最終話 春陽

 雪於と信行の再会を見届けて、私は叔母に連絡した。雪於が睡眠薬を飲みすぎたが無事であること、信行が来てくれて復縁することを手短かに伝えた。雪於と信行の件を、叔母はとても喜んでくれた。

「やっぱり二人は一緒にいるべきよ」

 しみじみ言う叔母に、そうだよね、と返す。胸の中を秋風が吹き抜けた。

 自殺未遂のからくりは、信行にも秘密にすると雪於と密約ができている。私は雪於と秘密を共有することだけで満足しなくてはならない。

 雪於の自殺未遂に信行は責任を感じ、病院に着くまで自分を責め続けた、早く会いに行かなかったからだ、と。確かにそんな側面もあるから、いつまでもその気持ちを忘れないでほしい、雪於を大事に思う気持ちを永続させるために。

 雪於の退院を待たず、私は春菜を実家に連れ帰った。あの女の元に、大事な雪於の娘をこれ以上、置いておくわけにはいかない。


 雪於と恵美の離婚は、あっけなく成立した。春菜の親権は雪於に。恵美から財産分与の要求はなかった。実家を売って慰謝料を払えと言われるかと危惧したが、恵美は雪於を自殺未遂に追い込んだこと、私に「あんたなんか大嫌い」と本音をぶつけたことで満足したらしい。


 雪於は退院して実家に戻り、信行と再び暮らし始めた。結婚したとき実家に住む話も出たのだが、信行との思い出の家を、雪於が嫌がった。

 信行の実家は兄夫婦が家業を継ぎ、子供もできた、頑固な父は、今後は干渉してこないだろうと信行は言った。

「もし何かあっても、今度こそ戦うよ」

 雪於を失いかけた苦い経験は、信行を強くしたようだ。

 私は信行に正直に告げた、雪於を愛している、それは姉としての愛情を超えたものだと自覚している、と。

 今はただ雪於の幸せを願い、そばにいたい。

 そんな気持ちを信行は理解してくれた。



 昨日、桜の開花宣言が出た。

 やわらかく晴れた青空。今日は気温が高いとの予報だ、桜は一気に開くかもしれない。


「いってきまーす」

 元気に手を振り、春菜が自転車に乗り込む。私も笑顔で手を振る。春菜を幼稚園まで送るのは今日は信行だ。

 あれから一年半がたっている。

 私は信行と再婚した。また姓が変わるのか、と思ったが、信行は尾関の名を選んでくれた。

 雪於はシングルファーザーとして私たち夫婦と同居。もちろん男たちはパートナー関係、私は雪於の姉であり、信行の友人として同居している。欺瞞だと思われるかもしれないが、私は気にしない、これが一番いいかたちだと思うから。

 春菜と叔母もいて賑やかな一家だが、来月にはもう一人、家族が増える。


 内側からぽんと蹴られて、私は臨月の腹をさすった。

「早くみんなに会いたいのね。あと少しだからね」

 私は突き出た腹を撫でる。

 人工授精で授かった信行の子で、男児だ。胎内で動くたびに私はつい微笑んでしまう。

 何年かしたら、春菜とこの子は、仲良く庭を駆けまわるだろう、かつての私と雪於みたいに。

 もうすぐ生まれてくる「弟」が、また私のお腹を蹴った。


(了)


【あとがき】

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 9月中旬、「モアザンワーズ」というアマゾンのドラマを見た私は、猛烈な怒りに襲われました。

 どうしても経過と結末に承服できず、男二人を絶対に幸せにする、と書き出したものの、迷走また迷走、ほとんどホラーですね。怖すぎる二人の女と、可憐な男二人の話になってしまいました?

 とりあえず気は済んだのですが、あのラストの先を書きたくなり、もう構想はできています。こんな怖い話にはなりません、ご安心ください。

 現代ドラマ「名もなき空の下」、下記から飛べます、どうぞよろしく。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648086612012

 2022、10,7

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誰かの罪、誰かの嘘 チェシャ猫亭 @bianco3

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