第2話 恋人らしく



 すれ違う誰もがその美貌に目が奪われるとされている、超人気インフルエンサーであり幼馴染でもあり、ついさっき俺の恋人になった芽穂はまるで自分の家かのように、俺が普段寝ているベットの上で寛いでいる。


 お腹と服の間から神秘に包まれたアレが見えそうで……。


「あ、そういえばこの前樹海人のお母さんに会ったとき少しは電話くらい定期的にしてほしいって言ってたよ」


「……お母さんといつ会ったの?」


「ん~樹海人のところに行こうか迷ってた頃だから、4月とか春頃だったかな」


 芽穂は自分がおかしなことを言っているのかな? と首をかしげながら説明してくれた。


 なんで俺よりお母さんと先に会ったのかよくわからないが、結婚したいという本気度が伝わってくる。


「あ、もう一つ言い忘れてたことがあるんだけど……。私今日からここに一緒に住むことになるからよろしくね。いわゆる恋人間でいう同棲というやつだね。うへへ」


 芽穂の心から嬉しそうな蕩けた顔に、俺の知らないところで同棲が始まることになっていたことに言及できなかった。


「俺の家、そんな大きくないけど大丈夫かな? ほら。芽穂って今やすごいインフルエンサーなんだから仕事とか盛りだくさんだと思うんだけど」


「それに関しては安心して。お休みをもらってるから」

  

「……そっか」


 やっぱり、本気で結婚するつもりだったんだ。

 恋人から始めよう、と図々しく俺が提案したのは本当に申し訳ない。


 だからといって俺自身、結婚なんてまだ気持ちの整理がつかないのでどうしようもない。


「うへへ。同棲……同棲……」


 樹海人は謝りたい気持ちに押し倒されようとしていたが、対象的に嬉しすぎて芽穂はよだれを垂らしそうな顔だった。


 その後芽穂は同棲をするために必要な道具を持ってくるため一度家に帰り、帰ってきた頃にはもう夕方になっていた。


「これは歯ブラシでしょ……これはドライヤーでしょ……これは下着でしょ……これは……」


 まるで修学旅行にいく中学生のように、バックの中に入っているものを出して確認していっている。


「まだいきなりのことで芽穂ようの棚がないんだよね……。とりあえず衣服とかは、俺がいつも使って空いてる棚の中に入れてもらってもいいかな?」


「もちろん! というかずっとこの棚の中がいい!」


「そ、そう……」


「うん。なんかこういうのって恋人っぽいよね」

 

「そうなのかな? 生まれて一度も恋人なんてできたことないからわかんないや」


 さらにいきなり同棲なんて、昨日の俺に今日起きたことを話しても信じないだろう。


「もちろん私も初めての恋人だから同じ気持ちだよ? 安心してね」


 芽穂は俺が恋人ができたことがない、ということを言ったからなのか、少し肩を揺らしウキウキしながら持ってきたものを全部家の中に置いていった。


 すべて持ってきたものを置き終え、さてどうしようか? と一段落ついた俺と芽穂は、ベットの上に座っている。


「そういえばなんだけど、私たちってまだあんまり恋人らしいことしてないよね?」


 芽穂が突然切り出してきた。 


 ここで「まぁまだ恋人になり始めて数時間しか経ってないからね」と、言うのは野暮ってやつなんだろう。


「たしかにしてないね」


「だよね。……私が言ったのもなんたけど、具体的に恋人らしいことってどういうことなのかな?」


「そりゃあ友達とか家族とはしないようなこととか、ドキドキするようなことじゃないかな」


「なんか樹海人詳しいね」


「別に詳しくなんてないよ。芽穂がそういう知識がないだけじゃない?」


「それってバカにしてる……?」


 芽穂からパチン、と幻聴でなにかが切れた音がした。


「そ、そんなわけないじゃん。ちょ〜っと初心なところもあってかわいいなって、そう思っただけだよ」


「か、かわひひ!?」


 自分で言って、予想外の反応をされてまともに目を合わせられなくなった。


 芽穂も顔を逸していてどんな表情なのかわからない。だが、首元が熱があるんじゃないかと心配するほどものすごく赤くなっている。


「…………今のは、ちょっと、俺も恥ずい」


 樹海人の言葉に芽穂は返事もせず黙り込みむ。

 時計の秒針を刻む音が部屋を支配した。


 少し気まずい空気が流れている中――。

 

「とりゃあ!」


 芽穂は勢いで樹海人に飛びかかった。 

 結果的に一切警戒していなかった樹海人は背中にベットがつき、押し倒された。


 長い髪の毛が耳にあってくすぐったい。

 スカッとした爽やかな香水の香りがする。

 お腹に2つの柔らかそうなナニカがあたっている。


「あ、あの芽穂さん? これは一体どういう……」


「ふ、ふふふふふ」


 芽穂は奇妙に笑いながら俺の両耳をいじり始めた。


 嫌じゃないけど……なんか体がゾクゾクする。

 唇と唇が当たりそうなほど顔が近づいていて、迂闊に動かせない。

 股の間に膝を押し付けて……これわざとやってない?


「芽穂?」

 

「樹海人。私、すごいドキドキするの。こういうのが恋人っぽいことなのかな?」


 間違ってはないけど……けど、なんか芽穂が思う恋人っぽいことってなんかSっ気が強いと思うんだけど。


「あのぉ〜……そろそろどいてもらえませんかね?」


「あ、ごめん」

  

 別に嫌ってわけじゃないけど? 

 けど、ちょっと恥ずかしいな……。

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