第13話 いつまでも二人で



 ザァーザァー……と、規則的な波の音が聞こえる。普段嗅がない海特有の潮の匂いがする。

 二人は座る場所がなかったので少し砂がついた石の階段に腰を下ろし、海を眺めた。

 海と空がオレンジ色に染まっており、太陽が今にも沈んでいきそうだ。俺の隣に座っている芽穂もその光景に目が釘付けになっている。


「私、夕焼けの海を見るのすごい久しぶりかも」


「俺も実は久しぶりなんだよね。こんな場所、一人で来ようとして来るような場所じゃないからさ……。まだ太陽が沈む前に芽穂と来れてよかった」


「なんでこんなすごい場所知ってるの? ここ私達以外に誰もいないんだけど……」


「ま、ちゃんと調べたからね」


 俺がそう言うと芽穂が微笑んだ気がした。


「そっか。なら今度デート行くときは私が下調べしよっかな」


「芽穂かおすすめするデートスポット、すごい気になるんだけど」


「ふふ。楽しみにしてて?」


「…………なんかネットで『デート いい雰囲気になる場所』って感じで調べそう」


「ギクッ。樹海人ってば、私のことなんでもわかっちゃうんだね」


「わからないよ〜。わかってたら、多分今頃芽穂と結婚してるよ。……本当、ごめんね。約束を胸にこれまで頑張ってきてくれたのに、俺のワガママで果たせられなくて」


 落ち込んでいると、芽穂はぽてっと肩に頭を乗せてきた。


「別にいいんだよ。私は樹海人と一緒にいられるだけでも幸せだし。再会した時、「あなた誰?」って忘れ去られてたほうがヤバかったかも」


「ヤバかったとは?」


「ん〜? 生きる気力がなくなってたってことかなぁ〜……」


 芽穂の言葉に、いい言葉が浮かんで来なかった。

 俺のことをずっと好きでいてくれて、感謝しかない。 


 左腕を芽穂の体に回り込み、抱き寄せる。

 何も言えないけど、行動で俺の意志は示すことはできる。


「えへへ」


 言いたいことが伝わったのか、芽穂の顔がほころんだ。俺にしか見せないこの顔は俺だけの宝物だ。


「あ、もうすぐ太陽が沈みきっちゃう……」


「ほんとだ」


 もう太陽なんてほぼ見えない。

 芽穂と話していて気づかなったが周りは薄暗くなっていた。

 電灯がつくまでそう時間はかからないだろう。

 

「樹海人。私たちって、いつまでも二人でいられるかな?」


 一瞬、「結婚をしたいと言ってたのにその質問はどゆこと?」と聞き返そうとしたが芽穂の真剣な瞳を見てやめた。


 樹海人は一歩引いて考え答える。


「そりゃ喧嘩もすることだってあるから、断定的なことは言えないけど……。少なくとも今の俺は、芽穂とずぅ〜っとおじちゃんおばちゃんになっても一緒にいられると、そう思ってるよ」

 

「そっか。それならよかった」

  

 芽穂は安堵のため息を吐いた。


 今ので大体なんでこんなこと聞いてきたのか、その理由がわかった気がする。

 

 俺はいつも芽穂に『好き』という気持ちを伝えてもらっている。だから気づかなったが、芽穂は俺からの『好き』という気持ちが本当にあるのか? そう不安になったんだろう。


 悪いことをさせてしまった。


「芽穂。俺はいきなり付き合うことになったけど、芽穂のこと大好きだよ」


「う、うん」


「全世界の人を犠牲にして芽穂のことを助けるか、芽穂のことを犠牲にして全世界の人を助けるかっていう選択を迫られたら、俺は迷いなく芽穂のことを選ぶから」


「うん」


「芽穂がいないと、俺はだめだから」


「うん」


「本当に本当の本当に、心の底から大好きだからね」


「うん」


 いつもは照れたりしてくるのに、どこか淡白な返事だった。


「でも、言葉だけじゃどうとでも言えるよね?」


 まるで俺のことをからかうような目つきでそう言ってきて、何を求めているのかすぐわかった。


 いわゆる、恋人としてのスキンシップをしたいんだろう。

 たしかに芽穂の言い分はよくわかる。一度もそういうことを俺からしていないので、不安にさせてしまっていたのかもしれない。


「ねぇねぇ早くぅ〜」


 ただしてほしいだけなのでは?

 ま、何にせよこの場がずっと溜めてきた初めての場にふさわしい。

 

 樹海人は無言で近づく。

 芽穂もこれからなにをされるのか何もわからないわけではなかったため、口をその形にして構えた。


 顔と顔が交差し――

 

「えへへ。樹海人、大好き」


「知ってる」

 

 芽穂との初キスは味わったことのない、愛を体現したような味だった。

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