第28話 バカンス
沼の神に黒翡翠の首飾りを渡すと、神の大地の使用許可はあっさりと承諾された。
沼地を後にした私たちは次の目的地【キーウエスト】に向かっていた。
【キーウエスト】は港町で、そこには海を司る神がいるという。
目的地が近づくにつれ、心地よい海の香りが漂ってくる。
南国風のヤシの木が風に揺れてそよいでいる。
照りつける太陽の暑さで波しぶきが涼し気に聞こえてくる。
私たちの気持ちは完全にバカンスモードに陥っていた。
「姉さん…海ってどこまで続いてるの?」
いつもと違う姉さんの装いは神様に会う格好では無かった。
リボンの付いた麦わら帽子をちょこんと乗せて、普段はしないサングラスを掛けてお高くとまっている。
派手なアロハシャツを軽く羽織り、浮き輪を手にした姿は海に入ろうという気で満々だった。
「海っていうのはね…果てしなく続いてるもんなのよ」
カッコいい事を言っているが姉さんの浮ついた気持ちは隠しきれていない。
パイアオジサンは暑さに弱いのか、隣で死にそうにゼェゼェ言っている。
しかし、その格好は姉さんと一緒でバカンスモードだった。
そして私も、もちろんバカンスモード。長い髪に一輪のハイビスカスの花飾りを付けて、涼し気な白のワンピースをヒラヒラと風になびかせていた。
「海ってすごいんだね!」
初めて目にした海の景色は、私の心に色々な思いを込み上げさせる。
感動を越えた思いは果てしなく続き、落ち着いている事などできなかった。
私は海沿いの小道を小走りで走り出していた。
「こらぁー!何で走るのよ!」
必死の形相で追いかける姉さんとパイアオジサン。私は構わず「うふふ…」と笑いながら逃げて行く。
傍から見ると狂った様に思えるその光景も私には幸福感でいっぱいだった。
そんな時、物々しい格好の兵士たちが私たちを取り囲んだ。
一個小隊はいるであろうその兵士たちは槍を構えて距離を取り、私たちに警戒している。
「お前がヤマダの娘だな!」
兵士たちの指揮官らしき男が私に向かって言った。
姉さんは何かを悟った様に軽く舌打ちをする。
「ここの城主はエルフィンの城主と繋がりがあったのね⁈でも簡単にはいかないわよ!」
どうやらキーウエストの城主はエルフィンの城主と繋がりがあるようだった。
私たちがここに来るという噂を聞きつけ、待ち伏せでもしてたのだろう。
「姉さん…ヤマダって私の両親?」
「え、ええ…」
姉さんは言いずらそうだったが私は気にしていない。親の名前を確認したかっただけだ。
私は容赦なく兵士たちにとろろを飛ばした。
『ビチャビチャビチャ…』
兵士たちはとろろにまみれ、瞬く間に動きを封じられた。
「姉さん…気になっていたんだけど…」
「なぁに?」
「エルフィンの城主たちは何故、私を牢獄に閉じ込めていたの?利用価値があるなら建前だけでも大切にするんじゃないの?」
「あんたの能力を探ろうとしても魔力が凄いって事しかわからないからね~。あんたの力を計りかねてたってところかしら」
「計りかねてた?」
「魔法が使えなければ魔力がいくら凄くたって何も起こらないじゃん?あんたの魔力はこの世界の属性じゃないみたいなのよ。」
「属性ですか…?」
「例えばあんたが何気に使ってるとろろを飛ばす能力。あれ私は使えませんからね!」
「えぇーーーーーーーーーーっ!」
「私の精霊の力は土の属性なんだけど、あんたのとろろはそれに変化が加わっているのよ」
私は目を丸くした。とろろを出せと言い始めたのはアンタじゃん!
「あんたにはいろんなモノを変化させる力があるみたいなのよ。その異質な能力がわかっていたからとろろを出させたんだけどね…」
もしかして時空が歪んで現世に戻れないのも、そのせいではないだろうか?
「この世界の殆どはそれを感じ取れないわ。だってそんな力はないんだもの。得体の知らないものは不安でしかない…だから拘束するしかなかったんじゃない?」
私は何となくだが納得していた。
要は私の秘めた力を恐れていたのだ。
かといって確証もない力に脅え続ける訳にもいかず厳重に拘束する。
目の前で何人もの屈強な兵士がとろろに塗れて蠢いている。
私はその姿にエルフィンの城主たちとの決着が近づいている事を予感していた。
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