第26話 沼の神

 あちらこちらに草木がぼうぼうと生い茂り、ジメジメとした不快な湿気が身体に纏わりつく。

 霞がかった沼の奥地に神の祠は存在した。


「だから、沼地は嫌なのよ。虫やカエルがいっぱい…あっ!また蜘蛛の巣」


 姉さんが文句を言うのも最もだ。

 私はイライラしながらぼうぼうの草をかき分けていた。


「姉さん!ぬかるんでるからパイアオジサンの後を行かなきゃダメ!」


 何時になく苛立つ私を見てパイアオジサンはあからさまに引いていた。

 だって、ここは本当に腹の立つ事ばかりだ。おニューの靴だって泥だらけ。

 髪の毛には蜘蛛の巣が纏わりついている。


「さあ、中に入るわよ」


 やっと到着した祠の中も蜘蛛の巣で覆われている。

 中は階段で奥へ続いてる筈だがそれすらわからない。


「沼の神様じゃなく、蜘蛛の神様じゃないの⁈」


 蜘蛛の巣をかき分けながら奥へ進んでいくと、今にも朽ちそうな扉が現れる。

 パイアオジサンが開けようとして扉に手を掛けると奥へゆっくりと倒れていった。

 バタンという大きな音が響き渡ると「ひぃー」という小さな悲鳴が聞こえた。


 装飾品をジャラジャラ付けた冴えない小母さんがビックリした様子でこちらを見ている。

 見た目は40半ばの小母さんはボロボロでだだっ広い住居とは対照的に身なりだけは奇麗だった。

 きっとこの小母さんが沼の神なのだろう。


「何なの…あんたたち…」


 姉さんとは面識が無かったのか、小母さんは不法侵入者だと騒いでいた。

 その姿はそこら辺で井戸端会議をしているオバちゃんと何ら変わらない。

 着飾るものは凄くても中身が伴っていなかった。


「お初にお目にかかります。山芋の精霊のチャッピーです」


 その言葉で小母さんは少し落ち着いたようだ。

 急に威厳に満ちた態度でふんぞり返りこちらを睨みつける。


「貴女がチャッピーね。噂は聞いてるわ。精霊の力を失った精霊って…」


 私はカチンときて何かを言ってやろうと思ったが、姉さんの鋭い眼光に諫められた。

 姉さんは何事も無かった様に平然を装ってはいるが、心の中ではワナワナと震えているだろう。


「それで今日は何の御用かしら…」


「神の大地の使用許可を頂きたいのです」


「ふ~ん、神の大地の使用許可を取りたくて神々の所を回ってるって訳ね」


 いちいち鼻に着く小母さんの態度に私は苛立ちを隠せずにいた。

 地面を激しく睨みつけてワナワナと震えている。


「それで、それに見合ったお供えは持ってきたのかしら?」


「お供えですか?…いいえ」


「では駄目ね。煌びやかな装飾品でも持って出直してらっしゃい」


 我慢の限界だった私は小母さんのお尻を力いっぱい蹴り飛ばした。

「ひぃー」という悲鳴と共に小母さんの身体が前のめりに崩れる。

 慌てて姉さんがを伸ばし私を拘束する。


 前かがみに倒れこんだ小母さんは怒りからかプルプルと震えていた。


「何をするの…もう装飾品なんかいらないわ…」


「待ってください!黒翡翠の首飾りなんてどうでしょう?」


 怒りが滲み出ていた小母さんが、その言葉を聞いた途端に態度を一変させる。


「黒翡翠⁈…当てがあるの⁈」


「ええ…ちょっとだけ心当たりが…」


「わかったわ。それで手を打ちましょう!」


 ひげ根に拘束された私は言葉も出すことができず、その様子を見守る事しかできなかった。

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