第13話 セリーヌ⑤じゃなくてはーちゃんのターンからのぉ……
「恋も愛も知らぬ哀れな畜生に私自らが貴方に慈悲を与えてあげましょう。泣いて、跪いて、世界と私に感謝しながら…… 死んでいきなさい」
はーちゃんは『来いよ』と言っているのか、刀身をゆらゆらと左右に揺らしている。
完全なる上から目線と挑発の様な挙動にラスネラガルも我慢の限界が来ているようで完全にお怒りモードである。
《闇の刃》
ラスネラガルは刀身に黒く染まった刃をはーちゃんに飛ばすが「フンッ」と一喝しただけで消し飛んでしまった。
はーちゃんには こうかが ない みたいだ……
「勘弁してくださいよぉ、飛ぶ斬撃なのは理解しましたが、そんなそよ風に御大層な名前を付けて私の呼吸で消し飛んでしまう技なんて技にあらずですよ。改名しておいてくださいね」
はーちゃんは剣なので表情はわからないが、セリフを聞いている限りではもしも人間であればニヤニヤしてるだろうというのは容易に想像が出来る。
一方、ラスネラガルは自慢の技をかき消されてしまい悔しそうに歯ぎしりしている。
だが彼は諦めない。ラスネラガルは闇剣を両手で掴み振り上げて全魔力を込めており、先程とは比べ物にならない程に刀身が黒く染まっている。
やがてその黒い魔力は龍の形を模し始めた。龍の大きさは徐々に大きくなり、大広間の半分は埋め尽くすであろうサイズまで膨れ上がった。
「俺ハゴブリン族ノ希望ヲモタラス存在ナノダ! コンナ所デ負ケル訳ニハイカナインダアアア」
《
振り上げられた剣を振り下ろすと同時に魔力で作られた龍がはーちゃんに向かって一直線に襲い掛かる。
「なるほど、畜生風情がよくぞここまで頑張りました。私にはもったいないのでご友人であろう彼にプレゼントしてあげる事にしましょう」
龍とはーちゃんが交差するその瞬間――はーちゃんは自身を揺らすと目前まで迫り来ていた龍は進路を変更して、ただ一人呆然と状況を眺めていたムルグに突っ込んでしまった。
そしてムルグを貫いた龍は後方にあった邪神像すらも破壊してしまった。
「ムルグウウウウウウ」
ラスネラガルの悲痛な叫びはもはやムルグには届かない。彼は消滅してしまったのだから。
「フフ、ご安心ください。貴方もすぐに彼の元へ送って差し上げますよ」
「ナッ?」
はーちゃんは既にラスネラガルの目の前まで移動していた。剣を振り下ろせば接触可能な至近距離まで詰めていたのだ。
ラスネラガルは悲しみよりも驚きの方が勝っていたのか、呆然とした表情で目の前に迫っていたはーちゃんに対して動くこともできずに眺めていた。
「さようなら…… 次に生まれ変わる時は是非とも愛を知る事の出来る生物に生まれ変わってくださいね」
本人の意思ではどうにもならない事を願いつつ、はーちゃんはその身を振り下ろしてラスネラガルはその命の終りを迎えた。
「お疲れ様、はーちゃん」
「私の事よりもディックさんは大丈夫なんですか?」
「ここに来る前に大分数を減らしておいたから問題ないよ」
「
今まで群がる敵はディックに到達する前にみんなが蹴散らしてしまっていた事しか知らないはーちゃんはディックに対して敵を残している事に疑問を持っていたのだ。
「うん、実はね――」
「――なるほど、でもそれって追放の必要なくないです?
「ごもっともなんだけど、いざディックを目の前にするとどうしても甘くなっちゃうんだよね。だから無理にでも突き放さないとダメなんだよ…… 主に私達がね」
「あー、すごい納得」
そんな会話をしている間にアリス達は何をしているかと言うと――
~ ちょうどその頃の宿屋内 ~
「ああああ、ディック!!! 避けてえええええええええ」
残った三人はディックがゴブリンと戦っている所を超高性能小型追跡型魔道具から送られてくる映像をモニター越しに覗き見…… もとい応援していた。
モニター越しのディックが動くたびに同じ挙動を追従する様に三人も動いている。傍から見るとマヌケな行動ではあるが本人たちは至って真面目なのだ。
「ちょっとアリス! すぐ傍で大声出さないでよ」
「なんて心臓に悪いんだ…… 自分で戦っていればこんな思いせずに済むのに……」
アリスは自分の胸を手でグッと握りしめて息切れを起こすのではないかというほどに呼吸が荒くなっている。
「わかります。これも神の意思だと言うのですか? なんという苦しい試練をお与えになるのでしょうか……」
リシェルは神に祈り始めているが、アリスと同様に苦しそうにしている。
「でも逆に今がチャンスなのよ。ディックがゴブリンに集中している今がね」
「どういう意味だ? マリー」
「ディックの視線はロクサーヌから外れている。そしてアラート範囲内の一メートル以内にいる。つまり緊急コマンドは未だに継続して使用可能という事よ」
「えっと…… すまないが、何が出来るのかもう一度教えてくれないか?」
アリスは戦闘以外に関してはポンコツで物覚えもよろしくないのだ。
ついこの間緊急コマンドについて習ったはずなのに既にアリスの頭からは全部抜け落ちている。
「対象を私達の元に飛ばしてくることが出来る『キャピタルパニッシュメント』を使うわ。これは転送魔法陣をその場で構築して使用するから時間が掛かるし見られるとすぐバレちゃうんだけど、ディックがこっちを見ていない今がチャンスなの!」
マリーは「引数に私達が今いる空間座標を指定して――」とブツブツ呟きながらキーボードを『カチャカチャカチャ……、ッターン!』と叩くとロクサーヌの全身を覆う程の魔法陣が展開され始めた。
「クッ、少し時間が掛かりそうかも。ディックが気付く前に転送魔法陣を完成させないと」
魔法陣を展開させつつもディックは着々とゴブリンの数を減らしている。
「ま、まだなのか? マリー」
残り三匹……
「もうちょいで行けそうだから焦らさないで」
残り二匹……
「マリー急いでください! ディックがゴブリンを全滅させちゃいますよ」
残り一匹……
「分かってるから!」
残り一匹のゴブリンにディック渾身の一撃が炸裂する!
「「マリー!!!」」
「完成した! キャピタルパニッシュメント、実行開始!」
実行開始と同時にロクサーヌは映っていたモニターから瞬時に姿を消して、マリー達の目の前に瞬間移動してきた。
「あっぶな! ギリギリだったけど、ディックにバレる前に成功したわ」
ディックはというと、最後のゴブリンを倒して振り返ったものの、ロクサーヌがいない事に気付いてキョロキョロしながら慌てている。
モニター越しに「えっ? ロ、ロクサーヌさん? ど、どこですか?」と聞こえてくるが、当の本人は既にそこにはおらずマリーたちの目の前にいるのだ。
マリーはこのままだとディックが洞窟内を探し回るだろうと察して超高性能小型追跡型魔道具にメモを書かせていた。
メモを書き終えてディックの目に映りやすい様な高さの場所からひらひらと紙を落とすと、それに気付いたディックが紙を拾って読み上げていた。
「『ロクサーヌは安全な場所に避難させた。ディックもその場から早急に離れる事』って…… あれ? いつの間に人が来てたんだろう? それに誰だろう?」
ディックは頭を捻りながらも辺りを再度見渡すがやはり人影も気配も何も見当たらない為、どこかの親切な人が助けてくれたのだろうと考えてその場を後にした。
後顧の憂いも必要なくなった事から、ロクサーヌに専念できると考えた三人は悪魔も裸足で逃げだす様な笑顔でロクサーヌの目の前に突っ立っていた。
マリーは人差し指を立てて魔法で水玉を作り出していた。それをぐーすか寝ているロクサーヌの顔面に目掛けて『バシャッ』と食らわせた。
「ブホッ、ゴホッ、ゴホッ…… 鼻に水入った…… ん? あれ? ここは? ディック君? ディックく――」
ロクサーヌが目を覚まして目の前の足元に気付き顔を見上げるとそこにいたのはディックではなく、ロクサーヌ曰く『ディックに付きまとっている四人組』の内三人がそこにいたのだ。
なぜ自分が洞窟ではない場所にいるのか、なぜこの三人が目の前にいるのかと状況が理解できないロクサーヌは「な、な、な、なん……で」と狼狽えていた。
三人はニタニタしながら揃えて口にする。
「「「ようこそ、地獄の一丁目へ」」」
ディックは知らない。助けるはずのロクサーヌはゴブリンに蹂躙された方がマシだったという悲劇をこれから味わう事を。
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