開かれた窓に腰を掛けていたロクサーヌだった。
立て肘をついて薄ら笑いを浮かべながら三人を見下ろしていた。
「いくらなんでもウチの事舐め過ぎじゃないっすか?」
「アンタ…… 何時の間にそこに? という事は……」
後ろを振り返っていた三人は再度、四肢を拘束したはずのロクサーヌ?に目を向けとると、そこに居たのは木型の人形だった。
「《植物魔法
「なるほどね、やるじゃない」
「戦闘に関しては皆さんの足元にも及びませんけどね…… ウチは元暗殺者であり、現役の斥候ですよ。生きて情報を持って帰る、ピンチの時は逃げる事に関してだけは皆さんより一日の長がありますから。それに……貴方達に逃げるとか選択肢はないでしょ? だからウチに逃げられちゃうんっすよ。少しは勉強してくださいね」
「仕方ないわね。今回は見逃してあげるけど…… 次はないわよ」
「次も無事に逃げ延びて見せるっす。それではまた」
ロクサーヌはニッコリと微笑むと次の瞬間には姿を消していた。
マリーとリシェルの二人は緊張状態を解いたが、アリスの表情は変わらない。
「さて、僕も行くかな」
マリーはそんなアリスを見て何かを察したようだった。
「アンタ…… ほどほどにしておきなさいよ。あの状況じゃどうしようもないわよ」
「そうかもしれないが、ちょうどいい機会だ。僕との約束を破るとどうなるかその身を持って教えてやらないとね」
マリーもリシェルも「一方的に結ばせておいて、何言ってんだコイツは」と思っているが、それを口にすると今のアリスはめんどくさそうなので言わない事にした。
故に二人は祈る事しか出来ない。
◇
ここはとある街にあるお屋敷。
一人の女性が屋敷に近づいていた。
「帰ってくるのも久々っすねえ…… おっと、いけない。口調を戻しておかないと…… ンンッ、あー、あー、よしっ」
巨大な入口に近づくと門番はその女性に気付いて敬礼をしていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。開門しますのでお待ちください」
「いつもご苦労様です」
女性は開いた門を通過して屋敷の入り口前に近づくと、屋敷の入口が勝手に開かれた。
「ただいま戻りました」
入口には年老いた執事が深々と頭を下げていた。その奥には多数のメイド達が左右に分かれて頭を下げている。
「お帰りなさいませ、ロクサーヌお嬢様」
「二、三日程こちらで休養しようと思っているのだけど、お父様はお戻りになられる予定はあるかしら?」
「はい、今日の夜は屋敷に戻る予定になっております」
「そう、久しぶりにディナーをお父様とご一緒に出来ればと思っているの」
「旦那様もお喜びになられるかと」
「それまでは自室に居ます。少しの間、人払いだけお願いできるかしら」
「畏まりました」
ロクサーヌは一人部屋に戻ると、小声で「シャドウ」と呟く。
すると、ロクサーヌ以外居なかったはずの部屋に黒衣に身を包んだ女性がロクサーヌの前で跪いていた。
「ここに」
「今すぐ王都に向かい、王城で行われた勇者パーティの会談内容を入手する事。それと各メンバーの当時の動向についても調査すること。三日後にはそちらに向かいますから、それまでに終わらせておくこと。では行きなさい」
「はっ!」
返事と共に黒衣の女性は部屋から姿を消していた。
「フフッ、ディック君。もう少しだけ待っててね。あなたのヒロインが迎えに行くから」
◇
時間は夜。
冒険者ギルドも店じまいして、一人の従業員が帰宅しようとしていた。
「それにしてもディック君無事でよかった。話を聞いた限りだと、予想を超える集団があの洞窟にいるはず。再調査が必要だな…… それにしてもほんっっっと無事でよかったああああああ」
この従業員…… ハンスが安堵していた理由の半分はディックの身に万が一、何かが起きた場合に自分の身も当然無事では済まなかったからだ。
それは何故か? 今回のゴブリン洞窟の一件は本来、ディックが達成可能なミッションを大幅に超えた難易度になりそうだからに他ならない。
そんな案件をディックに進めてしまったのは自分なのだ。もし、この内容があの悪魔の耳にでも入ってしまったら…… いや、そもそもディックが無事でない時点でハンスも無事で済まないどころか精神的にも殺されてしまう。
そんな事を考えているハンスは急に寒気を感じていた。それと同時に強烈な視線を感じてしまった。
「えっ!? 何? 何? だ、誰かいるの?」
視線の主は自分が発している圧を全く隠そうとせずに建物の屋根からハンスに向けていた。
それに気づいたハンスは視線の先に顔を向けた。
そこには…… 夜中に出会ったら目を逸らしたくなる程の獲物を見つけた獣の睨みをきかせたアリスが仁王立ちしていた。
「ヒッ! ア、アリス…… さん……」
アリスは怯えたハンスに構わず口を開く。
「ハンス…… 君は二つの愚行を犯した。分かるな? 一つ目はディックの能力を無視した依頼を勧めた事。まあ、この点に関しては僕達が見守っているからどうとでもなるからいいとしてだ。だがな、問題は二つ目だ……」
アリスの圧がどんどん上がっていく。
ハンスはアリスの圧に身体を震わせながらゴクリと唾を飲み込んでアリスの次の言葉を待っていた。
「僕は散々口を酸っぱくして言ったよな? だが君はそれを守れずにあのメス豚をディックに近づけてしまった。これは重罪だよ、ハンス。よって僕は君を断罪しなければならない」
メス豚……? ハンスはアリスの言葉が理解できていなかったのだ。
ハンスが目撃していたのは冒険者ギルド内まで。その時はディックが先に外に出て、後から外に出てから着いて来たロクサーヌの事など見ていなかったから仕方ないのだが、アリス相手にそんな言い訳は通用しない。
そしてロクサーヌをメス豚扱いするアリス。これが余計にハンスを混乱させていた。
アリス自身は美少女なのだ。それこそ千人中八百人が振り返るほどの。但し、アリスの性格を知らない場合に限る。
だが悲しいかな、ロクサーヌはアリスを上回る超美少女で千人中九百九十九人が振り返るのだ。但し、四人の歪んだエリート紳士教育されたディックは除く。
その為、客観的にはロクサーヌの方が上なのだが、アリスはその評価を知らない上にハンスは『アリスがそう言うのだからきっとアリス以下の誰かの事を言ってるのだろう』とロクサーヌは完全に除外されていた。
結果として、誰の事を言っているのか皆目見当がつかないハンスは悩んでいると、アリスが呆れた様に続ける。
「まあいい。君をこの場で物理的に断罪するのは簡単だが、それではつまらないし反省も出来ないだろう? だから、明日以降君は心に傷を負う事になる。ククク、楽しみにしておくことだな」
その言葉でハンスは血の気が引いていくのを感じていた。
「ちょっ! まっ!」
ハンスは言葉を絞り出そうとするも既にアリスはその場から消えていた。
まさか、本当にあの性癖を暴露される……? ハンスは足取りが重くなるのを感じつつも家路に着くことにした。
頑張れ、ハンス! 負けるな、ハンス! 人の噂も七十五日。但し、アリスが噂を更新しない場合に限る。
◇
ちょうどその頃、とある森の中でとある生物が魔法陣によって転移されてきた。
その生物は周りを見渡しながら確信していた。
「どうやら成功したみたいだな。ここが
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