第5話 暗雲

 付き合い始めて半年後、俊介からプロポーズされた。

 私はそれほど強い人間ではない、一人では生きていけない、いつかは結婚しようと思っていたが、まだ社会に出て一年の二十三歳、早すぎるのではないか。

 叔母に相談すると、

「早いことは早いけど」

 と、前置きしてから、

「望まれて結婚するのがいいかもよ」

 叔母は、ちょっと古臭いことを口にした。

「私ね、三十五回もお見合いしたの」

「へえっ」

 私は仰天した。叔母には結婚願望があったのか。

「そこそこいい人と会えても、次にはもっと素敵な人と会えるんじゃないかって、決められなくなってしまう。恋愛も少しはしたけど、やっぱり決め手がないのよねえ」

 四十台になって間もなく、兄夫婦、つまり私たちの両親が急逝し、姪たちの面倒を見ることになったが、こんな道も有りか、と結婚はしないことに決めたという。

「ごめんなさい、私たちのせいで」

 私と雪於のために叔母の結婚への道を閉ざしてしまった、と申し訳なかったが、

「そんなことない。この十年ちょっと、とっても充実してたよ、お見合いに振り回されるよりずっとよかった。母親気分も味わえたしね」

 今後は花嫁の母の気分を味わえる、と叔母は微笑んだ。

 恵美に、いいかげんブラコンは卒業したら、と皮肉られたこともあり、私は俊介と婚約した。


 一年後。

 二十四歳で結婚、私は村田沙耶になった。

 結婚式の友人代表スピーチは、もちろん恵美に頼み、快諾を得た。恵美以外には考えられなかった、一番の親友なのだから。


 私は市の中心部のマンションに新居を構え、地下鉄とバスを乗り継いで、なつかしい実家に始終出入りしていた。俊介の両親は地方在住で、私は自由な新婚生活を送ることができた。

 俊介が出張でいない夜など、私や恵美も実家に集まり、雪於、信行に叔母も交えて、学生時代みたいに気ままな時を過ごした。


 晴天の休日のガーデンランチ。庭にテーブルを出してクロスをかけ、ありあわせの料理を並べるだけで満ち足りた気分になった。

「天国みたいだなあ」

 信行はしみじみと言った。

 雪於がそばにいて、理解ある家族や友人に囲まれて。こんな日が来るなんて夢にも思わなかった、と。

「ほんと、夢なら醒めるなって感じ。こんなことが実家にバレたら一大事」

 信行は渋い顔になった。

「ノブくん、ご家族にカミングアウトは?」

 気になって尋ねると、

「とんでもない。オヤジに知れたらぶっとばされるよ。男らしくしろ、男は泣くなって子供の頃か厳しかった」

「へえ」

「兄は、父が決めた女性と無理やり結婚させられたし」

 時代錯誤な話まで聞かされた。

 叔母も恵美も、お気の毒、という表情だ。

 なるべく実家には近寄りたくない、と信行。

 職場は居心地がよさそうだった。外資系でマイノリティへの意識も高い。信行はケゲイであることを公表していたし、社内には性的マイノリティが複数いた。


 そんな矢先だった、信行が実家に呼び戻されたのは。

 信行がゲイで、男と同棲していると誰かが暴露したのだ。

 誰がそんなことを、と私たちは憤ったが、どうにもならない。

「ノブくん、帰ってくるよね」

 不安げな雪於の肩を抱き、

「心配すんな。すぐに話をつけて戻ってくる」

 そう言い残して出かけた信行とは、しかし、それっきり連絡が取れなくなってしまった。



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