第6話 アリス危機一髪!
~ ディックがゴブリン洞窟に向かっている最中の宿屋内 ~
「「「「こっ、これは!」」」」
ディックが一人で『えいえいおー』等と不思議ちゃんな挙動をしている所をつい目撃してしまった四人
「「「「と、尊みが過ぎる」」」」
「マリーは後で今のシーンだけ切り抜いて別動画として共有ストレージに保存しておいてくれ」
「リシェルはあの尊過ぎるポーズの部分だけ抜き出してスクショした画像を元にアルバム化してくれ」
「アリスは…… 大人しくしててくれ」
唐突なリーダーシップを取り始めるセリーヌ達に悲劇が起きるのはまさにこれからであった。
それはあの四人にとっての天敵――いや、忌むべき存在、呪っても呪っても呪い足りないとも言うべきあの撒いても撒いてもどこまでも追ってくる追跡魔、もはやディックのストー〇ーと言っても過言ではない女の声に脊髄反射した。
「ディックくーん、待ってくださいっすー」
超高性能小型追跡機のスピーカーから四人が耳にしたディックを呼ぶ生クリームに角砂糖一万個ぶち込んだが如くの甘々しい声の主――ロクサーヌ
「あのメスガキ! まさかまさかとは思っていたけど、私達が別行動している事に速攻で気付いてんじゃないわよ!」
「ヤバイ、あいつディックと一緒にゴブリン洞窟に向かおうとしてる。穴場スポットであることを知ってたというの?」
「マ、マズイですよ。私もいつかディックとゴブリン洞窟をデートに使う予定だったのに!」
マリーがブチギレている中、焦り過ぎたセリーヌとリシェルはゴブリン洞窟を利用する気満々であった事を声に出してつい暴露してしまう。
「ほう、セリーヌとリシェルとは後でじっくりと話し合う必要がありそうだね」
そんな中でも冷静に仲間の声を聞いて自分ですら知らなかった穴場の情報をひた隠していた二人にお仕置きする気満々のアリス。
セリーヌとリシェルは『しまった』とついポロリしてしまった事を後悔するも時すでに遅し。
その直後の事であった――超高性能小型追跡機のモニターにノイズが走り出す。スピーカーから発する声も音割れがどんどん酷くなっている。
「ヤバイ、洞窟の中に入っていったから回線が細くなって向こうのデータを拾いきれない」
マリーが焦りだす。このままでは洞窟内部で行われるかもしれない最悪の事態に対処しきれない。
必死に対応策を考えるマリー。残りの三人は魔道具には明るく無い為、マリーの閃きに期待することしかできないポンコツ。
『ハッ!』と閃いたマリーは現在追跡させている魔道具と同系統のモデルを三機バッグから取り出す。
それと付属のマニュアルも三人に渡してマリーが説明を始める。
「あんたたちは今から渡した追跡機をマニュアル操作してゴブリン洞窟まで飛ばすの。アンタ達が操作する追跡機を電波の中継器とする仕組みを設定してディックに付けている追跡機に電波を送る必要があるんだけど、そもそも機能がないからソースコードを一から起こして書き上げてからモジュール化して追跡機に組み込む必要があるの。私は今からそれをやらなきゃいけないからアンタ達に構ってあげられる時間がない。自分たちでなんとか頑張りなさい」
オタ特有の早口言葉に三人の顔が青ざめる。マリーの発言の意味の大半は理解できていないが、自身がやるべき事はなんとなく分かった。セリーヌとリシェルだけは……しかしアリスは宇宙語で突如話しかけられたかのように挙動不審になっていた。
特にアリスは魔道具が苦手――所謂機械オンチなのだ。
アリスがマニュアルと追跡機を交互に見ながら『え?え?え?』と言ってる間にセリーヌとリシェルは追跡機を起動してマニュアルを見ながら操作を必死に覚えている。
刻一刻とディックへの危険が迫っている中(予想だがほぼ確定)、アリスは未だに追跡機の起動すらおぼつかない。
マリーは空中に魔導キーボードを展開して『カチャカチャカチャ……、ッターン!』をひたすら繰り返している。
未だにアリスは混乱している。キョロキョロしながら三人の動向を伺っているが、セリーヌとリシェルも追跡機の操作に慣れて来たのか部屋の中を縦横無尽に飛ばせるようになっていた。
自分だけが何もできていない事に焦り、全身から震えと汗が止まらなくなっていた。その目には涙すら浮かべていた。
セリーヌとリシェルは完全に慣れたのか、部屋の窓を開けてゴブリン洞窟に向けて追跡機を放った。それぞれモニターも出力できるし、キーボードも出力させる程慣れてきている。
しかし、現実は非常である。アリスは何も進んでいるように見えない。
その様子を横目で見ていたマリーはアリスに冷静に告げる。
「アリス、このままだとディックの貞操は私でもなくセリーヌでもなく、リシェルでもなく…… もちろんアリスでもない。横から突然湧いて出て来たロクサーヌに奪われるのよ? ディックが汚されるのよ? 純真無垢なディックが女慣れしてしまうのよ? 『やっぱりロクサーヌさん以外じゃ満足できないなあ』とか言われてもいいの?」
マリーの死刑宣告とも言えるありえる現実の未来にアリスは顔を真っ青にして歯をガチガチ鳴らしながら震えている。
アリスは死人の様な顔色で震えているが…… それでもギリギリで声を絞り出す。
「ヤダ…… ヤダヤダヤダ! ディックは僕だけのものなんだ! 僕だけを見て欲しいよ! 僕だけに溺れて欲しい! 僕だけを愛してほしい! 僕以外の女の名前を口にして欲しくない! 僕以外の女に触れてほしくない! 僕以外の女に汚されるなんて絶対嫌だ! 僕以外にディックの種で孕む女がいる世界なんて絶対に嫌だ! ロクサーヌどころか大切な幼馴染である君たち三人を始末してでもディックを手に入れるのは僕なんだあああああああああああああああ」
アリスが世界に決意表明したその時! アリスの身体から光が迸る。その光の上空にはまるで女神の様な女性が佇んでいた。
三人はアリスの聞き捨てならないセリフを聞いてこめかみに青筋を立てるものの、『まあ、いつでもこんなポンコツ始末できるやろ』と思い、アリスの発言を保留してアリスから出現したと思われる女性に注目していた。
女性はアリスに向かって告げる。
『勇者よ、汝の想いは我に、世界に確かに届いた。故に願いを叶えよう。一つだけ申すがよい』
アリスはその悲痛の想いを口にする。
「お願いします。僕に…… 僕に超高性能小型追跡機の使い方が理解できるようにして欲しい」
「「「ちげええええええええええだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
三人の強烈な突っ込みにアリスは『え?違うの?』とまるで理解を示していない。
「他にあんでしょーが! ディックひとりだけ街に転移させれば貞操の危機はなくなるでしょうが!」
大人しいはずのリシェルの怒涛の突っ込みにアリスは『ハッ!』とするが、これもまた時すでに遅し。アリスは『ちょっ!まっ!』と言いつつも、もはやその願いは届かない。
女性は『願いは叶えてやった。さらばだ』と光と共に消え去ってしまった。
アリスは先程まであった悲痛な表情とは打って変わって今はとても清々しい表情をしている。
何事もなかったかのように『さあ、挽回しようか』と三人に満面の笑みで答えるが…… 三人は『死ね!ポンコツが!』とアリスの不甲斐なさを懇切丁寧に指摘していた。
ディックは知らない。世界の命運を変える女神を相手に一人のポンコツが全てを台無しにしたせいで三人の苦労人がいることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます