拾遺録2 カイル君の冒険者な日々
第270話の前 殲滅の魔人・疑惑編(上)
俺達は強くなった。
少なくとも俺はそう思っている。
しかし先生達はまだ俺達が冒険者になる事を許してはくれない。
「私達の誰かに1回でも攻撃を当てられたら。そう言った筈ですよね」
セレス先生が言う約束は確かにした。
そして未だ勝てないままでいる。
俺だけで3回、全員で数えると50回以上は先生相手に戦ったのに。
ただ最近、俺は疑問に思っている。
冒険者が全員先生達のように強くないのではないか。
と言うか先生達3人とも強すぎるのではないかと。
ゴブリンなら俺も一度見た事がある。
まだこの村に引っ越す前、ブッティーナから集団移動している最中、俺達がいた隊列が襲われたからだ。
あの時出てきたゴブリンは2匹。
隊列の先頭にいた冒険者5人のパーティが倒してくれた。
ただあの時見た冒険者、そんなに強そうには見えなかった。
ゴブリンもそれほど強そうに感じなかった。
俺も大人になって槍や盾を持てばこのくらいは倒せるだろう。
その程度に見えたのだ。
少なくともリディナ先生、フミノ先生、セレス先生ほどの圧倒的強さは感じなかった。
決して俺が子供だったからそう見えたというだけじゃないと思う。
なので直接フミノ先生に聞いてみた。
「俺達もレベル4の攻撃魔法を覚えたりして強くなった筈だ。でもまだ冒険者になるなと言う。そんなに魔物って強くて怖いのか。俺にはそう思えない」
フミノ先生に聞いたのは勿論理由がある。
3人の先生の中で一番ガードが甘いからだ。
リディナ先生はどうも苦手だ。
頭の回転が良すぎるというか何と言うか。
口先で丸め込まれて取り合ってくれないような気がする。
セレス先生はこういった事を聞くには向いていない。
ルールに厳しい人なので、こういった規則外の事は『駄目です!』で終わってしまうから。
フミノ先生は先生3人の中で一番無口。
言葉も割とぶっきらぼうで最初は少し怖い印象を受ける。
しかし実はフミノ先生が一番甘いし、こっちの言う事を聞いてくれるのだ。
時々融通を利かせすぎてセレス先生に文句を言われたりもするけれど。
フミノ先生は少しの間の後、小さく頷いてから口を開く。
「確かにスライムやゴブリンの2匹程度、今のカイルなら落ち着いて対処すれば倒せる。でも何処でどんな魔物が出るかはわからない。いきなり出てくる可能性だってある。対処できる程度の数しか出ないという保証もない。
ただ魔物がどんな物で、どれくらい怖いか、知っておく事は悪くない。ならそういう機会を作っておくのはきっと必要。
今日のお昼御飯の後、簡単だけれどわかる機会を作る。だからそれまで待って」
「わかった」
機会とは何だろう。
わからないけれど俺は頷く。
フミノ先生がそう言うからにはそれなりの準備をしてくれるのだろう。
ひょっとしたら魔物討伐に連れて行ってくれるのだろうか。
そう思うともう期待しまくりだ。
俺だって今は火属性魔法の
魔物相手に充分戦える筈だ。
◇◇◇
お昼御飯の前にセレス先生から説明があった。
「希望があったので御飯の後、魔物がどれだけ怖いかについての特別勉強会を
冒険者になりたい、そう思う人は是非参加してください」
どうやら俺だけでなく、大々的に勉強会という形式でやるようだ。
なら実際に討伐へ行くという訳じゃないだろう。
どうなるんだ。
何か中途半端な事で誤魔化されるんじゃないか。
そんな疑念が浮かんでくる。
「どんな勉強になるんだ?」
「それよりまずは飯なんだな」
隣の席のレズンがそんな事を言う。
何だかなとは思うが確かに正しい。
ここで出る昼食はしっかり食べておきたい。
家で食べる麦粥や固いパンとは全然レベルが違うから。
「準備するからもう少しだけ待っていてね。今日のお昼はヤキソバだよ。一皿ずつ持っていってね。足りなければいくらでもお代わりしていいから」
リディナ先生とフミノ先生がテーブルに皿を並べはじめた。
独特の刺激臭が広がる。
胃袋を刺激する匂いだ。
食べ物だけでなく飲み物も用意されている。
今回は冷たくて甘い乳清飲料の模様。
俺も監視魔法を使えるからそれくらいは見える。
これらの食事が何処から出ているかは未だに謎だ。
俺達の家は食事代も勉強会のお金も払っていない。
この会に出る代わりに何か仕事をさせられるわけでもない。
ただ魔法や文字、計算等を教わって、食事を食べるだけだ。
領主家から出ている訳でもないようだ。
村の外からこの勉強会に通っているヒューマによると、『カラバーラの他の地区にこんな会は無い』そうだから。
かと言ってセドナ教会の開拓農場が出している訳でもないようだ。
農場からもこの勉強会に来ているアギラが言っていた。
『勉強会で出るような変わった料理は、うちの農場では見た事はない』と。
「さあ、準備が出来たから並んで」
わからないまでも席を立って順番に並ぶ。
「ヤキソバは久しぶりだよな」
「これは自由にお代わりできるからいいんだな」
「お前はピタパンサンドでもお代わりするだろ」
「あれは3個までなんだな。これだと何杯でもお代わりできるんだな」
「まあそうだけれど」
レズンとそんな事を話しながら並んで、ヤキソバの皿とフォーク、飲み物を持って席へ。
食事を食べるのは勉強会に出ていた連中や先生だけでは無い。
兄や姉と一緒に来たチビ達、そして勉強会の合間にそのチビ達の面倒をみているセドナ教会開拓農場の大人達も一緒だ。
チビ達の分は大人がまとめてお盆にのせて取ってきて、席に配る形。
それら全員が料理を取って席に着くまで待つ。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
リディナ先生の言葉に唱和した後、ヤキソバをかっ込む。
辛めだけれど何処か甘さもあって、表現しにくいが美味しい。
家で食べる粥やスープと比べて遙かに奥深い味だ。
具もたっぷりのお肉、玉子、野菜としっかり入っている。
「いつも思うけれど、これも他で食べた事が無い味なんだな。ネイプルには無いらしいけれど、王都ならこんなのがあるのかなあ?」
「王都ならあるだろ」
レズンの疑問にそんないいかげんな返事をしつつ俺はヤキソバをかっ込む。
別に急いで食べる必要はない、
お代わりが充分あるのはわかっている。
腹が減ってるし美味しいので、ついかっ込んでしまうのだ。
「ピタパンサンドとか
でもこのヤキソバとかオヤコドンとかテンドンとかはさ。カラバーラだけでなくネイプルでも見た事はないって言っていたけどなあ」
ヒューマの家は商家で、年に数度ネイプルへ行くらしい。
時々ヒューマも連れて行って貰うそうだ。
カラバーラの街すら滅多に行けない俺達から見れば羨ましい話だ。
しかしヒューマの家も金持ちではない。
だから俺は思うのだ。
「ネイプルでも高級な店ならあるかもしれないぜ。金持ちが行くような店とかさ」
「そうなのかなあ」
「だから俺は冒険者になって金を稼ぐんだ」
そう、いつか冒険者になって金を稼いだら確かめてみるつもりだ。
「それじゃお代わり行ってくるんだな」
「早えーぞ」
話しながらでもレズンは食べるのが速い。
俺がまだ半分ちょいしか食べていないのに、もう皿が空になっている。
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