第5話 ディックに魔の手が忍び寄る……んのまっき

~ ゴブリンの洞窟に向かう途中 ~


「よーし、頑張るぞー」


 ディックが一人でえいえいおーをしていると、後方から猛ダッシュしてくる一人の少女がいた。

 

「ディックくーん、待ってくださいっすー」


 ディックがその声に気付き、振り返るとギルドで別れたはずのロクサーヌが走ってきていたのだ。

 

 ディックの近くまで辿りつき、肩で息を切らすロクサーヌは落ち着いてから口を開いた。

 

「ディック君、一人じゃ危険っす。やっぱり一緒に行きましょう」


「それは嬉しいんですけど、僕は早く強くなりたいんです」


「強くなりたいのは分かりましたけど、ソロに慣れていないディック君が多数のゴブリンと戦ったら、あっさり囲まれて痛い目に合いますよ?」


 そうだ、村を出てからずっと五人だったから一人で戦った経験がないんだ……

 

 ディックは如何に今まで四人にお世話されていたかをこれでもかというほど痛感している。

 

 ディックは少々悩んだ結果、ロクサーヌとペアでゴブリン退治することを決意する。

 

「わかりました。ロクサーヌさん、よろしくお願いします」


 その言葉を聞いたロクサーヌは口角を上げて『これはあの四人にもう勝ったも同然』かの様な表情をしていた。

 

「じゃあ、ウチがゴブリンの住処を下調べしておいたんで案内するっす」


「ありがとうございます。ロクサーヌさん」


 そしてディックたちはゴブリン洞窟内にたどり着いた。

 

「こ、この洞窟の奥にゴブリン達がいるんですよね……?」


 ディックは心なしか汗を掻いているようだ。

 

 勇者パーティ以外と行動するのは初めてだから緊張しているようだ。

 

 ロクサーヌはディックが緊張している表情を見て興奮しているのか舌なめずりしている。

 

「怖かったらウチにいつでも抱き着いて来ていいっすからねー」


「た、戦いに来てるのにそ、そんな破廉恥な事できませんよぉ」


 ゴブリン洞窟の奥まで行けば見ている者もいないし、叫んでも声も届かない事をロクサーヌは知っていた。

 

 洞窟の奥底でディックの心を手に入れる前に身を手に入れる気満々だった。

 

 あの四人さえいなければどうにでもなると考えていたのだ。

 

 実際ロクサーヌはディックの同年代とは思えない程凹凸の激しいボディラインをしてる上に愛嬌があり、コミュ力おばけで『~っす』を口癖とする後輩感を露骨に出してくる冒険者の間ではかなり人気が高い女性であったのだ。

 

 だが悲しいかな、ロクサーヌの好みは肉厚の暑苦しい男どもでは無くディックの様なヒョロイ草食動物なのだ。

 

 そしてロクサーヌは知らない。いや、ディックすら知らないのだ。

 

 超高性能小型追跡型魔道具が二人を監視していた事を……。

 

 そんな二人は監視の事を知らずに洞窟内を進んでいく。

 

 途中で二手に分かれている道を見つけるとロクサーヌは得意げに『こっちっす。間違いないっす』と方向を指示した。

 

 洞窟内は薄暗く、ほんのり蝋燭の明かりで照らされている程度の為、ディックは方向感が分かっていなくなり、ロクサーヌに従うしかなかった。

 

「ロクサーヌさん、待ってくださぁい」


 ディックが自分に従っている。いや、従う事しかできないという事実がロクサーヌを最高に興奮させていた!

 

(ディック君は今ウチの言う事ならなんでも聞いている…… ならチャンスはここしかないっす! 下調べしておいてよかったっす)


 ロクサーヌは半笑いで傍目から見たらとてもだらしない口元をしているが、ディックはロクサーヌの後ろにいる為に気付かれていなかった。

 

 少し先に進むと扉が見えている。素材は木で出来ており、作りはとても雑だ。

 

「ロクサーヌさん、この扉の先には何があるんでしょう?」


「ここは物置っぽいんっすよね。もしかしたらお宝あるかもしれないんで入ってみましょう」


「で、では僕から入りますね」


 ディックはゴクリを唾を飲み込むとキィと静かな音を立てる扉をゆっくり開いた。

 

 ディックが少しずつ中を覗き込むとゴブリンはいなかった。木箱が置かれているようでロクサーヌが言う様にやはり物置と思われる。

 

 敵がいない事の安堵からかディックがゆっくりと息を吐くと、ロクサーヌは突然ドアを閉めた。

 

「えっ? ロクサーヌさん? どうして急に閉めるんですか?」


 ロクサーヌが頬を赤く染めて『フフッ』とニンマリ顔をしている。

 

「もしかしてディック君ってゴブリンに見られながらするのが好きなんすか? 案外ハードコアなのがお好きなんすねえ」


「見られる? ハードコア? な、何の話ですか?」


 状況がまるで掴めていないディックは困惑している。アタフタしている。

 

 ゆっくりとディックに近づくロクサーヌ。

 

 そんなロクサーヌに若干恐怖を感じて後ずさりするディック。

 

 やがてディックは壁際に追い込まれていた。

 

「え? ちょっ…… ロクサーヌさん? なんか顔つきがちょっと怖いんですけど? 僕何かしましたか?」


 壁際に追い込んだロクサーヌは逃がさないとばかりに壁ドンでディックの逃げ道を無くす!

 

「するのは今からっす…… 大丈夫、すぐには終わらせませんけど…… ディック君は…… 天井のシミの数でも数えておきます? うーん、でも声も聞きたいんすよねえ。なっさけないオスの泣き声とか……ね」


 などと欲望全開で脳みその内容をフルオープンで口にしている。

 

 

 ディックは知らない。四人以外の女性に触れることは禁忌であると教えられてきた偏った性知識の持ち主であることを…… 四人の保健教師がいることを。

 

 ディックは知らない。いや、ロクサーヌも知らない。半径一メートル以内に入ると四人の仕置き執行人に通知が逝くことを。

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