第9話 女友達と芽穂



「ど、ど、ど、どういうこと!?!?」


 部屋の中に入ってきた芽穂はまるで子鹿のように足をプルプルさせ、悲鳴のような声を上げながら尻餅をついた。


「あ、お邪魔してます」


「え!? んえ!?」


 何度も何度も俺の顔を見て、声をかけてた女性の顔を見てまるで幽霊を見てしまったかのような目で観察し始めた。



◆◇◆◇



「ふぅ〜。なるほどなるほど。ということは、あなたは樹海人の友達でたまたま私がいない間に家に訪ねたから部屋の中に上がった、と。そういうこと?」


「う、うん。そうだけど……」


 芽穂は持っているガラスのコップを割るような勢いで強く握り、俺のことを笑顔で睨んできた。


 なんでこんな反応になっているのか、さすがの俺も忘れていない。


「今回のは仕方なくない? だってほら、友達を家の外で待たせてたら不審者だと思われちゃうじゃん」


「ルールはルール! 家の中に入れるのなら連絡の一つでもくれればよかったじゃん!」


「ゔっ。おっしゃるとおりです」


 たしかに今回は芽穂に連絡もせず、女友達とはいえ家の中で異性と二人っきりになってしまった俺が悪い。


「じゃあルールの罰はちゃんと後日受けてもらうからね」


「はい……。ごめんなさい……」


「絶対だからね!」


 俺に何度も念を押してきた芽穂は、今度は机を挟んで正面にいる俺の女友達である西条凛さいじょうりんに目を向けた。


 凛はニコっと微笑む。 


「名前、なんていうんですか?」


「西条凛です。樹海人くんとはいつだったかな……中学生の時に知り合ったかな?」


「ふぅ〜ん。中学生ね。まぁ私はもっと小さい頃から知り合いなんだけどねっ!」


 胸をぐいっと張ってどこか誇らしげな顔だ。


 凛には彼氏がいるので、絶対俺のことなんて狙ってないけど……。勘違いして張り合ってる芽穂が少し面白いので様子を見ることにする。


「あっ! もしかして、あなた……いや、うん間違いない。最近学校に転入してきたって噂のめめちゃん?」


「ふふっ。そう! 私があの有名なめめちゃんっ!」

  

 立ち上がり両手を腰に当て、明らかに上から目線で凛のことを見下ろしている。


 普通ならこんな態度を取られ不快に思うかもしれないが、こと凛に限っては――、


「すごいすごい! 私、ずっとめめちゃんのこと大好きで色んな動画を見てて……あっ! いつも出演してるテレビ番組は3周してます! 握手してください!」


「あ、もちろんっ!」


「きゃ〜!! めめちゃんのおててもちもちできゃわいいぃ〜」


 めめちゃんのガチオタなのだ。


 誰が何を言おうとめめちゃん。

 この前凛の彼氏からめめちゃん好きで自分に全然振り向いてくれない、と俺に悩みを打ち明けてきたほどに一途なオタクだ。


「って、そんな姑息な手に乗るかぁ!!」

  

 芽穂は嬉しそうに手をニギニギしていた凛の手を振り払い、声を荒らげた。


 これは……もしや、この迫力を演技だと思ってるな?

 

「ご、ごめんなさい!!」


「へっ?」


 両手を揃え、地面に。

 凛はまるで流れるように机の横に移動し、芽穂に向かってきれいな土下座をした。


「本当にごめんなさい!! 謝って済まないのならこの私の命で償わせてもらいます……」


「ちょちょちょ! 何やってる!?」


 芽穂は自分の首を締めようとしていた凛の手を無理やり引剥がした。

 

 さすがに本物のガチオタだって気づいた頃合いだろう。


「凛。そんなにめめちゃんばっかりだと、また俺に彼氏さんが相談してくるからそこらへんにしといて」


「え? 彼氏? この人に?」


 芽穂……。

 そんな凛のことを、彼氏がいるなんてありえないって言う目で見るのはやめてあげて……。


「そうだね。うん。でも、めめちゃんが可愛くてやめられない!」


「だからいい加減にしろっての。彼氏さんに電話するよ?」


「くそぉ〜!! なんで樹海人もそっち側についちゃったんだよぉ〜!!」


「仕方ないでしょ。凛のオタクっぷりってば、俺でさえも見て見ぬふりできないくらいなんだよ」


「めめちゃん成分を摂取せずに生きていくなんて無理に決まってるじゃん……」


 凛は部屋の角で丸くなり、壁を人差し指でぐるぐるとなぞり始めた。


 明らかに様子はおかしいが、ひとまずさっきまでのおかしい興奮は冷めているようだ。


「ちょっと樹海人。あの人すごい怖いんだけど」


 芽穂は俺の右腕に抱きつき、凛のことを本物のおばけを見てしまったかのような目つきで観察している。


「大丈夫大丈夫。普段はあんなおかしくないから。……多分もう少ししたらもとに戻るはず」


「樹海人くん!」


「ほら」


 凛はさっきまでの様子を全く感じさせない元気な少女の雰囲気を纏わせながら、話しかけてきた。


 流石の変わりように芽穂も信じられない顔をしている。


「あっ、もしかして芽穂ちゃんが樹海人くんの彼女ちゃん?」


 「うんそうだよ」と答えたかったが、隣から「また私のところでこの人と喋ってたんだ?」と威圧感のある目線を感じた。


「芽穂に先に訂正しておくけど……俺、芽穂と付き合ってから凛とは一度も喋ってないからね? ちなみに家には連絡もなしにあっちの方が勝手に来たから。ルールは破ってないよ」 


「ふぅ〜ん。ま、樹海人のこと信じることにするよ」


 スマホや至る所を調べ尽くすのかと思ったが、意外な返答だ。


「ほほぉ〜。お熱いですな」


 俺たちの会話を見ていた凛は、ひゅ〜ひゅ〜と冷やかしてきた。


「やっぱり芽穂ちゃんが彼女ちゃんみたいだね。いやぁ〜……あのめめちゃんの彼氏が樹海人だなんて全然しっくりこないわ。なんで二人は付き合うことになったの?」


「まぁ色々あったんだよ」


「実は私、もともと樹海人とは結婚するつもりだったんです」


「へっ? 結婚?」

 

 ずっと芽穂と一緒にいてあまりおかしいとは思ってなかったが、やはり急に結婚をしようと逆プロポーズするのはおかしいみたいだ。


 芽穂は自分が幼馴染で、小さい頃有名になったら俺と結婚すると約束していた、と丁寧に説明し終えると、凛の俺を見る目が少し変わっていた。

 

「私、芽穂ちゃんの味方だからね!」


「本当? 嬉しいっ」


 なぜかさっきまで同じ反応だったのに、凛があっち側にいってしまったんだが。


「樹海人くん。さすがに約束を破って結婚しないのは見過ごせないよ」


「なんか私、凛ちゃんと仲良くなれる気がする」


「私もっ!」


 二人は流れるように連絡先を交換し、俺に聞かれないように小声でなにか喋り始めた。

 内容は聞こえないが、チラチラ俺のことを見てきているのでなんかすごく嫌な気持ちになる。


 これは……面倒な二人組みができてしまったのかもしれない。

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