第7話 その時勇者パーティが目にしたものは?

 女神がいなくなってからというもの、アリスの勢いはまさに圧倒的。

 

 つい数分前まで機械オンチだったとは思えない程の操作っぷり。

 

 マニュアルを読み込まなくても超高性能小型追跡機の起動が行えるようになり、操作も何度か試しただけでゴブリン洞窟まで飛ばせるくらいには成長している。

 

 本人はとても嬉しそうにしているが、先程の失態を三人は忘れておらずジト目でアリスを見つめていた。

 

「き、君たち…… いい加減に機嫌を直してくれないかな? 確かに願いの内容を誤ってしまった事は認めるが、もしかしたら今後もこの技能を生かす機会が来るかもしれないだろ?」


「生かす機会――それってまたディックがそういった目に会うかもしれないって事でしょ? こんな技能生かす機会なんて来ない方がいいのよ」


「アリスの言う事は一理ありますよ。二年もあるのに早速ディックがこんな目に会ってるじゃないですか。これからもドンドン起こりえますよ。そんな気がするんです」


 リシェルの『そんな気がする』は大体――いや、ほぼ当たる。

 

 特に自分たちが嫌だと思う事程良く当たるので、三人からは『死神リシェル』と呼ばれていたりするが、本人に直接言うと神官なのに死神扱いは流石に可哀想なのと呪われそうだしなので心の中だけに留めておく辺り、思いやりの心を持ち合わせていると本人達は思っているようだ。

 

「ヨシッ、行くぞ!」


 アリスの自信満々の叫びに部屋の窓を飛び出していったアリスが操作する超高性能小型追跡機。

 

 アリスは失態を無事に回避することができるのか!?

 

 ディックの貞操の危機を救う事が出来るのか?

 

 

~ アリスが超高性能小型追跡機を飛ばした後のゴブリン洞窟内(物置) ~



 ロクサーヌはディックの頬に手を添えていた。ディックの肌の感触を確かめているロクサーヌ。

 

「ねえ、ディック君。間近で見ると本当に可愛いっすねえ。女の子と間違えられたりしませんか? しかも――うわっ、肌が凄いキメ細やかだし、シミも一切ない。傍から見たら男にしておくには勿体ない逸材っすけど、今のウチからしたら男で良かったーって心底思うんすよね」


 とっくに超高性能小型追跡機から発せられるアラート通知条件である半径一メートル以内には入って入るのだが、電波が全く通っていない故に勇者パーティにはディックの危機がまるで伝わっていないのだ。

 

「ダッ、ダメですよぉ。お嫁さんになる人以外は触らせちゃダメって四人に言われてるんですぅ」


 ディックは赤面して呼吸を荒くしながらもなんとかロクサーヌに思いとどまらせようとするが、ロクサーヌにはそんなものお構いなしである。

 

「それはおかしいっすねえ。だってあの四人とは結婚してないのにディック君と毎日イチャコラしてるじゃないっすか」


「イチャコラ? が何かはよく分かりませんけど、みんなが言うのには『私達は家族枠だからセーフ』って言ってましたあ」


(どんなローカルルール展開してんすか、あの人らは…… ご都合主義にも程があるんすけどねえ。でも今のではっきりしたっす。ディック君の性知識の乏しさはあの四人達が情報規制していたからに他ならない。とんでもない害悪っすね。年頃の男の子であれば女の子の身体に興味津津であるべき――いや、そうでなければいけないのに)


 ならば今こそ自分がディックに異性の良さを教えなければならない。ロクサーヌに新たな使命感が湧き上がる。


 ロクサーヌはディックの首筋に顔を近づけて鼻尖を当てる。

 

「ひあぅっ!ハァ…… ハァ……」


 ディックは家族枠以外の女性と密着するのは生まれて初めてだったため、どうしていいかわからない。女性に暴力を奮ってはいけないと育てられているため、突き飛ばす事も出来ない。只々されるがままである。


(ヤッバ、めっちゃいい匂いする。ディック君の匂いを初めて嗅いだけど、そういうことだったんすね。マリーさんがしょっちゅうディック君の匂い嗅ぎまくってるから匂いフェチのド変態かと思ったけど――なるほど、これは納得っす)


「ごめんなさい、ディック君。ウチもう本当に我慢できないっす」


 ディックの匂いにやられたのか、我慢も出来ないロクサーヌはディックの首筋を舐めようとした

 

 

 その時!

 

 

~ 再び宿屋のお部屋内 ~



「アリス、まだなの?」


「すまない、もう少しなんだが……」

 

 マリーがアリスを急かすが、いくら急かそうとも超高性能小型追跡機にも限界がある。操作をマスターしたとは言えども、限界以上の性能は流石に出す事は出来ない。

 

 アリスとて歯がゆい気持ちにはなっているのだ。自分が先ほどまで足手まといでようやく操作ができるようになったいってもディックの危機が去った訳ではない。

 

 じれったい気持ちを抑えつつ、ようやく目的地が見えて来た。

 

「見えたぞ、マリー。こちらのモニターにゴブリン洞窟が映し出された」


「わかったわ。こちらも準備が整ったから各超高性能小型追跡機に追加モジュールを転送するわ」


 マリーは三人が操作する超高性能小型追跡機には今まで搭載されていなかった機能である電波中継器の役割を果たす為の追加用モジュールを転送後、有効化するための手順一式を三人に送っていた。

 

「アリスの馬鹿でも理解できるように丁寧に作ったつもりだから、リシェルとセリーヌは問題ないと思うわ」


「き、基準が酷いと思うんだが、マリー……」

 

 ぶつくさ言いながらマリーが用意してくれた手順書を見ながら各自作業を進めていくがアリスは超高性能小型追跡機の操作以外は変わらずポンコツだったため、マリーの手順書も理解出来ていなかった。

 

 その間にリシェルとセリーヌは作業を終わらせて超高性能小型追跡機を指定先の配置にも着かせた。

 

「マリー、すまないがコンソールの起動ってどうするんだい?」


「はぁ? 書いてあるでしょ、手順の最初の所を読んでないの? 飛ばして読んでない?」


 どうやらマリーの指摘が合っているようで、アリスは順序通りに手順書を読んでいなかった。いや、読めていなかった。

 

 女神への願いの内容は『知能指数を上げる事』にした方が良かったんじゃないかと思う三人であった。

 

 マリーの手助けもあり、ようやくアリスの方も作業が終わった所でモジュールの有効化を行った。

 

 最後の超高性能小型追跡機が中継器の役割を果たしてようやくディックを追跡している超高性能小型追跡機まで電波が通じる様になった……

 

 その時!

 

 ディックの超高性能小型追跡機からけたたましいビープ音が発生され、部屋の中に鳴り響いた。

 

 その音量たるや、鼓膜に異常が見つかるかもしれない程のボリュームでマリー曰く『設定ミスった』という事なのだから三人からしたらいい迷惑である。

 

 そしてそのビープ音の意味を理解していた四人。マリーが操作していた超高性能小型追跡機から送られてくる映像が回復した様でモニターに映し出されたその光景とは……

 

 今まさにロクサーヌがディックに抱き着いて首筋を舐めようとしていた瞬間だったのだ!

 

 アリスの さついのボルテージが あがっていく!

 セリーヌの さついのボルテージが あがっていく!

 リシェルの さついのボルテージが あがっていく!

 マリーの さついのボルテージが あがっていく!

 

 四人共、眼のサイズが通常の倍くらいに大きく見開き血走った状態でモニターに釘付けになっていた。

 

「コロス」「コロスシカナイ」「イマスグコロス」とアリス、セリーヌ、マリーの三人の意見が一致した瞬間だったが、三人とは別に無言でマリーの端末に近寄ってコンソールを開き、スタン用のコマンドを冷静に叩いた人物がいた。

 

 その名は『リシェル』

 

 リシェルの 10まんボルト!

 

 こうかは ばつぐんだ!

 

 あいての ロクサーヌは たおれた!

 

 その瞬間モニターの向こう側で『あぎゃっ!』と声が聞こえた瞬間ロクサーヌが倒れていたのだ。

 

「クッ、ククク…… クヒヒ…… ウヒヒヒヒヒヒ…… ケヒャヒャヒャ…… アーハハハハハハハハーハハハハハハハハハ」


 部屋中に響く不気味な笑い声。三人は夜に聞いたら絶対に眠れなくなるようなリシェルの声で我に返り、引きつった表情でリシェルを見ていた。

 

 当のリシェルはというと…… 突然菩薩の様な微笑みで三人に諭すように待ったをかける。

 

「ダメですよ、まだ殺しては。ディックに手を出した以上相応の神罰が必要になります。そうですね――まあ千回生まれ変わっても私達とエンカウントする度に自ら死を懇願したくなる程の恐怖と絶望を味わわせる事は最低条件でしょうね」


 『死神リシェル』が顔を出している。暴走癖のあるアリスですらこの状態のリシェルには口を出したくない程の底知れぬ恐怖を感じてしまう。

 

 リシェルの場合、神の罰を与えるというより地獄に連れていくという方がしっくりくるんじゃないの? という突っ込みをしようものなら、きっとロクサーヌと一緒にお仕置きをされてしまいそうなので、黙っておくことにする三人だった。

 

 

 

 ディックは知らない。突然倒れたロクサーヌは死神の不評を買ってしまったからに他ならないという事を。

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