第二十三話:お仕置きタイム~ロクサーヌ編~⑨ 【ロクサーヌの過去編最終話(前編):天罰①】

 天罰…… マリーがそんなことを言っていた。

 

 空の先に何があるのかはウチは知らない。ウチは信者でもないから神の国なんて思っていなかったし、空は延々と青い空が続くものだとばかり思っていた。


 でもあの言い方だときっと空の先には何かがある。マリーはそれを知っている。だからあんな事を言っていたんだ。

 

《超遠距離探索魔法 天罰にパニッシュメント見合うサーチ:XXはどこかな?メテオライト


「アリス!」


 アリスは無言で頷いて魔法を唱えようとしている。お互いが何をすべきか既に理解しあっている様だ。

 

 言わなくても分かり合う……か。ウチはそんな相棒もいなかったし、なんか少し羨ましく感じてしまう。


《同調魔法 身体共有》


「何か暗っ! 一体どの辺りを探索してるんだい?」


「うちゅ…… いえ、神の国よ」


「ここが神の国? 思っていたのと全然違う…… どこまでも広がる暗い空間…… その場にいる訳でもないのに寒さを感じてしまう。まるで僕の身も心も、何もかも凍りつかせてしまいそうな――」


「気色の悪いポエムは後にしなさい。手頃なブツが見つかったわ。アリス、運ぶから私に魔力波長を合わせて頂戴」


「ブツってこのやたらデカイ岩の事かい? それだったらもっと大きいサイズが対象を中心に百キロ圏内にあるけど、それではダメなのかい?」


「そのサイズを落としたら邸宅どころかこの領が滅ぶからダメだよ。アンタはもう少し物質の衝突エネルギーについて学んだ方がいいわ。このサイズの岩を一つでも落とす事がどれだけ凶悪なのか…… 侵入角度ヨシ、予測落下速度及び予測被害状況もクリア。アリス、配達の時間よ」


 何を言っているのか全然わからないけど、なんで彼女等の口から出る単語には物騒な単語ばかりなのか……。せめてもう少しオブラートに包んで貰えないかな?


「なんだ? 何の話をしている?」


 副商会長はマリーとアリスの謎会話にまるでついていけてない。大丈夫、ウチもさっぱりだから。

 

「君の言う神の国から天罰を代理でお届けに来たのさ」


「地獄に堕ちろやああああああああああ!」


 本音が出てるうううう! 少しは抑える努力をしよう!

 

《惑星破壊魔法 天罰貴方のお家は木端微塵

 

 少しの間会議室が静寂に包まれる。

 

「ハ、ハハ…… な、何が天罰だ。何も起きないではないか。神の名を穢した愚か――」

 

 副商会長がマリー達を糾弾しようとしたその時だった。

 

 何か…… 音が聞こえる。

 

 風を切り裂く音が…… 徐々に、だけど確実にその音は次第に大きくなり、こちらに近づいている事がわかった。

 

 ウチ以外にも聞こえ始めたようで、皆してその方向に目を向ける。そう…… それはセリーヌが天井に開けた空に向けて。

 

 その方向には黒い点が見えていた。音の大きさと比例して黒い点は徐々に大きくなっていき…… やがて眩い光を放ち始めた。あまりの光量に目がやられるかと思い、目を逸らすも音はさらに大きくなる。

 

 そして誰かが呟いた。

 

「て、天罰だ…… 本当に天罰が下った…… 我々がこんな罪深い事をしていたからだ……」

 

 一度浸食してしまえば除去は困難だ。伝染するかの様に恐怖は広がっていく。それは、副商会長ですら例外ではない。

 

「そ、そんな馬鹿な…… 私は定期的に祈りにも行った、お布施もかかさずしている。誰よりもだ! その私が何故…… 神は私を見捨てたとでもいうのか?」


 副商会長は膝をついて項垂れて「私は悪くない……」とブツブツ繰り返している。


 お祈りが届いているかわからないし、お布施は神じゃなくて教会が喜ぶだけでしょ。見捨てる以前に神は貴方の事なんて見ていないと思う。

 

 だからこれは『天罰』と言うよりも『因果応報』なんだと思う。自分が今まで行ってきた事の報いを受ける時なの。それが今……。

 

 そしてマリーは追撃の手を緩めない。項垂れている副商会長などお構いなしに「貴方の特等席はこちらですよ」と言いながら首根っこを掴み、持ち上げてプロジェクターの前まで連れてくる。

 

 あのタコ親父はいいものを食べ過ぎなせいか横にデカイ。普通の一般男性二人分はあろう重量をマリーは片手で持ち上げていた。その小さい体のどこからそんな力が出て来るのか不明だけど、あのメンツを考えたら、それ程不思議でもなくなった。

 

 空から降って来た『天罰』の光はプロジェクターに映る副商会長の自宅を画面外から照らされる光で今すぐに飲み込もうとしている。

 

 ここまでくればどんな阿呆でも流石にわかる。この光を発している巨大な物体は間違いなく副商会長の自宅に落ちる。そして…… 中心から半径五キロ全て…… 人がかつて住んでいた形跡を全て葬ることになるのだと。

 

「う、嘘だ…… わ、私の、人生の全てをかけた邸宅が……ハハ、ハハハハ…… そうだ、こんな事が実際に起きる訳がない。きっとこれは夢なんだ……」

 

 現実逃避し始めた副商会長をマリーは許さない。軽く頬に平手打ちをして無理矢理現実に引き戻す。

 

「夢なわけないでしょう? 今日で貴方は全てを失う事になる。文字通りね」


 そうこう話をしている内に天罰が丁度、副商会長邸宅の中心に到達した。あまりの眩しさに目を閉じてしまったけど、それも一瞬の出来事だった。

 

 着弾したであろうタイミングと同時に遠くから轟音が鳴り響き、建物が大きく揺れる。みんな机の下に隠れたり、壁に寄りかかったりしながら地震が収まるのを耐えていた。

 

 瞬時に大きく地震が来るケースは滅多にないから、大半の人は真っ青な顔をしながらガクガクブルブルしていた。

 

 あの四人はどうしていたかというと、平常運転だった。マリーは腕を組んで仁王立ちして副商会長を見下ろしてるし、アリスは自分のやるべき事は終わったようで地震に驚いていたディックを庇う様に後ろから抱き着いて耳の裏側の匂いを嗅いでる。何しとんねん。

 

 それに気づいたセリーヌがアリスの暴走を止めるべく、引き剝がそうとしているがアリスの方が一枚上手か。リシェルは…… 未だに冒険者達を高笑いしながら踏みつけていた。飽きないのかな?

 

 副商会長の自宅の様子をプロジェクター越しに確認すると…… 一言で片付けるなら『凄惨』としか言いようがなかった。

 

 落下してきたであろう物体の周辺は完全に地面が抉れており、周辺一帯はその落下中の熱量と落下時の衝撃波によってボロボロになっていたり、燃えていたりしている。

 

 肝心の自宅はというと『廃墟』と化していた。数分前までのキラキラしていた外観が噓の様だった。本当に落下地点から半径五キロ全てがボロボロで魔物の住処なのでは? と思っても不思議ではない有様だった。

 

「何故? 何故、私なんだ? 他の連中だってやっているじゃないか! どうして私だけがこんな目に会わねばならないのだ!」


 マリーの目は冷たい。先程までの淡々と対応した機械の様な無表情の目じゃない。確実にこの男を地獄に引きずり下ろす為の目になっている。

 

「私言ったわよね? 『私がなんの証拠もなしにブラフで口論をしているとお思いですか?』と……」

 

「え……?」


 副商会長は心当たりがないのか、本気で『?』な表情をしている。しかし、マリーは最初から何か知っているだった。もしかして最初から副商会長を狙い撃ちするつもりだった?

 

「……本当に分からないの?」


「も、もしかして奴隷に知り合いがいるのか? であれば早速解放手続きを……」


 マリーは副商会長の胸倉を掴み、思い出させるかのように拳を振り上げようとする。マリーの形相はまるで鬼の様でウチは背筋が凍ってしまった。

 

 が…… 拳は振り下ろされる事なく、間一髪の所でアリスがマリーの拳を止めた。


「そこまでだ、マリー。直接的な行動に出るのは君らしくないな。それに…… 彼は君の追っている人物じゃない。奴隷を扱っているからと言う理由で一緒くたにしてしまっては、見つけられるものも見つけられない」


「分かってる! 分かってるのよ、そんな事 …………ごめん、もう大丈夫だから……」


 目を閉じて、天に向かって大きく息を吐く。頭を冷やしたのか、その言葉を聞いてアリスは掴んだマリーの拳から手を離した。


 びっくりした…… 知り合って間もないけど、頭で全てを解決する様なタイプだと思ってた。

 

 にも関わらず、物理で解決しようとかまるでアリスじゃん。案外似た者同士なのかもしれないけど…… にしてもあの反応は…… あのマリーですら見つけられないって一体誰かを探してるんだろうか?


「さて、マリーは少々頭に血が上っている状態だから僕が話を進めるけど、商会が行っている裏の事業は全て君が推進して始めたのがキッカケらしいね。そしてそのスポンサーである貴族を連れて来たもの君だ。君が取り仕切っているのであれば、商会長ですら知らない取引も行う事も容易のはずだ。その結果、随分と私腹を肥やしていたみたいじゃないか」


 その言葉に商会長は身体を震わせながら立ち上がり怒りの表情で副商会長を睨みつけている。

 

「あ、いや……それは……」


 副商会長は睨みつけている商会長に言い訳をしたいみたいだが、適切な言葉が出てこないのかどもっている。

 

「やけにこの事業についてごり押ししていた上に『貴族との繋がりを深める為』などと言っていたが、商会ではなくすべては自分の為だった訳か……皆さんには御礼と謝罪をしなければなりません。お仲間の方にご迷惑をおかけしたことと、の窮地を救っていただいた事は感謝の念に堪えません」


「……え?」


「……は?」


 ……んんん? ……娘? 商会長の? そんな人いたっけ? というか……今回の問題が発生した現場の登場人物で『娘』、つまり『女』と言える人物って…… あれ…… まさか……。

 

 ウチは周りを見渡す。何故かみんなウチの事を見ている。鼓動が早くなる。この流れって…… 嫌な予感がする。

 

 ウチは商会長の方に視線をやると…… 思いっきり目が合ってしまった。何故か商会長の顔つきはウチがいつか夢に見ていた優しい父親の様な表情をしていた。

 

「娘のロクサーヌを助けて頂きまして、ありがとうございます」


 今の商会長の発言に対する理解が追い付かない……頭の中が真っ白になりそうです。

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