第232話以降 森に棲む魔女

 この開拓地はカラバーラの街から結構遠い。

 早足で歩いても2時間はかかる。

 それでも俺達が此処に居住を決めたのは、それ以外の条件がとにかく良かったからだ。


 農業をやるのに十分な広さの畑。

 新しくしっかりした家。

 冬を過ごすのに十分な薪を得られる個人用の林。


 これらが全て無料で貰えるという、他ではあり得ない条件。

 しかも初年度の種や苗の入手については貸付援助がある。

 利子や手数料は無しで、返還は作物を収穫してからでいいという破格の条件だ。


 実際はただで貰える訳ではない。

 居住して5年以上此処で農業を継続的に行なう等、条件を満たすまでは単なる貸付け。

 条件にあわなくなれば追い出される。

 犯罪行為等を犯した場合も同様だ。


 それでも破格の条件には違いない。

 此処で農業を真面目にやる限りは問題は無いし。


 さて、この村のほとんどはうちのように家族で入植した者用の土地と、セドナ教会の農村開拓救済団の農場。

 これらの場所は同じように整備されていて自由に行き来することが出来る。


 しかしうちの家から見て領役所支所の反対側の一角だけは様子が異なる。

 深そうな森とその中へと続く道。

 道の奥がどうなっているのかは外からは見えない。

 明らかに村内の他の場所とは別の雰囲気だ。


「あの道や森は入らないで下さい。共有地ではありませんから」


 そう領役所の人からは言われている。

 せっかく手に入れた家や農地を失いたくないからその通りにしている。


 だからと言って気にならない訳ではない。

 しかしそこが何かを確かめる手段はない。

 そして日々の農作業がとにかく忙しい。


 うちは家族4人だが、子供がまだ3歳と1歳。

 妻は子供から目を離せず、実質的に俺1人で農作業をしなければならない状態だ。

 だから今まで開拓団に応募しても採用されなかったのだけれども。


 つまり気にはなりつつもそのままにしている。

 そんな日々が続いた訳だ。


 ◇◇◇


 噂を聞いたのは入植して3ヶ月目、セドナ教会の農場へ行った時だった。

 この農場では定期的に栽培講習が行われている。

 ここで教えてくれる事は農作業で役に立つし、種が無料で貰えるなんて時もある。


 だから俺は毎回参加しているのだが、そこでの休憩時間、他の参加者からその噂を聞いたのだ。

『あの場所には古くからの魔女がいる。だから近づかない方がいい』

 そんな噂を。


「時々馬車で出てくる事があるそうだ」


「ああ、牽いているのも馬ではなく魔物だって話だろ」


「魔物じゃなくてゴーレムらしいぞあれは」


 そんな話を耳にしたので、気になって聞いてみた。


「どんなものが牽いていたんだ?」


「人と馬がくっついたような形の銀色の何かだ。この目で見たから間違いない」


「見たのか。中にいたのはどんな奴だった」


「わからない。頑丈そうな箱馬車で中が見えなかった。お貴族様の馬車より高くて大きかった」


 馬と人がくっついたような銀色の何かに牽かせている大型箱馬車か。

 残念ながら俺にはどんなモノなのか想像できない。

 

「そもそもどんな奴なんだ? 中に住んでいる魔女は」


「見た事は無い。でも時々領の騎士団から使者が行っている。あの独特な銀色のゴーレム馬に乗っているから間違いない」


 確かにこの領の騎士団の一部は銀色のゴーレム馬を使用している。

 だから見てすぐわかるのだが、そうなると……


「騎士団からも使者が行くような家なのか」


「ああ。どうやらかなり強力な魔女らしい。

 海から出てきた船より巨大な魔物を倒した魔女が森の中に住んでいる。そんな噂を街で聞いた事がある。

 あそこに住んでいるのはその魔女なんじゃないかと俺は思う。話からすると」


「そんな魔物が出たのか?」


「ああ。これも街ではよく聞く話だ。去年の初夏頃で、冒険者にも非常呼集がかかったと聞いた。相手は特殊個体のクラーケンだと」


「そんな化け物、本当にいるのか?」


「わからん。ただ街では有名な話だ」


 何か話が大きくなってきた。

 つまりそんな魔物を倒せる、騎士団からも定期的に使者が来るような魔女があの森の奥に住んでいると。


 今ひとつ現実的ではない気がする。

 そんな魔女がいるだなんて。


「あと、この辺には魔物がほとんど出ないだろう。雨の翌日朝に出る、1時間くらいでしなびるようなスライムを除いて」


「ああ、そういえばそうだな」


 それは俺も気になっていた。

 これくらい山の中にある新規の開拓地なら、ゴブリンどころかオークくらいは出てもおかしくない。


 しかしこの村、ゴブリンどころか普通の猪でさえ出てくる事はないのだ。

 住民としては助かる。

 しかし確かに普通ではない。


「あれも魔女の仕業だそうだ。魔力が強大すぎて魔物が近寄れないらしい」


 いくら何でもそれはないだろう。

 そう思うが魔物が出ないのは事実だ。

 領の騎士団がまめに討伐しているという様子もないし。


「まあ何処まで本当かはわからないがな。だいたい海から魔物が出たのは昨年の初夏なんだろう。この村はまだ開拓前だ。なら魔女は村が出来る前から此処に住んでいた事にならないか?」


「確かに。ただ噂としては妙にしっくりくる。ここは山の中とは思えないほど魔物がいない。騎士団の使者は見かける。

 それに領役所の連中からも念押しされたからな、あそこには入るなと」


 確かにそうだ。

 魔物が出ないのと、領役所で念押しされたのは事実。

 そして領騎士団の使者が来るというのも本当なら……


 ◇◇◇


 そしてある日、領役所支所へ講習会の日程を聞きに行った帰り。

 俺はついに見てしまったのだ。

 銀色の、馬より大きな何かが牽いている大きな箱馬車を。


 確かに人と馬がくっついたような形だった。

 馬の上半身が人の形をしている。


 金属的な質感から見てあれはゴーレムだろう。

 ただ騎士団のゴーレムと比べても大きく、そして威圧的に見える。

 牽いている箱馬車も大きく、そして見た事がない形だ。

 貴族等用とも一般的な荷馬車や乗合馬車とも全く違う独特な形。


 しかも速度が普通では無い。

 大きな箱馬車なのに、普通の馬だけで走らせる以上の速さ。

 あっという間に村の外へと消えていく。


 俺は何というか、納得してしまった。

 なるほど、噂以上だと。


 確かにあの中には魔女がいるのかもしれない。

 この村より古くから、ひょっとしたらこの領地よりも遙かに古くからここに住んでいる、強大な力を持った古の魔女が。

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