第9話 セリーヌ①
セリーヌはおかみの身体強化もあり、早々にゴブリン洞窟に着いてしまった。
躊躇う事もなく一気にゴブリン洞窟内部を突っ走るセリーヌの目の前には二手に別れる分岐があった。
セリーヌはポケットからケースの様な物を取り出し蓋を開けるとそこに入っていたのは――ディックの体毛だった。
セリーヌの趣味はディックから落ちた抜け毛を瞬時に見抜き、本人にバレる前に収集する特殊スキルを持っていたのだ。
そして極めつけは体毛の部位すらも見抜く事が可能で保管時も部位毎に分けられているというこだわりの徹底ぶり。
そしてその体毛の匂いを嗅ぐ事でディックの現在位置まで判別可能なセリーヌならではの専用スキルなのである。
その名も――
《
そのスキルでセリーヌは既にディックの位置を補足済みであり、道中に見かけたゴブリンを素手で蹴散らしていく。
その際は思い切り壁に叩きつけたり、派手な音を出したりせずといったまるで暗殺者の様な動きでゴブリンの数を減らしていく。
ゴブリン達の注意は完全にディックに行っているため、後方などはまるで気にしていないからこそセリーヌが数を減らしてもまるで気付いていない。
ディックでも対応可能と思われる数まで減らした所で一度引き返し、二手に別れる箇所の逆の方に進む事にしたセリーヌ。
ゴブリン洞窟のはずなのに何か嫌な予感がするとセリーヌの直感が訴えている。
奥に進めば進むほどに嫌な予感が強くなってきている。間違いない…… この先に何かいる。
曲がりくねった道を進んでいくと徐々に明るくなっており、更に進んでいくと開けた場所に行きついた。
「何…… ここは?」
中央奥には祭壇の様な凝った意匠のデザインの壇が飾られている。そのど真ん中には像が立っているが見たことがない像だった。
ゴブリンが信仰でもしている人物の類だろうか? そもそもそんな知能がゴブリンにあったのかとセリーヌは少々驚きを隠せなかった。
そして像の前で祈りを捧げている影はローブを纏っているせいか顔や体格ははっきりしないが恐らくゴブリンだろう。
そしてそのローブを纏ったゴブリンの後方にローブは羽織っていない為、後ろからでもゴブリンとはっきりわかるが二十匹程同じように祈りを捧げている。
セリーヌは音を立てないように少しずつ近づいていくが、その時黒い影が突然現れてセリーヌを吹き飛ばして壁に直撃した。
「ヘェ、オモイキリ蹴リ飛バシタケド、ソノ程度ノ損傷トハヤルナ」
壁には吹き飛ばされたものの、攻撃は直前でガードしていた為、相手の想定よりもダメージは少なかった。
「いたたた、あたしがゴブリンの動きを見失うとは思わなかったわ…… 何者かしら?」
「オレノ名前ハ『ラスネラガル』。ゴブリン族ノ勇者ダ」
セリーヌは正直驚いていた。ここまでの強さを持つゴブリンもさることながらまさか会話できる知能まで持っているとは思っていなかったからだ。
目の前にいるラスネラガルもそう、祈りを捧げているローブを着ている奴もそう、ゴブリンはただの低レベル冒険者に狩られるだけでの存在ではなないと結論付けて頭を即座に切り替えた。
一見頭が悪そうなセリーヌは戦いにおいて相手に対する判断及び切り替えがパーティの中で最も早いのだ。
よって目の前にゴブリンも『ただの喋るゴブリン』ではなく『自分達への脅威を十分に持つ知的生命体』として判断した。
「成程ね…… それで、そのゴブリンの勇者さんはこんな所で何をしてるのかな? 見た所随分と物騒な儀式をしてるみたいだけど」
「我ラノ神デアル邪神様ニ祈リヲ捧ゲテイルノダ」
「邪神? 君達って魔王の配下じゃないの? 崇拝対象を変えたりしてるの?」
「ゴブリンノ全テガ魔王ノ配下デハナイゾ。一枚岩デハナイトイウ事ダ」
まさかゴブリンの洞窟でこんな展開になるとは思っていなかったセリーヌは悩んでいた。
この世界は女神リルデムールの一神教だと思っていたが、邪神なる別の神という存在がいたなんて夢にも思っていなかったからだ。
それに魔物だからと言って魔王配下とも限らないという情報も重要であるため、さっさと宿屋に戻って情報の共有を行いたかったのだ。
しかし、パーティメンバーに相談しようにも全員宿屋にいる上に今すぐ戻ろうものなら間違いなくディックが殺されてしまう。
セリーヌの判断は……
「とりあえずここにいる全員ぶちのめしてから話をじっくり聞かせてもらおうかな」
「オモシロイ、ヤッテミロ」
セリーヌは腰にぶら下げていた剣を抜いて構える。両者が見合ってラスネラガルに切りかかるが、セリーヌの剣撃を受け止めラスネラガルも攻撃を仕掛けるといった形で交互に仕掛けていく。
両者の攻防はほぼ互角で致命打を与えられないまま切り結んでいく。一旦、お互い距離を取り直して再び構えなおす。
「オマエ強イナ、コンナ女初メダ。決メタゾ、お前ヲ俺専用ノ孕ミ袋ニシテヤル」
その発言を聞いたセリーヌは『ガッカリ』と言わんばかりにため息を漏らす。
「はぁー、ガッカリだね。普通のゴブリンとは違うみたいだから感性や価値観が異なるのかと思ったけど、その辺は普通のゴブリンのままだね」
「何ガ問題ナノダ? 俺は強インダゾ。人間の女ダッテ強い男ノ方ガ嬉シイダロ」
「相手に求めるものが強さってそんなに重要な事? まあ、そういう男が趣味って女の子もいるのは否定しないけどさ、私は自分で言うのもなんだけど人間の中でもかなり強い部類だから相手にそんなものは求めないんだよね」
「意味ガワカラナイ」
ゴブリンは常に戦いの中で生きていた種族。部族では強いものが正義になってしまうため、人間とは価値観が異なるようでセリーヌの言っている異性に求めるものをラスネラガルは意味を理解できないでいる。
「例えば家に帰って来た時に笑顔で出迎えてくれたりとか、一緒に手を繋いで買い物に出掛けたりとか、一緒に料理作ったりとかね…… うん、そういうのがあたしは好きなんだよね」
「スキ……? 全然ワカラナイ」
セリーヌの表情はもはやガッカリを通り越して可哀想という表情になっている。
「好きって感覚分からないの? すぐ隣にいてドキドキしたりとか一緒に遊んでバイバイする時に胸がキューっと締め付けるような感覚。この感覚が分からないなんて可哀想だね、あたしから言わせたら生きてる上で半分以上は損してるね」
ゴブリンは常に(以下略
「スキ? ソレ必要カ? 気ニ入ッタラ孕マセレバイイダケダロ」
口を開けばすぐに孕ませるという言葉を出してくるラスネラガルにセリーヌはうんざりしていた。
「君達流に言えばさ、そりゃ究極的には好きな男に孕ませてほしいんだけどね。でもそこに至るまでの過程っていうか、邪魔者が多くて苦難の道のりだけどさ…… それを乗り越えて手に入れたい男がいるんだよ。そう、あたしはディックに恋してるからさ」
ゴブリン(以下略
しかし、ラスネラガルにも今の話の中で『ディック』が男である事、セリーヌが自分ではなくディックしか見ていない事に苛立ちを覚えていた。
「ディック…… ダレダ?」
ディックの事を聞かれて一気に嬉しそうになるセリーヌ。セリーヌは頬を赤らめて昔を思い出していた。
「ふふん、それじゃ君たちに教えてあげよう。あたしとディックの出会いって奴を」
ディックは知らない。自分の知らない所で嬉しそうに自分の事をゴブリンに語りだす幼馴染がいることを。
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