第214話以降 エルマくん当番のはじまり

 今日はエルマ当番の日。だから私のベッドにはエルマくんが一緒に寝ている。


 正直非常に邪魔だ。何せ大型犬、人と同じかそれ以上に場所を取る。ただ可愛いのでベッドから追い出す気にもなれない。

 だから結局ベッドの上ではエルマくんが真ん中、私が壁際の端で寝るなんて事になる。


 なおエルマくん、結構寝息の音が大きい。時に『うひゃあふう』なんて寝言を言ったり、だだだだって走っているように足を動かしたりもする。


 つまり安眠の邪魔。それでも一緒にいると可愛い。だから仕方ない。


 最初からベッドで寝せていた訳ではない。

 元々はリビングで一人で寝るようにする予定だった。木箱に藁束を敷き詰め、更に上に布を被せた寝床も準備した。


 それがこうなってしまったのは家に来た最初の日の夜、エルマくんが頑張ったからだ。

 

 ◇◇◇


 最初は気のせいかと思った。しかし確かに聞こえる。

 ひゅう、ひゃう、わう。くーん、くーん。

 そんな声が。


 私はベッドに横になったまま偵察魔法を起動し、視点を1階リビングへ。

 うん、やはりエルマくんだ。入れられた箱の中で鳴いている。


 夜鳴きをする可能性はセレスから聞いていた。

 そして注意も受けていた。


「最初のうちは慣れない環境なので、夜鳴きをするかもしれません。ですが、ここは心を鬼にして無視してください。

 どうしても気になるようなら偵察魔法で確認してください。多分単に寂しがっているだけです。


 間違っても寂しそうだから、可哀そうだからと思って構いに行くなんて事はしないでください。

 鳴けば何とかなる、そう覚えてしまうと後で大変ですから」


 なるほど。セレスの言った通りだ。

 

 念の為偵察魔法でエルマくんの様子を更に詳しく確認。調子が悪そうな感じはない。ただ箱の壁に手をついて立ち上がり、上を向いて人を呼んでいるだけだ。


 健康に異常がある訳ではない。だから無視だ。セレスの言っている事は正しいから。

 そう思うけれど、どうしても気になってしまう。


 勿論セレスの手前、下の部屋へ行く訳にはいかない。偵察魔法で様子を見るだけ。


 エルマくん、ただ鳴くだけでは様子が変わらないと気付いたようだ。鳴きながらも箱から出ようと模索をはじめた。


 まずは箱の縁でジャンプして外へ出ようと試みる。しかし悲しいかな、胴長短足おなかぽよんな仔犬さん体形。足場も藁束と布で作られた柔らかい寝床。


 だからジャンプ力があまりにも足りない。何度も頑張っているのだが全く届く気配がない。


 それでも見ていると応援したくなる。頑張れ! 全然届いていないけれど負けるな!


 十何回目かの挑戦も失敗。エルマくん、鳴き止んで少し考え込むような顔をする。

 どうやらただジャンプしても届かない事に気づいたようだ。なかなか賢い。将来が楽しみだ。


 今度はエルマくん、箱の隅を、下側に向けて掘り堀りし始めた。敷いてある布をはがし、その下に敷いてある藁束を動かして掘り進む。


 最初はやみくもな掘り掘りだったが、途中でコツをつかんだようだ。藁束を前足と後足で転がして後方へと蹴り上げる方法で、穴を深くしていく。


 ついに箱の底が見えた。しかし残念、木の箱の底に穴は開いていない。脱出不可能。エルマくんの挑戦は残念ながら終了だ。


 エルマくん、箱の底部分の板に前足の爪を立てるが動かない。何度も挑戦するがそれ以上深くは掘れない。

 悲しそうな声でひゃうひゃう鳴く。思わず抱きしめに行きたくなるがこれも我慢。


 ついにエルマくん、諦めたようだ。元の場所に戻ろうとする。しかし戻れない。

 穴の深さはおよそ20指20cm。歩いている時のエルマくんの背中くらいの高さだ。しかし短足な子犬エルマくんにとってはかなりの高さ。


 エルマくん、頑張って上に近い部分の藁束をひっかく。しかし爪がひっかからない。力がうまく入らず藁束が崩れない。


 それでもがむしゃらにひっかく。ひっかくというかもがく。もがきまくる。

 何とか藁束の崖? に立つ事に成功した。今掘った穴の中から立って、上半身が今までの寝場所の高さに届いているかなという形だ。

 

 エルマくんジャンプ! ただお尻が重いのか足場が悪いのか、上に上がれない。

 再挑戦! 再々挑戦! しかし駄目だ。絶対的な高さの差が出来てしまっている。


 藁をただ敷くだけではなく、幾つかの束にして入れたのが失敗だったようだ。エルマくんが掘り掘りして動かした時、どういう訳か藁束が崖のようになって固まってしまった模様。

 きっちり組み合わさって登れそうも崩れそうもない。


 どうしようか。本来の寝床と大分様相が変わってしまったし、助けに行くべきだろうか。しかし健康に問題がある訳ではない。藁束の間に出来た隙間で寝ても問題は多分無い。


 でもエルマくん、悲痛に訴える。ピーピーキューキュー訴える。

 うう……どうしよう。


 おっと、エルマくん、また何かを考えたようだ。立った姿勢から前脚と頭を穴の中へと戻した。

 何をする気だろう。


 エルマくん、今度は箱の木の側板部分をひっかく。もがくようにひっかく。何度かやって立つことに成功した。


 次はその姿勢でジャンプする。どうやら藁束の上の寝床では無く、箱の外を目指す方針に変更したようだ。

 しかし勿論届かない。でも下が固いからかさっきより少しだけ上に届いた気がする。


 エルマくん、何度も何度もジャンプを繰り返す。もういいだろう、疲れるだろうと思うけれどジャンプする。


 おっとひっくり返った。起き上がろうともがく。しかしもがいているうち、ひっくりかえった姿勢のまますっぽり穴にはまってしまった。


 エルマくん、更にもがく。でもすっぽり背中と頭が穴にはまってしまったようで、動かない。動けない。

 ひゃうひゃうひゃうひゃう! 悲痛な声が響く。


 どうしよう。これはもう助けに行った方がいいだろうか。なら服を着なきゃ。そう私が思った時だった。


 階上でがたっと音がした。扉が開く音、そしてだだだだっと階段を降りて行く音が聞こえる。

 勿論セレスだ。どうやらセレスも気になって偵察魔法でずっと見ていたらしい。


 セレスはひっくりかえったままもがくエルマくんを抱き上げる。くうーん、くうーん。甘えるエルマくんに頬ずりする。


「これはもう、仕方ないですよね。このままにしておくと危ない可能性がありますから」


 セレスはそう言い訳するように言うと、エルマくんを箱の中へ入れる。そして箱ごと抱えて階段へ。階段をのぼっていく音が続く。

 エルマくんのきゅーきゅー甘える声が上へと去って行った。


 ◇◇◇


 この夜の一部始終、私やセレスだけでなくリディナも偵察魔法で見ていたようだ。


「仕方ないよね。あれじゃ一人で寝せておくの心配だし」


 リディナの台詞にセレスはうんうん頷く。


「ですよね、仕方ないですよね」


「これからは順番でエルマの当番をしようか。当番の人は寝る時にエルマを一緒に寝室に連れて行くという事で」


「そうですね。その方が皆、安心できますよね」


 私も頷く。エルマくんが心配というのもあるけれど、それ以上に一緒に寝るなんてのが楽しそうだから。


 ◇◇◇


 以後ずっと、エルマくんは私達3人の誰かと一緒に寝る事になった。それは半年経ってエルマくんが大きくなった今でも変わらない。

 そして大きくなってもやっぱりエルマくん、甘えん坊で可愛い。


 布団の上に伸びていると寝る場所が狭い。掛け布団が動かないからうまくかけられない。でもやっぱりエルマくんは可愛い。

 だからまあ、仕方ないか。

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