第270話の前 殲滅の魔人・疑惑編(下)

 不意に落ちて来た岩に左端のゴブリンが潰された。

 誰だ今のは、フミノ先生か?

 いや、魔法の気配がフミノ先生と違う。

 勉強会に参加している誰かだ。


「1匹倒せたね。

 でもこんな感じで迫ってくる魔物を魔法で狙うのは難しい。その事がわかったかな。


 だから実際は土属性魔法で落とし穴を作ったり、魔力を多めに使ってウィンドカッターで広範囲を横なぎに切ったりする訳。


 さて、それでは次に、接近戦で戦うとどうなるのか、実際に見て貰うよ。

 ここからは私とフミノ先生がやるから皆さんは魔法で攻撃しないで、見学していてね」


 リディナ先生の言葉に耳を疑う。

 接近戦をやるだって! 大丈夫か!


 リディナ先生は女性としてはやや身長が高い方。しかし戦士というイメージは全くない。

 フミノ先生に至っては問題外。セレス先生以上に小さいし、どう見ても運動は得意では無さそう。


 先生たちが強い事はわかっている。

 ステータスのレベルが上がった時の先生への挑戦で、今まで何人もが挑戦した。

 それでも未だ誰も攻撃を当てる事が出来ていない。


 それでも魔物相手だと話は別だろう。

 何というか人と魔物は違う。

 ゴブリンの実物を見てわかった。

 生理的に怖いのだ。


 ふっとリディナ先生が手すり部分を飛び越えた。

 ここから下までそれなりに高さがある。

 しかもゴブリンが接近中なのに。


 リディナ先生は高さなどほとんど無かったかのように軽やかに着地。

 見るとフミノ先生もすぐ横に着地していた。


 ゴブリンが2人の方を向く。

 ギイギイという奇声が俺の心を締め付ける。

 でもリディナ先生とフミノ先生は特に変わった様子は無さそうだ。

 いつもと同じ感じに見える。


「リディナ、槍」


 フミノ先生がそう言って何処からか槍を取り出した。

 長く鋭い穂先がついた強そうな槍だ。


「ありがとう。久しぶりだからちょっと緊張するかな」


 そんな事を言ってリディナ先生は槍を構える。

 フミノ先生は頷くとリディナ先生の横についた。


「広い場所では敵に囲まれるおそれがあるよね。だから普通は岩で細くなった部分とか木々の間等、囲まれないような場所を利用するの。

 それが出来ない場合は、弓や魔法で接近する敵の数を出来る限り減らす。当たりにくいけれどそこは訓練するなり工夫するなりしてね」


 リディナ先生がそう言い終わるとともに、フミノ先生が右腕を前に伸ばす。


「空即斬!」


 魔力の動きで魔法が3回起動した事がわかる。

 ゴブリン4匹のうち、中央右を除く3匹の上半身がふっと揺らいだ。

 いや、胴体を上と下に切断されたのだ。

 数歩で上半身と下半身が分かれて、そして倒れる。


 恐ろしく速くて正確な攻撃魔法だ。

 自分で火球ファイアボールを放って失敗したからこそ、その速さと精度がわかる。


「こうやって同時に相手にする敵は1匹にするの。それが魔物を相手にするときの最低条件だよ」


 フミノ先生は頷いて、そして軽くジャンプした。

 そのまま高く高く飛び上がって、元の壁の上へと戻る。

 そうか、身体強化魔法か、今になってやっと気づいた。

 この魔法はセレス先生が得意だけれど、フミノ先生も使える訳か。


 なら、当然リディナ先生も……

 既にゴブリンは先生のすぐ前だ。

 先生はすっと槍を構え、右斜めに動いた。

 同時に突き出された槍の先端部がゴブリンの胸を貫いている。


 しかしゴブリンはまだ死んでいない。

 ギイギイと気味悪い声をあげ、短い槍を振り回す。


「接近戦でも油断は禁物。ゴブリンは生命力が強いから刺した程度ではなかなか死なない。今は風属性の風防ウィンセードで近づくのを防いでいるけれど、それが無ければゴブリンの槍で怪我をするところだよ」


 そう説明した後、リディナ先生の魔力がふっと動いた。

 胸を刺されたゴブリンが4腕8m近く後方へ吹っ飛んで倒れる。


「さて、これで倒したけれど、おまけに魔法をひとつ。減らせないくらい敵が多い場合はこんな攻撃魔法を使うという事で。

 風属性の範囲攻撃魔法、テンペスタ


 竜巻が巻き起こる。

 ゴブリンの死骸を5体とも包み込んで、竜巻は激しく渦巻く。

 それでいてこちらにはそよ風程度しか感じない。


「とんでもないな」


 いつの間にか身を起こしていたレズンが呟いた。

 いつもは小説の登場人物の真似で『~なんだな』と言っている口調が素に戻っている。


「ああ」


 全くもって同感だ。

 最初からこの魔法を使えばゴブリン5匹なんて余裕で倒せただろう。

 範囲が広いしどうやっても逃れようが無さそうだ。

 つまり先生達にとってはゴブリン5匹くらいは余裕。

 危険なんてまるで無いという認識だったのだろう。


 風が止んでいく。

 さっきまで渦巻いていた竜巻の中心部分にゴミのような屑が溜まっている。

 今の魔法でバラバラになったゴブリンの死骸や装備だろう。

 バラバラになりすぎていて何が何だかもうわからない状態だけれど。


「はい、これでここでの勉強会は終了。次に広場でゴブリン以外の魔物の実物を見てもらうね。倒して死んでいる奴だから大丈夫、フミノ先生が自在袋から出して並べてくれるから見て確認してね」


 見るとフミノ先生、さっさと広場の方へ向かう階段を降り始めている。

 ゴブリン以外の魔物とはどんなものだろう。

 やはりあんなに怖いのか、死んでいるからそうでもないのか。

 俺は後を追う。

 

 ◇◇◇


 広場は石造りだ。

 今思うとこれもフミノ先生が石にしたのだろうかと思う。

 父にかつて聞いたのだ。

 この広場と俺達が勉強会をする聖堂は一晩にして出現したと。


 魔法使いだからそれくらい出来て当たり前なんだろう。  

 父はそう言っていた。

 しかし魔法をある程度使える俺にはわかる。

 普通の魔法ではそんな事、出来る筈がない事を。


 ただ先生達なら出来るような気がしないでもない。

 これだけの魔法を使える事を知った今なら。

 この聖堂を出す魔法なんて俺には想像も出来ないけれど。


「では魔物を出す。もう死んでいるから動かない。でも爪とかは尖っているから触れない方がいい」


 フミノ先生がいつものぶっきらぼうな口調でそう言った次の瞬間。

 さっきのゴブリンとは比べ物にならない大物が出現した。

 見ていた連中の中から悲鳴が上がる。


 俺も生理的な恐怖で思わず半歩下がってしまった。

 何だこの縦横が人の2倍以上ありそうな大きい怖いのは。


「これがオーク。討伐しなければこの辺りにもたまに出る」


 さっきのゴブリンより数倍は強そうだ。

 首が切られているけれど、これはフミノ先生がさっきゴブリンを攻撃した魔法で倒したのだろうか。


 フミノ先生は次の魔物を出す。

 いや、これは魔獣か。

 これもオークと先生が言った魔物並みに大きい。


「これは魔猪イベルボア。よく畑を荒らしたりする」


 フミノ先生は淡々と説明しながら、魔物や魔獣を出していく。


「これは灰色魔狼。良く討伐依頼が出る」


「魔熊。森に単独で出る魔獣では多分一番強い」


「コボルト、洞窟などに出てくる。ゴブリンと同じ程度の強さ」


「トロル。洞窟や寒い場所に出る。オークより強い……」


 何というか……洒落にならない。

 死んでいるとわかっていても、近寄るのさえ怖いのだ。


 それでも俺は冒険者を目指している。

 だから必死に近づいて観察する。


 どう考えても俺では勝てそうにない。

 ゴブリンですら魔法を当てる事が出来なかった。

 そのゴブリンすらここでは最弱。


 ただ……

 俺はふとある事を思い出した。

 聖堂にある本棚で読んだ、冒険者を描いた物語に書いてあった一節を。


『トロルなんか出てきては普通の冒険者に勝ち目がない。だからA級冒険者である俺達が呼ばれた訳だ』


 あの本では洞窟からトロルが1匹出た事により村が壊滅。

 それを受けた冒険者ギルドがA級冒険者である主人公のパーティに指名依頼をした事になっている。 


 つまりトロルというのはそれだけ強力な魔物の筈だ。

 その死骸を持っていて、こうやってあっさりと出すこの人達は……


「これはアークトロル。洞窟や迷宮ダンジョンにいるトロルの上位種、かなり強い……」


 ちょっと待ってくれフミノ先生、今出したそれは!!

 トロルの上位種って、どう考えてもトロルより強いだろう。

 見ただけでも大きく筋肉質に見えるし。

 そんな凶悪な魔物の死骸を、何故フミノ先生が持っているんだ!


 そう言えば……

 A級冒険者が呼ばれるような魔物より更に強い魔物。

 俺はそんな魔物を倒せるような冒険者の噂を聞いた事がある。


 かつて国中部の迷宮ダンジョンを僅か数日で攻略。

 その後カラバーラまでやってくる途中、街道沿いの魔物を根こそぎ殲滅。

 更にカラバーラに出た巨大な魔物を騎士団と一緒に討伐したという伝説の冒険者パーティ。


 そう、殲滅の魔人だ。


 まさかとは思うが、そう思うと全ての謎が解けるような気がする。

 強力な魔法を持っている。

 伯爵家直属の魔法使いで騎士団の顧問というミメイ先生が友人。

 そしてこうやって何気なく出した凶悪すぎる魔物や魔獣……


 ふと思い出す。

 最初の勉強会で俺、殲滅の魔人の名前を出して飯を寄こせと言ったのだった。

 その相手の先生達が、まさか殲滅の魔人本人だったなんて。

 顔から火が出そうだ。


 いや待て、先生達が殲滅の魔人とは限らない。

 それなら何故こんな田舎で勉強会なんてやっているのだ。

 国の中央で羽振りがいい暮らしだって出来るだろう。


 しかし考えれば考える程、先生達が殲滅の魔人であるという疑いは確かなように思えてきて……


 取り敢えずこの事は誰にも言わないようにしておこう。

 何と言うか、洒落にならない。

 そして俺はもっと此処で魔法の腕を磨こう。

 魔物相手にはまだ力が足りない事がわかったから。


 それにしても……

 やっぱり先生達が殲滅の魔人なのか、どうしても気になる。

 面と向かって聞く勇気は俺には無いけれども。

 怖い以上に恥ずかしいから。

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