第253話と第254話の間 最後の手段

 勉強会は楽しいし嬉しい。

 同じくらいの年齢の友達と休憩時間や勉強会の行き帰りに話したりする事が出来る。

 魔法が使えるようになるのは勿論、文字が読めるようになるのも楽しい。

 計算はまだ苦手だけれども。


 嬉しいのは昼食が出る事だ。

 家で食べるのよりずっと美味しくてお腹いっぱいになるご飯が出る。

 しかもまだ勉強に参加していない3歳のマリの分まで。


 だから毎週6歳のレイナと3歳のマリを連れて行くわけだ。

 レイナもマリも勉強会の日を楽しみにしている。

 先生達3人も若くて優しいし。


 ただこの先生達、実は『この村より古くからこの場所に住んでいる強力な魔女』なんだそうだ。


 先生達が自分でそう言った訳ではない。

 しかしうちの父がそう言っていた。

 エイラちゃんのお母さんもそう言っていたそうだ。


『騎士団すら倒せなかった巨大な魔物をあっさり討伐した』


『この村にある聖堂も魔法で一晩のうちに作った』


『この村とその周囲に魔物が出ないのは魔物が魔女を恐れて近づかないから』 

 

 そんな噂も友達経由で聞いた。


 これらの噂を先生に直接聞いてみた子もいる。

 しかも先生3人それぞれに、別の機会に。


『さあどうかな? もう少し魔法について勉強すれば、魔法で出来る事と出来ない事がわかると思うよ』


『少しずつ違います。どこが違うかは内緒です』


『一部は事実、でも厳密に言うとどれも違う』


 先生それぞれの答だ。

 リディナ先生の回答はともかくとして、セレス先生とフミノ先生の回答から考えると、それに近い事はあったのではないかと感じる。


 それでも勉強会での先生達は優しいし怖くない。

 とんでもなく強いのは確かだけれども。


 強さがわかるのは時々先生達に挑戦する子がいるから。

 魔法の適性が上がった時、本人が望めば挑戦させてくれるのだ。


 挑戦のルールは『武器も魔法も使っていいので、砂時計の砂が落ちきるまでの間に先生に攻撃を当てる事が出来れば生徒の勝ち』というもの。

 先生から生徒へは被害があるような攻撃はしない。

 魔法で邪魔したりはするけれど。


 相手をする先生は挑戦する生徒が指名する。

 基本1対1の戦闘だ。

 勝てたら『一緒に冒険者ギルドに行って冒険者登録をしてくれる』約束になっている。


 しかし勉強会が始まって1年以上経つけれど、未だ勝った生徒はいない。

 どの先生に挑戦しても攻撃を当てるなんてのは遠そうだ。

 先生達は避けたり魔法を無効化したりしながら、魔物の仲間と見立てている丸太や人形を攻撃したりなんて事までやっている状態だし。


「これくらいは出来ないと冒険者として魔物を倒すのは難しいです」


 セレス先生はそう言う。

 しかし本当に冒険者ってこんなに強いのだろうか。

 冒険者では無く先生達がとんでもなく強いだけなのではないか。

 今では皆がそう思っている。 

 

 さて、勉強会は楽しいのだけれど、それ以外の毎日は……


 父や母は朝食後出かけていき、夕方まで帰らない。

 私は草地で蔓草を取ってきて籠を編む作業。

 レイナは私の作業の手伝いでマリは家で放置。

 これが私の家の日常だ。


 父と母は畑をやっているけれど、他の家に比べると酷い状態。

 作物と見分けがつかない位雑草が生えまくっているし、畝もぐちゃぐちゃ。

 本当にしっかり農作業をしているのか怪しいところだ。

 蔓草を取る為に家の外に出た時も、畑で父や母の姿を見た事は無いし。


 食事も勉強会がない日は朝食と夕食だけ。

 大麦粥にその辺の野草や畑で取れた野菜と言うには貧しい葉っぱが入っている。

 毎日そんな食事だ。


 あまりにお腹が空くから一度昼食を作った事がある。

 材料が無いから朝食と同じような草入り大麦粥だけれど。

 そうしたら夕方帰ってきた父母にバレて怒鳴られ、殴られ、怒られた。

 麦が勿体ないからそんな事をするなと。


 それ以降うちの食事は2食だけ。

 だから余計に勉強会の日が恋しくなる。

 私だけで無くレイナとマリも。


 ◇◇◇


 こんなだから勉強会から帰った時、家にも畑にも父母ともにいないのを特におかしいとは思わなかった。

 私達にとってはいつものことだ。


 荷車や鍬・鋤等の道具類、私が編んだ籠等も全部無くなっていた。

 でも鍬や鋤は研ぎに行った、籠は売りに行った、それらを運ぶために荷車を使った。

 そう思ったので特に気にしなかった。


 だから父母が帰った時に怒られないよう、作業をはじめる。

 まずは草原で採った蔓草を水に浸け、お湯にして煮立てる。

 こうやると蔓草が柔らかくなって籠を編めるようになるのだ。


 最近はこのくらいの作業は魔法で出来る。

 しかし父や母がいる時は灯火と出水以外の魔法は使わない。

 もっと仕事をおしつけられそうだから。


 レイナは私の手伝いをして蔓草の葉や毛を取ったり。

 マリは居間で一人で遊んでいた。

 いつも通りだ。


 しかし暗くなっても父母は帰ってこなかった。

 今日は遅いのかなと思って待っていた。

 勝手にご飯を作って食べたり、作業をやめて寝てたりすると殴られるから。


 幸い勉強会があったのでお腹はいつもほど空いていない。

 だから待った。


 待っても待っても、父も母も帰って来なかった。

 仕方なく殴られるの覚悟でレイナとマリの布団を敷き2人を寝かせ、そして私は布団を敷かずに父母を待った。


 待っても待っても帰ってこなかった。

 そして……


 ふと気がつくと空が白みかけていた。

 流石にこれはおかしい、そう思う。


 ふっとある疑念が浮かんだ。

 もしかして……


 だから私は大麦の入った箱を開けてみたのだ。

 昼食を作って殴られた日以来開けていない、頑丈な箱を。


 中に麦の粒は入っていなかった。

 粒の皮を取ったときに出る粉しか無かった。

 この時ようやく私は気づいたのだ。

 父母は私達を捨てたのだと。


 信じたくないから、家の中を一通り探してみた。

 父母の服も、それどころか私達の着替えも無くなっていた。

 鍋釜類も私が籠作りに使う大鍋しか残っていなかった。

 包丁すら残っていなかった。


 少しでも金になりそうなものは全部持って行ったのだ。

 そう気づいた。


 レイナとマリの食事はどうしよう。

 葉っぱだけを煮ても腹の足しにはならない。

 畑の雑草かどうかわからない作物もすぐに食べられるようなものは無い。


 頼れるような場所も思いつかない。

 この村には親戚等はいないから。

 大体私は親族に会った事が無い。

 物心ついた時には父母と私とレイナとで何処かの街にいた。

 そこから幾度も引っ越して、ようやく此処で落ち着いたのだ。 


 友達のところに頼る事も出来ない。

 何処もそれほど余裕があるとは思えないのだ。

 3人、せめてレイナとマリだけでもと思うけれど、多分無理だろう。


 あとはセドナ教会の開拓農場だけれど、家には大人がいない。

 父母が出て行ってしまったようだから。

 大人がいないと開拓団に参加出来ないだろう。

 開拓の戦力にならないから。


 他に何かないだろうか。

 そう思った時、ふと勉強会の先生達の顔が思い浮かんだ。

 先生達なら何とかなるかもしれない。

 強力な魔女なのだから、2人くらい増えても何とかなるだろう。


 先生達の家が何処にあるか、本人達に直接は聞いていない。

 先生達も教えてくれない。


 ただ噂は聞いている。

 勉強会をやっている聖堂のすぐ近くにある、深い森へつづく道の奥。

 そこに住んでいるという噂を。


 あの森は入るなと言われている。

 父母だけでなく領役所の人も言っていた。

 

 それでも実際に入ってみようとした男の子がいる。

 その男の子、ヒューマ君によると、

『確かに聖堂の少し先、反対側にある入口から入ったんだ。でもまっすぐ歩いたら何故か元の入口に出た。

 もう試したくない。あんな怖い思いは二度とごめんだ』

だそうだ。


 だから先生達の家へたどり着けるかはわからない。

 私達も戻ってしまうかもしれない。

 もっと怖い目に遭うかもしれない。


 しかし他に頼るところがない。

 今朝食べるものすら無い。


 だから朝になってレイナとマリが起きてきて、それでも父母が帰っていなかったら。

 私は2人を連れて森へ行ってみようと思う。

 他に方法が思いつかないから。


 せめてレイナとマリだけでも預かって貰えればいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る