第5話 人生初デート



 左手に握ってる手から人の温もりを感じる。

 真っ黒な帽子を深々と被り、目立たない灰色の無地のTシャツを着こなしているのは俺の恋人。

 俺と芽穂が手を繋いでいるのは、外でデートをしているからだ。


「空、きれいだね」


「うん。真っ白の雲に覆われてきれい」


「樹海人。車が危ないからもうちょっと体よせて?」


「あぁ、よせる」


 お互い外に出る前まではある程度他愛無い日常会話はできていたのだが、いざ外に……となった途端、デートが始まるのだと変に緊張してしまい、この変な会話が続いている。

    

 二人共人生初デートということもあり、こうなってしまうのも無理ないのだが……。


 ――このままじゃだめだ。


 『恋人との人生初デートをいいものにしたい』そう思い、先んじて行動に移したのは樹海人の方だった。


「芽穂。流石にちょっと歩き続けて疲れたから、公園でもよってかない?」


「いいね」


 かくして俺たちは公園の、唯一あるベンチに移動したのだが――地面に打ち付ける雨の音が耳を刺激する。


「普通このタイミングで雨降ってくるなんて思わんだろ……」

 

 俺たちは幸運なのか不運なのかわからないが、公園にある唯一ベンチがあったところだけ屋根があったので、雨宿りすることができている。


「なぁ〜んで雨降ってくるの。あ、そういえば洗濯物ってどうしてるっけ……」


「たしか面倒とか言って部屋の中に干してなかった?」


「ほっ。それなら大丈夫だよね。……もし間違ってたら樹海人が罰を受けてよね」


「いや今回のは仕方ないとしか思えないからノーカンでいいんじゃないかな。天気予報でも雨なんて降るはずなかったじゃん」


「じゃあ私は悪くないからねぇ〜」


 芽穂は突然雨宿りすることになり気が抜けたのか、いつも通りの喋り方に戻った。


 特に何もすることがないので二人してベンチに座る。


「俺、このジメジメした感じ大っ嫌いなんだよね」 


「うわ〜わかる。私は温度が下がって嬉しいけど、その分湿気が上がって気分悪くなるから嫌い」


「夏の雨が一番の天敵だわ」


「早く帰ってクーラーがギンギンに効いてる部屋の中でゴロゴロしたいなぁ〜」


 数秒雨の音が際立った。


「俺、正直芽穂がすごいインフルエンサーになって帰ってきて恋人にもなったけど、ちょっと距離感感じてたんだよね」


「嘘っ」


「本当本当。まぁでも、今はSNSのフォローワー数を見ないとあの有名人なのか信じられないくらいには距離を詰めることができてるから安心して?」


「ふーよかった……」


 芽穂はあまりに嬉しかったのか、息を吐くとともに体が溶けるように俺の膝の上に倒れてきた。


 芽穂の顔に俺の目が吸い込まれる。


「芽穂って意外とまつ毛長いんだね」


「ふふふ、そうなんだよ。あんまり人に気づかれないけど私ってまつ毛ながいんだよね。メイクさん曰く、そのおかげで目がぱっちりしてるらしいよ」


「へぇ〜。まつ毛って長いと邪魔なだけだと思ってたわ」


「樹海人も私と同じですまつ毛長いと思うんだよね……。ちょっと顔寄せて?」


「え、あ、うん」

 

 なんで体を起こさず膝枕をしながら顔を近づけるのかは、あえて聞かないことにしておく。


 ガシッと顔を掴まれ、ぐいっと顔を顔を近づけさせられ、何事もなく顔から手を離してきた。

 何事もなかったけど、ドキドキした。


「やっぱり樹海人のまつ毛も長い気がする」

 

「そうなんだ。今初めて知った」


 というか、まつ毛を見られてたこと今思い出した。 


「そういえば私がしているこれって、いわゆる膝枕っていうやつなんじゃない?」

 

「完全にそうだけど? ……今更すぎない?」


「まつ毛のことが気になってて気づかなかったぁ〜。そっか、膝枕か。って、そう思うとなんか恥ずかしくなってきたんだけど」


 芽穂は頬を赤らめ、にへ〜っと念願が叶ったと言わんばかりに笑顔。


「すーはーすーはー」


「ちょ、芽穂! なんで太ももの匂いなんて嗅ぐ!?」


 突然恋人が変態のように勢いよく鼻息をたて、太ももの間に鼻を挟んできた。

 一体何をしたいのやら。


「うへ。うへへ。樹海人の匂いだぁ〜」


 この状況は一体何なのだろうか?


「すーはーすーはー」

 

 冷静に考えようとしても、芽穂の粗い鼻息によって思考を停止させられる。


「あの……芽穂さん? すごい俺気まずいんですけど」


「すーはーすーはー」


 その後芽穂は太ももを嗅ぐのをやめ、膝枕の上で眠り始めた。


 起こすのが難しかったので雨が止んでも少しベンチの上で寝ている芽穂のことを眺め、その後起こさないように背負いながら家に帰った。

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