第12話 セリーヌ④

 セリーヌは顔を赤らめながら「えへへっ、これがあたしとディックの馴れ初めだよ」と言いながら頬を手で押さえて恥ずかしがっている。

 

 ラスネラガル以外のゴブリン達もセリーヌの回想を聞いてポカーンとしている。

 

 ようやく周辺の空気に気付いたセリーヌは辺りを見渡して自分の想定と違ったことに疑問を抱く。

 

「あれ? 結構キャーキャー言ってくれてもいい話だと思うんだけど、ゴブリン達には受けが良くないのかな?」


 ラスネラガルも我に返ったようでため息を尽きながら口を開く。

 

「俺タチニハ人間ノ感情ハワカラン。タダワカッタ事モアル…… ディックを殺セバ、オ前ハ俺ノモノニナルッテコトダ」


 ラスネラガルは気付いていなかった。いや、知らなかったのだ。セリーヌに、いや勇者パーティのメンバーに最も発言してはならない言葉をうっかり口にしてしまった事を。


「オイ、お前今なんつった? ディックを…… どうするって?」


 大気が震えている…… 儀式を行っていた大広間はセリーヌの殺気に満ち溢れており、ラスネラガルとローブのゴブリンを除いた全てのゴブリンは泡を吹いて全員気絶してしまった。


「クッ…… ナンダコイツは、本当ノ力ヲ隠シテイタカ! ムルグ、邪神様ニ贄ヲ捧ゲロ」


 ローブを着たゴブリン――ムルグは呪文を唱えだすと邪神像が黒く光り出して先程までムルグと共に祈祷していたゴブリン達がその光に吸い込まれていく。

 

 邪神像の光はラスネラガルに照射され、ラスネラガルの全身にタトゥーが刻まれたかの様な模様が浮かび上がっていた。

 

「フゥ…… コノ状態ノ俺ハ先程ノ五倍ハ強イゾ。ソシテ、コノ武器ヲ使エバサラニ強クナル」

 

 ラスネラガルの前方の空間が歪み、そこから一本の黒い剣が出現した。

 

「聖剣ノ対局トナル闇剣アンブレイカブルソードダ。コノ世ニ一本シカナイ闇属性最強ノ一振リダ。ワカルカ? 人類最強ノ勇者ガ光属性ノ聖剣ヲ使ウノデアレバ、ゴブリン族ノ至宝デアル俺様ガ使用スル闇属性ノ闇剣の恐ロシサガ」

 

 懇々と闇剣アンブレイカブルソードの凄さを語るラスネラガルだが、セリーヌは無反応である。それどころか欠伸までし出す始末。

 

「ふわぁ~、うんうん凄い凄い。確かにアリスも聖剣持ってたね。強さ的にはそれと同じくらいって考えたらいいのかな?」

 

「ソウダ、聖剣ニ唯一肩ヲ並ベル事ノ出来ル世界デ唯一ノ剣ダゾ」


「聖剣だの闇剣だの…… そんなちゃちなおもちゃであたしに挑もうという時点であたしの力がまだ理解できていない証拠だよ」


「オモチャダト? ソノ言い方ダトマルデ聖剣を持ッタ勇者ヨリ、オ前ノ方ガ強イト聞コエルンダガ聞キ間違イカ?」


 『その言葉を待ってました』と言わんばかりにセリーヌはニヤニヤしている。

 

「人類の至宝と言われたアリスは確かに強いよ。だって女神にまで勇者って認められるくらいなんだからさ。でもね、君は勇者パーティの面子の事をまるで理解出来ていない」


「ドウイウ意味ダ?」


「アリスはね、剣も使えれば攻撃魔法も使えるし、回復魔法も使える万能タイプ…… なんだけど、攻撃魔法に関してはマリーには勝てないし、回復魔法に関してもリシェルに及ばない…… そして、こと近接戦闘においてアリスはあたしに勝てたことがない。この意味が解る?」


「ソレガ本当ダトシテ俺ノ剣ガ屈スル事ハナイ。アンブレイカブルソードハソノ名ノ通リ破壊不可能ナ分聖剣ヨリモ強イ。ツマリ世界最強ナンダ!」


「へぇ、アンブレイカブル破壊不可ねえ…… じゃあ、その剣と世界はどっちが硬いのかな?」


「世界? 何ヲ言ッテルンダ?」


「フフフ、アハハハ、アハハハハハハハ…… 君に教えてあげるよ、真の絶望と恐怖をね」


 その時のセリーヌはとっても悪そうな顔をしており、実はコイツが魔王なんじゃない? と思われても仕方がない表情をしていた。

 

 利き腕を天に掲げて「来い!《世界断絶剣ワールドエリミネイト インフィニットマックスハート》」と叫んだ。


 セリーヌの手からは閃光が走り、光が止んだその手にはセリーヌの身長と同じ長さ程の大剣が握られていた。

 

「お久しぶりです。我が主マイマスター


「久しぶりだね、はーちゃん」


 剣が喋っているという事にラスネラガルも驚愕しているのか、時が止まってしまったかのように放心状態になっている。

 

我が主マイマスター、前回は私を使用すると世界地図が書き換わるからあまり呼ばないようにするって言ってませんでした? あれから一年経ってないですけど?」

 

「なんかね、はーちゃんを差し置いて世界最強を名乗っている剣がいるらしいからはーちゃんに見てもらおうと思って呼んだんだよ」


 はーちゃんは剣なので表情はわからないが、セリーヌの発言により憤ってるのはよくわかる。

 

「はぁ? どこの愚か者ですか? 私を差し置いてそんな寝言をほざくなど、身の程を教えてやらないといけないようですね。どこにいます?」


 セリーヌはいやらしいほどにニッタニタしながら「アイツ」と言いながらラスネラガルを指さした。

 

「んー? あれは闇剣ですか――ガッカリですね。あの程度の小枝で私に挑むなど…… いや、むしろ私に対する侮辱ですらあります」


「あたしがはーちゃんを扱っちゃうとさ、この洞窟も一瞬で崩壊しちゃうからお願いしてもいい?」


「構いませんよ」


 はーちゃんはセリーヌの手から勝手に離れて宙に浮いている。本人の意思で動くことが可能なようで空中を飛ぶこともできる様だ。

 

 ボスの様な佇まいでラスネラガルの前にゆっくりと移動する。ラスネラガルもはーちゃんの持つ独特な雰囲気に本気の構えを取っている。

 

「あ、ごめん。一つ言い忘れてたんだけど、ディックもこの洞窟にいるからバレない様にアイツを仕留めて貰えるかな?」


我が主マイマスター…… 聞き忘れてましたが、いい加減ディックさんはもう堕としてメロメロにしたんですよね? あれからどうなったのか進捗確認させてください」


 セリーヌは先ほどの魔王的表情から一転して恋する乙女の様に真っ赤な顔をしてアタフタしている。

 

「え、えーっと…… ま、まだです。あの三人が邪魔さえしなければ、そろそろいい雰囲気には持っていけると思ってるんだけど……」


「はぁー、まだそんな事言ってるんです? 一年前と全然変わってないですね。我が主マイマスターはいい体つきしてるんですから夜這いでもしてモノにしちゃえばいいんですよ」


「よ、よ、夜這い!! ダ、ダメだよ。ディックにはあたしの事を好きって言わせてからって決めてるから……」

 

「えー! 私はお二人を見ててやきもきするんで「イイ加減ニシロ」」


 ラスネラガルははーちゃんと戦うかと思いきや唐突な恋バナが始まってしまったせいか苛立っていた。

 

 逆にセリーヌとはーちゃんは恋バナを邪魔されたせいか揃って「「あ”?」」とラスネラガルに苛立っていた。

 

「私と我が主マイマスターの恋バナを邪魔する愚か者はウマに蹴られて――いえ、私に切り裂かれて死ねばいいんです」

 

 はーちゃんとゴブリン族の勇者ラスネラガルの戦いが今始まる!

 

 


 ディックは知らない。すぐ近くで自分の恋バナを展開している一人と一本の乙女がいること。

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