第3話 恋人ルール
「では早速ですが、この度芽穂が俺の家で同棲することが決まったのでルールを作ろうと思います」
「ルール?」
「たとえば、誰が洗濯物をするのかとかお風呂を洗うのかとか……わかりやすくいっちゃえば、役割分担を決めようっていうこと」
「……じゃあなんで役割分担って言わなかったの?」
くっ、さすが芽穂。見破ってくるのか……。
「役割分担をしたところで、絶対どっちがその役割を放棄すると思うんだよ」
「だね」
「だからそうやって放棄したり、忘れたりしたときどうするのかっていうルールを決めたいんだ」
芽穂はキンキンに冷えた麦茶を美味しそうに飲んで――
「ほほう。さすが樹海人。先のことを見据えてるだけあるねっ!」
どこか誇らしげに俺のことを褒めてくれた。
「で、どうする?」
役割分担は交代交代にすることになり、案外すんなり決まった。
もっと芽穂が嫌がって来ると思ったけど、その真逆で全部やろうとしていたのでびっくりした。
……と、そんな感じに役割分担を決めるのは終わり、次はルールを決めることになった。
「やっぱり罰なんだから相手にキスするのはどう!?」
芽穂はルールを決めようとなった途端、麦茶が入っているコップを勢いよく机に置きその場に立ち上がって提案してきた。
「キスって……。俺たち、一応もう恋人なんだからキスを罰にするのは間違ってるんじゃない?」
「ということは樹海人はキスをしてくれるの?」
「……っ。それとこれとは別の話じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
危ない危ない。
いや危ないことなんてないんだけど、いきなり話をすり替えてキスをさせられるところだった。
初キスはもっとここぞというタイミングまで取っておきたい。
「じゃあ次は俺からいい?」
「もちろん」
「今回のは罰なんだから、相手の次の役割分担を代わりにやるっていうのはどう?」
「…………」
芽穂はさっきまでの気迫が消え、しゅんとして元いた場所に座って麦茶を飲み始めた。
「あれ? だめかな?」
「だめじゃないよ。すごくいい罰だと思うんだけど……」
「けど?」
「なんかそれじゃつまんない」
罰につまるもつまんないもなくね? と思ったが、ぐっと言いたい気持ちを堪え話を聞くことにした。
「芽穂はどういう感じの罰がいいの?」
「うぅ〜ん……。相手になにかする感じのやつかな?」
なにかする感じ、か。
「なら芽穂のさっきなかったことになったキスをするっていう、恋人に取っちゃご褒美になるような罰を汲み取って『相手のことを一日エスコートする』っていうのはどう? これだとやりたくないっていう気持ちがあって、いい感じにバランス取れると思うんだけど」
「それいいね」
「じゃあ罰は『一日エスコート』って言うことにしようか」
「うん」
樹海人はこれで話すべきことは終わったと思い、部屋の掃除でもしようかと立ち上がったが――
「恋人としてのルールは作らないでいいの?」
芽穂の言葉に、その場に座り直した。
「それってどういうこと?」
「え? ほら、私たちって恋人になったんたけどもちろんいつか喧嘩とかするでしょ? そういうときに必要なルールがないと、最悪破局っていうこともあり得るよ……」
いきなり逆プロポーズしてきた芽穂が、かなり現実的な提案をしてきてちゃんと考えているんだなと素直に感心した。
「たしかに恋人ルールってやつも必要な気がする。芽穂は俺が別の女性と二人っきりで遊びに行ったらどう思う?」
「女を殺す」
「怖っ」
薄々気づいてたけど、芽穂の愛はちょっと重いな。
いや嬉しいんだけども。
「じゃあまず恋人ルール一つ目は、『異性と二人っきりで遊びに行かないこと』かな」
「『異性と二人っきりの状況にならないこと』も。あと、『異性とちゃんと距離を置くこと』も追加して」
芽穂の口から今日一でぺらぺら言葉が出てきた。
「う、うん。じゃあまとめて『異性とは二人っきりにならず、距離を置く』でどうかな?」
「妥協点だけど。まぁいいかな……」
芽穂が渋々納得してくれたおかげで、記念すべき1つ目の恋人ルールが出来上がった。
「じゃあ二つ目なんだけと、俺から提案していい?」
「どうぞどうぞ」
「『お互い対等の立場で話し合う』とかどうかな?」
「ほほう? ……ん? 私たちって元々同じ立場何じゃないの?」
「いや、そう思うのならあまり気にしなくてもいいんだけど……。もし今後何かあったとき、立場に上下が出ちゃうかもしれないからその保険のルールかな」
俺は突然のことでまだ夢の中かと錯覚してしまうが、芽穂の恋人になるのならその気持ちに本気で答えたい。
お互いのことを尊重し合えるような、そんな関係になりたい。
「ふぅ〜ん。よくわからないけど、樹海人があったほうがいいって言うのならそれが二つ目のルールでいいんじゃない?」
「ありがとう。じゃあ二つ目は『お互い同じ立場で話し合う』ね」
「おっけぇ〜。……もうルールはこのくらいでいいんじゃない? 多かったら逆に窮屈になっちゃうかもしれないし」
「そうだね。よしっ、話し合いは終わり! 掃除でもしよっかなぁ〜」
樹海人は再び立ち上がり、掃除機を手に取ろうとしたのだが芽穂が「あ」と、まるで何かを思い出したかのように声を上げたのを耳にし、またもすぐさま元の場所に座り直した。
「どしたの?」
「私、3つ目の超画期的なルール思いついたんだけどいいかな?」
「うん。い、いいけど……」
超画期的なんて言われたら少し期待するが、小さい頃お茶目さんだった芽穂が言うと、説得力が皆無だ。
「ずばり『一日一回絶対キスする』こと!」
やっぱり全然超画期的なことじゃなかった。
樹海人の口から乾いた笑いが漏れた。
「なんかバカにしてない?」
「バカになんて、そんなするわけないじゃん。っぷぷ」
「してるでしょ! 全くもぅ……。いい? この『一日一回絶対キスする』っていうのはカップルとして大切なスキンシップってやつやんだよ!」
「ふ〜ん。それなら挨拶とかでいいんじゃない?」
「ちっちっちっ。樹海人は甘いね」
芽穂はぐいっと胸を張り、どこか誇らしげに説明し始めた。
「いい? 私が言ってるのは恋人としてのスキンシップなんだよ? 挨拶とか、そんなのさスキンシップって言わないし恋人としての愛は育まれないの」
たしかに言ってることに一理ある。
でも――
「一日一回キスするんじゃなくても、もっと別の方法でいいんじゃない?」
「たとえば?」
「……たとえば定期的にデートに行くとか、高頻度でハグしあうとか。キスはやっぱり大切だから、ホイホイしてないでもっと限定的な場所でしたほうがいいと思うんだよね」
いや本音はキスなんてまだ恥ずかしくてできないけども。
恥ずかしくなり、目を逸しながらぺらぺら理由を語っていたが芽穂は素直に納得してくれた。
「わかった。じゃあ、キスはなしで『定期的にデートにいく』っていうのと『ハグをする』っていうのを恋人ルールにしよう!」
樹海人が芽穂が自分の意見を却下されたのになぜかその後うきうきしていたのか分かったのは、後日芽穂が満面の笑みでハグをせがんできた時だった。
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