エピローグ半年後 俺達の憂鬱(上) 

 火球がレズンの防護魔法で弾かれ四散する。

 周囲に飛び散る強烈な光。


「大丈夫か!」


「問題無いんだな。ただ魔法攻撃が効かないんだな」


 レズンの口調はいつもと変わらない。つまりあの小説の登場人物を真似た『~なんだな』調。

 俺はそのことに安堵しつつ、状況を整理する。


「つまり火、土、水、風、空どの属性の魔法も効果がないって事か」


「全属性に耐性があるようです。高速移動魔法を使って撤退しますか?」


 サリアの次元切断魔法や岩塊ピラモレルは駄目だった。

 俺も爆裂火球と真空斬を試してみた。

 更にレウスが水槍ウォーターランスも試してみたのだ。


 しかしこれらの魔法、まるで効いていない。

 羽根が付いたトカゲのような魔物はこちらを馬鹿にしたようにふよふよ空中に浮いている。 


 確かに退却は正しい手段のひとつだ。

 しかし。


「でもレズンの魔法と盾とで抑える事は可能なんだろ」


「それは問題無いんだな」


 今まで敵が出してきた攻撃は風属性魔法の風の刃ヴェントス・ファルルムと口から吐く火球の2種類。

 どちらの攻撃もレズンが抑えてくれている。

 つまりこちらへの攻撃も通らない訳だ。


「なら出来ればここで倒しておきたい。俺たちが撤退した後、あれが出てきたりしたら面倒だ」


 ここは一昨日サレルモに発生したばかりの迷宮ダンジョン

 俺たちの受けた依頼は『内部の魔物討伐と探査、可能なら迷宮ダンジョンの攻略』だ。

 

 迷宮ダンジョンに入ってから50匹以上の魔物を倒した。

 内部も3離6km以上は探査している。

 だからここで撤退しても依頼失敗とはならない。

 しかしだ。


「確かにそうですね。この迷宮ダンジョン、場所が悪すぎます。あれより奥にはそれほど強い魔物の反応はありません。やるべきでしょう」


 ヒューマの言うとおり、この迷宮ダンジョン、発生場所が悪すぎる。

 迷宮ダンジョンの出口があるのはサレルモの街のほぼ中心部だ。


 ◇◇◇


 この迷宮ダンジョンは一昨日の深夜、突如発生した。

 その日俺達はたまたま街の中心部にある宿に泊まっていた。

 出身地であるカラバーラから、南部の中心都市であるネイプルを目指す旅の途中で。


 幸い迷宮ダンジョン出現による人的被害は無かった。

 ただ実際は危ない所だった。

 被害が無かったのは俺達、中でもサリアとヒューマのおかげだ。


 2人は高レベルの空属性魔法の持ち主。

 偵察魔法を使って睡眠中でも周囲の危険を察知出来る。

 更には偵察魔法と次元切断魔法を使って、自分から離れた場所にいる魔物でも倒す事も可能だ。


 だから迷宮ダンジョン出現を誰よりも早く察知。

 迷宮ダンジョンから出てきた魔物を遠隔で討伐しながら現場に急行。

 土属性魔法の岩塊で迷宮ダンジョン出口を封鎖し、冒険者ギルドへ通報及び応援要請まで俺達だけで実施。


 冒険者ギルドと、ギルドが緊急手配した冒険者達に警戒任務を引き継いでその晩は終了。

 宿に引き返し寝不足の分までぐっすり寝た昼過ぎ。

 冒険者ギルドからの指名依頼の通知が宿にやってきた。


「申し訳ないがC級以上の冒険者が他にいないんだ。もちろん国家騎士団に応援は要請した。


 だが前例からみると騎士団到着まで最低でもあと3日はかかる。それまであのまま出口を封鎖しておくわけにもいかない。中の魔物が増えたりより強力になったりするおそれがある。


 だから騎士団が到着するまでの間、内部の探査と魔物討伐をお願いしたい。勿論可能なら迷宮ダンジョン攻略も頼みたいが、無理は言わない。内部の魔物を減らすだけでいい」


 そんな訳でここの迷宮ダンジョンの攻略を引き受けたのだ。


 ◇◇◇


「矢が勿体ないけれどやるとするか」


「僕もやろう」


 アギラが自在袋から取り出したのは長弓、レウスが取り出したのは短弓。

 俺達も一応武器を持ってはいる。

 しかし魔物討伐で使った事はない。

 攻撃魔法で魔物相手に戦ってきたからだ。


 通常の魔物や魔獣には魔法の方が威力が高い。

 ある程度離れた場所から攻撃できるので安全でもある。

 しかしこの、魔法が効かない敵相手にはそうも言っていられないようだ。


「ちょい遠いな」


「およそ50腕100mです」


 アギラのぼやきにも似た台詞に、律儀にもサリアが距離を返答する。


「風属性魔法で強化するけれど、高さのない洞窟でどこまで届くか」


 弓は普通は敵の遙か上方へ向けて射る。

 射られた矢は弓なりの軌道をとって、敵の斜め上から落ちてくるような形になるのが普通だ。


 しかしここの迷宮ダンジョンは洞窟型。

 洞窟としては断面が大きいが、それでも高さ3腕半7m程度。

 遠距離まで矢を射るには圧倒的に高さが足りない。


 それでもレウスがまず矢を射る。

 矢はゆるい弓なりの軌道で敵に届くかに見えた。

 しかし敵の直前でふっと向きを変えて右にそれる。


「風属性の防護魔法を使ってる!」


「俺の長弓ではどうだ」


 アギラのは長弓、レウスの短弓より遠くへ届く筈だ。

 アギラも風属性魔法を使えるし、今度はどうだろう。

 しかしやはり矢は敵の直前でふっと向きを変える。


「駄目だな。矢だと軽すぎる。風魔法で強化しても敵の防護魔法でそらされちまう」


 軽すぎるか。

 なら俺の武器を試すしか無いか。


 魔法を使わない場合の俺の武器は両手槍だ。

 しかし投擲用の槍も持っているし、ある程度訓練も積んでいる。


 ただここから敵まで投槍には遠すぎる。

 風属性魔法を補助に使っても届かせる自信が無い。


 そうなると……


「近づいて投槍で攻撃する。レズン、援護してくれ」


「それしかないんだな」


 レズンも気づいていたようだ。


「私もゴーレムで援護します。カイルさんとレズンさんは危険だと思ったら直ちに後退して下さい。ゴーレムで足止めするのと同時に全員に高速移動魔法を起動します」


 サリアが自在袋からゴーレムを3体出す。成人男性とほぼ同じ大きさの人間型ゴーレムだ。

 左手に大楯、右手に槍を持って武装している。


 サリアはゴーレムを5体まで同時に動かす事が出来る。ただゴーレムに剣や槍を使わせるのは得意ではないらしい。だからゴーレムは偵察用か防御用だ。


 それでも出して貰えるとありがたい。

 2人で行くのより大分安心感がある。


「わかった。ありがとう」


「レズンさんにあわせてゴーレムを動かします。そちらのタイミングでどうぞ」


 俺は投槍を自在袋から出して右手に持つ。


「俺はいつでもいい」


「わかった。それじゃ、行くんだな」


 ゆっくり歩く速さで前進を開始。

 俺は盾を構えたレズンの後ろ、ゴーレムはレズンの左に1体、右に2体、横に並んでレズンと歩調を合わせて前進。


 敵魔物は動かない。前進も後退もしない。

 距離がゆっくり詰まっていく。


 敵魔物がくわっと口を大きく開いた。

 魔力反応が一気に大きくなる。


「来るぞ!」


「任せるんだな」


 レズンが大楯を両手で押さえ低く構える。

 更にその周囲をゴーレムが固める。


水の壁アクアエ・ムーリなんだな」


 レズンの防護魔法が俺達の前面を覆う。

 俺はレズンの背後で槍を構えたまま低い姿勢をとった。

 敵の攻撃を防いだ後、すぐに槍投げに移れるように。

 しかしまだ遠い、あと10腕20mは近づきたい。


 敵が火球を吐いた。

 俺達の方へ真っ直ぐ飛んでくる。

 問題無い筈だ、この程度の魔力の火球なら。


 俺の予想通り火球はレズンの防護魔法で弾かれた。

 飛び散る強烈な光と熱の感触だけは派手。


「問題無いんだな」

 まだレズンにも余裕がある。

 この調子でもう少し近づけたら。

 そう思って一歩踏み出した時だった。


 敵の魔力反応が今まで以上に上がるのを感じた。

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