心霊スポット

佐野心眼

心霊スポット




 え〜、世の中には科学じゃ説明のつかないような話ってもんがございますな。オカルトだとか都市伝説だとか。

 古くから陰陽師や密教僧ってのは霊力を操っていたんだそうで、どうも見える人には見えるようですな。


 私の知り合いに霊能者がいましてね、もちろん幽霊が見えるそうなんですよ。

 あるときこの方と食事をすることになりまして、食事の最中に私の顔をチラッチラッと見るんですよ。霊能者にそんなことされたら何だか薄気味悪くなってきましてね、私もその霊能者を見返したんです。そしたら向こうはもっと食い入るように私の顔をのぞき込むんですよ。

 もう恐ろしくなってその霊能者にそっと聞いてみたんです。


「あ、あの、私に何かいてますか?」


 そしたらその霊能者が耳元でささやいたんです。


「ほっぺにソースが付いてます」


 ホッと胸を撫で下ろしましたけれども、世の中には霊が見えても動じない人もいるようですな。





 とある夫婦が武蔵野の郊外にあります森にピクニックに出かけますと、小さな古い神社がポツリとあるのを見つけました。ここは桜木神社という近隣では有名な心霊スポットでして、この付近で自殺する人や殺された人が捨てられるなんていう事件もあったんですが、よそ者の夫婦はそんなこと一向に知らなかったんです。小銭を賽銭箱にポンと投げ入れますと、優雅に二礼二拍手一礼を済ませます。


「ねえねえ、あなた、あなた、夏だっていうのにここだけひんやりと涼しいわね」


「そうだね、そろそろ昼時だし、ここでお弁当でも食べようか」


 鳥居をくぐった参道脇にレジャーシートを広げますと、そこに座って持ってきた手作り弁当を食べ始めました。

 缶ビールなんぞも開けて二人でわいわいやっておりますと、おやしろの陰から幽霊がひょっこりと出て参りました。


(何だ何だ、おい! せっかく静かで気持ちいい所なのに騒がしい。昼間っからまた心霊スポット巡りのバカが来やがったか?

 ……ん? 弁当広げて食ってやがんな。あ、ビールまで飲んでやがる。うまそうに飲み食いしやがって、ちきしょうめ! ——さてはこいつら、ここが有名な心霊スポットだって知らねぇんだな。少しおどかしてやるか、ひひひ……)


 幽霊が夫婦にそぉっと近づいて弁当の中を覗きますと、おいしそうな唐揚げや卵焼き、チャーシューなんかも入っておりまして、おにぎりと一緒に食べておりました。


(うまそうだねぇ、えぇ? こんなご馳走死んでから食ったことねぇや。俺も少し分けてもらうかな)


 そうは言ったものの、幽霊ですから食べることができません。仕方がないから弁当に顔を近づけてもぐもぐと味だけ楽しんでおりました。

 そうとは知らない旦那が唐揚げをパクリと口に入れますと、どうも様子がおかしい。味がほとんどいたしません。


「あれ? なんかおかしいぞ。さっきまでうまかったのに、全然味がしないよ。お前、味付けし忘れたんじゃないのかい?」


「そんなことないわよ。今朝ちゃんと味見もして作ったんだから。私の食べかけを食べてごらんなさいよ」


 そう言われて食べてみると、しっかりと味がついております。


「あれぇ、妙だなぁ。味がする」


「当たり前じゃないの! ちゃんと作ったんだから」


 少しムッとしながら奥さんの方が卵焼きをガブリとやりますと……、


「あれぇ、変ねぇ……。白味だけ食べてるみたいで全然味がしないわ」


「えぇっ、卵焼きも⁈ どれどれ、俺が作ったチャーシューも食べてみようか。……あれ? しっとりとしたはずのチャーシューがパサパサになってる! 犬のえさみたいだ」


 パサついたチャーシューを飲み込もうと旦那がビールをグーっとあおりますと、


「おい、何だこれ⁉︎ ただの炭酸水じゃねぇか! どうなってんだ、一体」


「狐か狸に化かされたのかしら。そういえばここの神社、何だか薄暗くてじっとりと湿っぽいわね。何となく気味が悪いわ」


「うん、何かおかしいな。スマホで調べてみよう。……おい! これを見ろよ‼︎ ここは武蔵野随一の心霊スポットらしいぞ。自殺の名所で死体も捨てられたりするんだってよ」


「……ということは、あたしたちのお弁当は幽霊が食べたってことかしら?」


「そうに違いない。こんちきしょう、幽霊のやつめ、俺たちの楽しみにしていた弁当を盗み食いしやがったんだ。許せねぇ、おい、幽霊、出てきやがれ!」


(何だ何だ?おかしなことになってきちまったよ。普通はこういうとき怖がるんだけどねぇ。何もそこまで怒るこたぁねえじゃねえか。殺された俺より怒ってやがるよ。それにもうとっくに出てきてるし。姿が見えねぇのはお前さんたちのせいだろ。どうも食い物の恨みってのは恐ろしいね。しょうがねぇ、少し姿を見せてやるか)


 幽霊が二人の正面にす〜っと姿を現わしますと、そこには頭の鉢を斧で真っ二つに割られた幽霊が血まみれで立っております。

 それを見て旦那が、


「えぇ、何だい、鯛の兜割りかい? 鯛とはめでたいじゃないか」


(いや、めでたくなんぞありゃしませんよ。あたしゃこうやって殺されたんですから。……あの、私にもう少し同情ってもんをいただけないんでしょうかね?)


「同情⁉︎ 同情されたいのなら金をくれ!」


(い、いや、私幽霊なんで三途の川の渡し賃の六文しか持っちゃいません。……っていうか、それをいうなら『同情するなら金をくれ』じゃないんですかねぇ)


 それを聞いた奥さんがブチ切れまして、


「あんた、それ無銭飲食じゃないの⁈ どうしてくれるのよ!」


(……い、いや、どうすると言われましても、……そ、その、あまりにも弁当がおいしそうだったんで、つい)


 それを聞いて旦那が、


「で、味はどうだい?」


と聞きますと、幽霊も正直に、


(はい、とてもおいしゅうございました。まるで一流のプロが作っているような極上の美味でございました)


「そうかい。そいつは嬉しいことを言ってくれるねぇ。うまかったんなら、ま、それでいいや」


 それを聞いた幽霊は狐に摘まれたような顔をして言いました。


(あ、あの、無銭飲食の件なんですけど……)


「ん? 幽霊から銭なんぞいらねぇよ。客からたくさんもらってるからな」


(もしかして、あなたは……、料理人でございますか?)


「俺かい? 俺は深大寺の裏で飯屋めしやをやっているんだよ」


(あぁ、あんたの方が〜)


 












              m(_ _)m












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心霊スポット 佐野心眼 @shingan-sano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ