第8話 ディック危機一髪!
ディックの目の前で突然『あぎゃっ!』と潰れた爬虫類の断末魔に似た声を上げて倒れたロクサーヌ。
ディックはロクサーヌの攻めにどうしていいのか分からなかったため、目を閉じていたが寄りかかっていたロクサーヌが倒れた事に気付いた。
「あ、あれ? ロクサーヌさん? ど、どうしたんですか? しっかりして下さい」
慌ててロクサーヌを起こそうと、膝枕の体制を取ってロクサーヌの頬っぺたを『ペチペチ』と叩くディックには一抹の不安があった。
(もしこんな場面四人に見られでもしたらどうしよう…… 未婚の女性に触れる事は世界の真実に触れるのと同等の禁忌だと散々言われてるのに――でも今は緊急事態だからきっと許してくれるよね)
どんな理由、事情があったとしてもディックの事はともかくロクサーヌの事を許すはずがないのがこの世界の勇者パーティーなのである。
そしてロクサーヌの断末魔に加えてディックのロクサーヌへの呼び掛けの音量もそこそこあった為、この洞窟内にいる別の生物がその反響した音に気付かないはずがなかった。
そう、洞窟の主『ゴブリン』である。
ディックは呼び掛ける事に必死になり、物置に近づいてくる足音に全く気付いていなかったのである。
そして、扉は開かれる。
扉を強引に叩いて開いたような音にディックは『ビクッ』と反応して音の方に顔を向けると、そこには多数のゴブリンが立っていた。
「そ、そんな。このタイミングで……」
ゴブリンはディック達を見るやいなや、嬉しそうにニンマリして男性の象徴たる三本目の足がぐんぐん伸びているのがわかる。それはディックを孕み袋と見ているからに他ならない。
ディックはその様子を見て生理的嫌悪しているのか、顔を青ざめて「ヤッ、ヤダッ」とやっぱり生まれた性別を間違えたんじゃないの? という程の艶めかしい声を出して震えていた。
しかし、それも一瞬の事でロクサーヌが自分の太ももで寝ている事を思い出し、ロクサーヌを起こさない様に頭をゆっくりと地面に置いてディックが前に立った。
これは四人から散々「男子たるもの女子を守るべし」と教えを受けて来たからに他ならない。のはずが、冒険者になってからは立場が逆転してる事に誰も気にしていないのは言うまでもない。
多数のゴブリンの前に震えながらも立ち上がったディック。
無事にロクサーヌの命と自分の貞操を守る事ができるのか!?
~ ロクサーヌが倒れた直後の宿屋内に戻る ~
そこで四人がモニターで目にしたものとは――倒れたロクサーヌを介抱しようとディックの膝枕で眠っているロクサーヌという四人からしたら度し難い光景だった。
四人は絶句していた。
何故ならディック自らロクサーヌを介抱するというシーンを目撃してしまったからだ。
確かに『女性には優しくすべき』という教育をディックに散々教えてきたが、何も自分達が見ている前で自分達以外の女にその成果を発揮する所を見るなんて夢にも思っていなかったであろう。
そして、四人は同時に同じことを考えていた。『何故そこにいるのが自分ではないのか』と……
だが、その考えは即座に終了せざるを得なくなる。
モニターの範囲外から下卑た声がスピーカーを通じて入ってくる。
「マリー、先程のリシェルの笑い声の数倍汚くした声の主を移してくれ」
死神リシェルは既に鳴りを潜めたため、散々ビビらせてくれた御礼と言わんばかりにアリスの子供じみたお返しなのであった。
尚、リシェルは笑顔でこめかみに青筋を立てて『このポンコツ後でブッコロ』と考えているのは言うまでもない。
マリーがモニターを指定の場所を移すと、そこに移っていたのはどう見てもディックに欲情している多数のゴブリン達の姿。
「ほう、ディックに欲情するそのセンスの良さだけは認めてやるが、ディックの貞操を散らそうものならば、その前に貴様らの命を散らす事になる」
これだけは使いたくなかったが――もはや発動もやむを得まい。アリスが急速に魔力のチャージを始める。
アリスが勇者だと言われる所以。それは世界でただ一人アリスのみが使用可能な究極広域生体破壊魔法である
《
アリスとディック以外のありとあらゆる生命体――そう、人間を始めとした知的生命体のみならず全ての植物、動物等をこの世界から根絶してしまい、輪廻転生すら許さない為に代償はあまりに大きい。
これならばアリスとディックが何時か死んで生まれ変わっても、何度でも出会えると考えているようだが、先の事や周りの事は一切お構いなしの魔法であるため、危険度は高い。
ぶっちゃけ荒廃した世界になってしまうため餓死待ったなしである。
ところがどっこい、単細胞生物アリスの考えなどお見通しなマリーさんは既に対アリス用カウンター魔法を開発済みだったのだ。
「アリス! アンタ、それを使うのだけは止めなさい。全く仕方ないわね」
マリーも対抗して魔力をチャージする。
それは――
《
この世界の理をマリーの思い通り――自由自在に改変できる魔法。マリーから言わせればアリスの魔法は所詮ただの幼稚な攻撃魔法でしかないため、その結果すら簡単に覆してしまう魔法。
本人は使う気はないのだが、いつアリスからメンヘラが『こんにちわ』するかわからないため、発動トリガーをアリスの究極広域生体破壊魔法発動時に設定している。
ディックがゴブリンと格闘中(?)に二人も世界を超個人的な理由で巻き込む戦いを行おうとしていたのである。
宿屋が二人の魔力で地震でも発生したかのように震えだすと、下の階からどたどた愉快な足音を立てて上がって来た人物が部屋に飛び込んできた。
「アンタ等、さっきから何やってんだい! こんな狭い宿屋で散々どでかい魔力溜め込みやがって、ウチをぶっ壊す気かい!」
入って来たのは宿屋のおかみだった。おかみはアリスとマリーを睨みつけながら顔の前で人差し指と中指を立てて呪文を唱えていた。
《
「「なっ!!」」
宿屋のおかみの結界発動によりアリスとマリーの魔法はかき消されてしまった。
「『なっ!』じゃないわ。何ウチの宿の中で物騒な魔法唱えようとしてるんだい」
おかみはマリーとアリスに拳骨を食らわせていた。二人は頭を押さえながら悶絶していたが、よろよろと立ち上がると事情を説明した。
「――という訳でディックのピンチなんです」
「そもそもディックを鍛え上げる為の追放劇だったんだろ? こんなことで介入してたら何時まで経っても強くなれないだろ」
「そうなんですけど、思ったよりゴブリンの数が多くてですね…… ディック一人だけではどうしようもない事態なんです」
おかみが見ていたモニターに映し出されたのは、ディックが必死にゴブリンをロクサーヌに近づけまいと応戦している中の光景だった。
「ふむ、たしかにディック一人の手には余るね。セリーヌ、あんたちょっとゴブリン洞窟までササっと行って数を減らしてきな」
「い、今からですか? 間に合うかな……?」
おかみは「大丈夫」というとセリーヌの肩に手を乗せて《
「アンタは元々足が速いだろ、これですぐ着くよ」
セリーヌはおかみの身体強化を受けて、窓から飛び出していった。三人が窓に振り返った瞬間、もうセリーヌの姿は見えなくなっていた。
ディックは知らない。ディックを救うために宿屋内で世界を幾度となく終わらせることの出来る魔法合戦の応酬が行われていたことを。
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