第14話 マネージャー
注文し、届いたときには白い煙が漂っていたがもうコーヒーの煙は消え、熱々だったはずが冷めてしまっている。
家族連れや学生たちが大勢おり、騒がしいのこのファミレスで唯一静まり返った席。
そこに座るのは部屋着のようなラフな格好の少年と、キリッとしたスーツ姿の女性。少年はスーツ姿の女性か机に出した名刺を見て、氷のように固まっている。
「あ、あの……あなたが芽穂のマネージャーさんだっていうことは名刺を見てわかったんですけど、いきなりメールを送ってきて俺と二人っきりで話したいってどういうことですか? 俺、この場を芽穂にバレたら殺されると思うんですけど」
「あなたが芽穂の言っていた結婚相手で間違いないですか?」
マネージャーさんは真剣な眼差しで聞いてきた。
樹海人はいつになく真面目な雰囲気に息を呑む。
話を聞く感じ、芽穂はマネージャーさんに俺のことを喋っていたらしい。
なぜか、正面に座っている女性から俺に対して怒りの感情を向けられているように感じる。
「はい。そうですけど」
舐められるような態度を取ったら足元をすくわれると思い、胸を張って答えた。
「なるほど。先日あなたが芽穂と一緒に歩いていたところを尾行して、まさかとは思いましたがやはりそういうことだったんですね……」
まさかこの感じは……。
「もしかして芽穂が俺と付き合ってるっていうの、知らなかったんですか?」
「えぇ。あの子、自分の素の部分を見せようとしないから知らなかったわ」
俺はいらないことを言ってしまったのかもしれない。
……いや結婚したらいずれ明かされることなので、遅かれ早かれっていうやつなはずだ。
うん。
「それで、マネージャーさん。わざわざそんなことを確認するために俺のことを呼び出したわけではないですよね?」
「えぇそうね。私はあなたから芽穂を取り戻しにきたわ」
「……それは、どういうことですか? 芽穂は休みをとってるって言ってたんですけど」
「休みはとってるわ。私が言ってることは、あなたという男に溺れた芽穂を取り返しに来たってこと」
マネージャーさんはその容姿から想像できないドス黒い声を出し、俺のことを威圧してきた。
彼氏として怖気づかず食らいつく。
「芽穂はあなたが知る以前から俺に溺れてたんです。まるで俺が芽穂のことを奪った悪役のように言わないでください」
マネージャーさん視点から考えたら俺なんていきなり横槍を入れてきた悪役にそう違いはない、とも樹海人は思った。
こんな言葉では納得しないだろう思っていたが、マネージャーさんの威圧感は途端と消えた。
「たしかに今思えば芽穂は私が出会った時から変わってないわ……」
怒りが消え、話がついたと思っていたが――
「でも、話の腰を折るようなことを言って悪いのだけどあなたのことは認められない」
「どういうことですか?」
「いい? 彼女はインフルエンサーなの。売り出し方的に彼氏がいるとなったら大変なことになるわ。……この前の膝枕のネット記事がでただけでSNSのトレンド一位になったことを踏まえると、あなたの存在はこちら側からしてみれば不利益なのよ」
マネージャーさんの言っていることに一理あると理解できた。
だが樹海人は、芽穂のことを商売道具としてしか見ていないような言い方に腹がたった。
自分自身のことを落ち着かせるために冷えたコーヒーを口にする。
「それであなたは俺に別れてほしいってことですか?」
「いえ、別にそういうわけじゃないの。私たちも彼女の幸せを願っている……。だからなるべく、目立ったことはしてほしくないのよ」
なんだ。
このマネージャーさん、いい人じゃないか。
「わかりました。言われたことを心得て、今後芽穂と誠実なお付き合いをさせてもらきます」
「ふっ。私はただのマネージャーなのよ? そういうの、言う相手間違ってないかしら」
言われた通り、こういう類のことは芽穂のご両親に言うべきことだ。
なにか別の言葉で言い換えようかと思ったが、マネージャーさんが「そうね……」と神妙な顔立ちで喋り始めた。
「あなた、その様子じゃまだご両親には挨拶に行ってないようね」
「はい」
「ほら、彼女ってまだ未成年だから私も一度ご挨拶に行ったことがあるのよ。うぅ。思い出すだけで鳥肌が立っちゃうわ……」
マネージャーさんはよほど思い出すのが嫌なのか、自分のことを抱きしめている。
……小さい頃、芽穂のご両親とは何度か会ったことがあるがそんなに怖い印象はなかった。
だがこの人の反応を見ると、嫌な想像ばかりしてしまう。
「ま、ちょうど昼食時だから世間話も含めて食事でもしましょ。ここはお姉さんの奢りだからなんでも頼んいいわよ?」
奢りと聞いて喜びたいところだが、俺には家で待ってくれている可愛い彼女がいる。
「ごめんなさい。俺、家に帰らないと」
「……そう。残念だけど、今度芽穂と一緒にいるときにでも奢らせてもらうわ」
断ると、マネージャーさんはすっと席を立った。
のたが――
「っ!」
呑気にコーヒーを飲んもうとしていた俺に、先程までの優しそうな瞳とは異なり、冷徹な瞳が向けられた。
思わず手が止まる。
「私はマネージャーという立場だから、あなたのことを認めることはできない。でも、一人の女性としてあなたたちのことを応援しているわ」
マネージャーさんは最後に笑顔を見せ、ファミレスを後にした。
「怖すぎでしょ……」
奢るのは後日にすると言っていたが、ちゃっかり俺のコーヒー代が払われていたのは流石大人の女性と思うべきなのだろうか。
身の振り方を教えてもらったりして、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
小さい頃に疎遠になった幼馴染みが超人気インフルエンサーになって結婚指輪をもってきた でずな @Dezuna
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