第270話の前 殲滅の魔人・疑惑編(中)

 レズンが5回、俺は2回お代わりした。


「ヤキソバやドンブリだと好きなだけお代わりできるのがいいんだな」


「ああ」


 これについては俺もレズンと同意見だ。

 家だと食べられる量が決まっているから。


 それでも此処へ来た頃に比べれば、うちの家も大分ましになった。

 飯が毎食食べられるようにはなったし、肉だって時々は食える。


 でも金持ちというにはほど遠い。

 やっと貧乏から抜け出したという程度だ。

 だから俺は農業なんかやらないで冒険者になろうと思ったのだ。

 魔法でガンガン魔物を倒して金持ちになってやろうと。


「それではこの後、魔物についての簡単な勉強会を外でやるよ。参加したい人は外の広場に皆、集まって」


「今日の授業で個別に聞きたい事がある人は、今日は私が受け付けます。外の勉強会の合間でも後でも受け付けますから、魔物について知りたい人は先に外の方からどうぞ」


 リディナ先生とフミノ先生が外の勉強会で、セレス先生が質問受付担当か。

 いつもは俺も残って魔法のやり方なんかについて教わったりする。

 しかし今日は魔物の方が大事だ。


「レズン、行くぞ」


「ああ」


 先に立って教会の外、領役所支所との間にある広場へ。

 既に結構人がいる。

 勉強会に出たほとんどの奴が参加するようだ。


 リディナ先生とフミノ先生が聖堂から出て来た。

 リディナ先生は俺達の方へ、フミノ先生は広場の西側、雑草や雑木が茂っている方へ向かう。


「少しだけ待ってね。フミノ先生が魔物を観察できる場所を作るから」


 リディナ先生がそう言い終わると同時に、フミノ先生の魔力が動いた。

 フミノ先生が向いている方の雑草や雑木がさっと消える。

 木や草が無くなった場所に大量の土が現れ、壁のような形になって固まる。


 何だこの大規模な魔法は。

 畑の土がまるごと動くような規模だ。

 俺が今まで教室で見た魔法と魔力量が圧倒的に違う。


「これはフミノ先生が得意な土属性の魔法。レベル7近い魔法だから今はまだ無理かな。でも魔法に慣れればこれくらいは出来る、それは覚えておいてね。

 それじゃこっちだよ」


 リディナ先生は今の魔法について、何でもない事のように説明した。

 しかし、今のは……


「何だよ、今の魔法は」


 誰かのそんな言葉。

 魔法をある程度使えるようになった俺達にはわかる。 

 自分達との圧倒的な力の差が。


 俺以外も皆その力を感じたようだ。

 周囲がざわついている。


「これくらいの魔法で驚いているようなら、冒険者なんてまだまだだよ。まあ今日は危ない事は無いから大丈夫。安心してこっちへどうぞ」


 そう言われては怯むわけにはいかない。

 だから俺は皆が躊躇している中、先頭に立ってリディナ先生の方へ。

 俺が動いた後、ぞろぞろ皆もついてくる。


「そうそう、こっち。この壁の向こう側が見えるようにね」


 広場から先程出来た壁の上までは階段で繋がっている。

 壁の上まで登ると、フミノ先生が作った場所の全体がわかるようになった。


 村の標準的な畑一面くらいの広くて平らな四角い空間と、それをぐるっと取り囲む高さ1腕半3mくらいの壁。

 手前側、俺達がいる壁の上は半腕1m程の幅があり、歩ける状態だ。

 

 フミノ先生はこの広い場所を今、俺達が見た時間で作り上げた訳だ。

 ただ広いだけではない。

 壁があって、その上に通路や手すりがあって、そこに登る為の階段がついているような形にして。


 しかもこの壁部分、土というより岩だ。

 俺の火球ファイアボールくらいでは壊れそうにないくらい頑丈そうに感じる。


「これだけのもの、魔法で簡単に出来るんですか?」


 ヒューマの声だな。

 どうやら俺と同じ疑問を持ったようだ。

 実際にこの目で見たのだけれど、未だに信じられない。


「フミノ先生は土属性が得意だからね。私はまだ無理だけれど、時々勉強会に来てくれるミメイ先生なら同じ事が出来ると思うよ」


 ミメイ先生は月に1回くらい来る、やはり小柄で若い女の先生だ。

 少し前、フミノ先生が1ヶ月ほど休んだ時はずっと来ていたけれども。

 確かにミメイ先生なら出来るかもしれないと思う。

 伯爵家直属の魔法使いで騎士団の顧問らしいから。


 ただフミノ先生もそんな事が出来るとは思わなかった。

 何と言うか甘く見過ぎていた気がする。


「さて、それじゃ皆、広場と反対側が見える所に来て。下へ落ちないように注意してね。

 これだけの高さがあれば、ゴブリン程度は登ってこれないから」


 なるほど、それは安心だな。

 そう思って、そしてリディナ先生が言った意味に気づいてぎょっとする。

 ゴブリン程度は登ってこれない。

 つまり、この壁は……


「それじゃこの勉強会の前半部分について説明するね。

 これからこの壁の向こう側に本物のゴブリンを出します。魔物ではスライムの次に弱いと言われるゴブリンだけれども、実際にはどれくらい強いのか、どれくらい怖いのか。それをじっくり見て理解してね。


 この壁の上にいる限り、今日のゴブリンは安全だよ。だから怖がらなくて大丈夫。この機会に魔物がどれくらい強くて怖いのか、じっくり見て勉強してね」


 ゴブリンを出す!

 本当だろうか。


「ゴブリンをどうやって出すんですか?」


 この声はサリアだな。

 この魔物の勉強会に来たのは意外だ。

 静かで大人しい印象があったから。


 ただサリアは女子だが出来る奴だ。

 俺より先に冒険者になるとしたら間違いなく彼女だろう。


 いつも勉強会ではサリアの周囲に輪が出来ている。

 わからない事があると彼女に聞くのが一番早いからだ。


 難しい本でも読めるし、ほとんどの属性の魔法も使える。

 ちらっと見えたステータスカードの属性レベル欄には6なんてとんでもない数値もあった。

 俺でさえ最高は火属性のレベル4なのに。

 何の属性かは見えなかったけれど。 

 

「空属性の超高速移動魔法を使って、遠くを歩いているゴブリンを無理やり近くへ移動させるんだよ。自分と関係ない相手に超高速移動魔法を使うには、空属性レベル7が必要だから、あまり出来る人はいないけれど。

 この辺りだと他に出来るのはスリワラ伯爵くらいかな。あの人は空属性の高レベル魔法使いだから」


 リディナ先生の説明にあっさり領主様の名前が出て来た事にまた驚かされる。

 領主様ってもっと何と言うか、もっと遠い恐れ多い存在だと思っていた。

 でもリディナ先生の口調には改まった様子や遠慮というのがほとんどない。


 ひょっとしてここの先生達って、とんでもない大物なのだろうか。

 そんな今まで思いもしなかった疑念がわいてくる。


「それでは出す」


 フミノ先生がそう宣言。

 同時に俺等がいるのと反対側の壁近くに、緑色の小さな何かが出現した。

 人型だが人ではない、それが5つ。

 それが何かはすぐに気付いた。


「うわっ!」

「おおっ!」


 左右で悲鳴や驚きの声があがる。


「大丈夫。今回のゴブリンは5匹だけ。弓などの飛び道具はなしで、武器も槍や短剣だけだから。

 実際には弓を装備しているゴブリンもいるから、その時は矢に注意しなければならないけれど」


 リディナ先生は落ち着いた声で何でもない事のように言う。

 しかしまさか本物のゴブリンが出てくるとは思わなかった。

 この村に魔物が出てくる事はまず無いから。 


 ギョエー! ワギャー!

 そんな奇声をあげ、ゴブリンがこっちへ向かって走ってくる。


 よく見ると身長は俺より低いし身体も細い。

 武器もリディナ先生が言う通り、短い槍や細くボロボロの剣だけ。

 身に纏っているのも安っぽい革鎧のようなもの。

 しかし迫ってくるのを見ると何と言うか、生理的な恐怖を感じる。


「この上には登ってこれないから大丈夫。

 もし攻撃魔法が使えるなら攻撃してみてもいいよ。今回は周囲を石で囲っているから、火属性魔法でも大丈夫」


 魔法で攻撃してもいいか。

 迫ってくるのを見つづけるのは正直怖い。

 壁の上にいる奴らの半分以上はゴブリン側から離れたり、身を隠そうとしている。

 俺の隣にいたレズンも手すりの陰に隠れるように身体を低くしているし。


 しかし俺は冒険者になる男だ。

 だったらこれくらい、何とか出来なくてどうする。

 そう思って何とか踏みとどまる。


 力を振り絞って魔力を集中する。


火球ファイアボール!』

 

 発動した火球ファイアボールはゴブリン5匹の中央めがけて飛んでいく。

 しかし俺の火球ファイアボールは僅かにゴブリンの頭上を越えた。

 外れた向かい側の壁にぶつかり爆発四散する。


「さあ、ゴブリンが近づいてきますよ。魔法を試したい人は早く」


火球ファイアボール!』


 俺は次の魔法を起動する。

 俺の火球ファイアボールの他にもいくつかの魔法が飛んでいく。

 しかし当たらない。

 惜しい所へ飛んでも奴らが避けやがる。


 ゴブリンが迫ってきた。

 もうこちらの壁まで50腕100mも無い。

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